第5話 期待のルーキーはパスタを食べる

ホテルコンシェルジュとは。

お客様のリクエストをかなえる『究極のパーソナルサービス』。ホテルに訪れるお客様のリクエストは多岐にわたる。簡単なものなら道案内や観光スポット案内など。時には人気のレストランや航空券の予約まで。各お客様のニーズをかなえる、いや、それ以上に先に何を欲してるかを予想してその期待以上のことをかなえるのがコンシェルジュだ。


「アガサホテルでは、コンシェルジュは現場のプロデューサーでもあるの」


水都さんは優しい笑顔でつけくわえてくれた。

自分たちもいれていまは3人しかいないスタッフ専用の休憩所は、バックヤードと思えぬほど清掃が行き届いていて、しかもペルシャ絨毯や優雅なソファや絵画までかけられていて、「いえどこのホテルのラウンジですか?」というもので、どう考えても慣れるまで心休まるせることに向いてないほどの高級感たっぷりの部屋だった。


「ホテルで働くスタッフはたくさんいる。フロント、ホールスタッフ、客室係、ロビーボーイ、ブライダルコーディネーターから、裏側のキッチンスタッフや清掃係に警備員、またグッズや商品販促を行う営業部にわたしのような経理財務を預かったり人事を行う総務部まで。その中でもアガサホテルではお客様と接するいわゆる”現場”の全責任はコンシェルジュが持っているの」


あたしはウニのクリームがかかったパスタを頬張りながら小首を傾げた。

ところでこのパスタ超うまい。


「それって、つまり香坂さんってめちゃくちゃ偉い人ってことじゃないですか?」

「ええ、そうねえ。支配人の次くらいには偉いんじゃないかしら」

「え、そんなすごい人だったんですか。ベテランだとは思ってたんですけど」

「ええ、そんなすごい人を捕まえて玄関前で根津さんは土下座してたのよ」

「まじすか……今更ですけどそれめっちゃひどいことですね」

「ええ、アガサホテル珍事件トップ10にははいるかもしれないわね」

「まあ起こったことは仕方ないですねっ!ところでこのパスタ本当に美味しいんですけど!」

「その開き直りの早さ、意外に潮とうまくいくかもよ。海璃よかったわね、ほめられたわよ」


あたし自身が褒められたのかどうか微妙なところだが、このパスタが美味しいのは紛れもない事実だ。濃厚なウニの味と風味をとじこめたようなソース。あえて具材はなく麺とソースだけの組み合わせにしてるためか、風味だげをものすごく感じる。あたしがいままで買って食べていた冷凍パスタはいったいなんだったんた。パスタというのはこんなにも香ばしさを感じることのできるものだったのか。とにもかくにもこのパスタは至高だ。

それを作ってくれた至高の存在、この部屋にいる3人目は憮然とした顔つきだ。


「ただのまかないの残りだ。たいしたものじゃない」

「ええええこれがまかないとかアガサホテルの料理が”天上の食べ物、一度食したら戻れることはできない禁忌の料理”ってよばれてるの本当ですね!あたしもうそこらへんの冷凍パスタを食べることできなくなりそうです!」


だいぶ本気で言ったが、当の本人は大袈裟だな、と苦笑してくるだけだ。

桐谷海璃きりたに かいりさん。ウェーブがかった黒い髪を一つに束ねて、ちょっとつり目がちの美人だ。強面の顔ともいえるが、背が高い分もあいまって「かっこいい女性」という雰囲気をかもしだしている。

そしてこの人は、なんとアガサホテルのチーフシェフだという。


「休憩時間にありがとうね、海璃。ビュッフェにつれていこうかと思ってたんだけど、『そんな恐れ多いものたべれることはできませんんん』って謎の反抗を起こされてね。バックヤードで食事をとってもらうことで了承してもらったのよ」

「休憩時間だったんですか!?すみません!」

「ああ大丈夫よ葵ちゃん。この人は基本的にうちのメインレストランでスーシェフをやってもらってるんだけど、ランチタイムとディナータイムの入れ替わるタイミングの休憩時間もビュッフェの手伝いにいっちゃったりするから、こうして引き止めておくのは正解なのよ」

「そんな言い方も大概にしてほしいな。たまに暇になったら手伝ってるだけだろう」

「はいはい。まあそんなわけでこの人が根津葵さん。これからちょくちょく仕事で接する機会もあると思うからよろしくね」

「あっえっと、よろしくお願いします!」


すっかり空になった皿に向かって頭をさげる。海璃さんは小さくよろしく、と返した。

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