第6話 屋根さえあれば寝れる女

「それにしても潮のアシスタントをやるんだったか?ホテルでつとめたこともないんだろ?それだとしたら最初からアシスタントなんてきつくないか?」

「うーん、個人的にはあのヤンキーモードの潮に負けない粘り強さを見せてたから大丈夫かなーと思ってるんだけどねー」

「なっ……初見殺しのあの外見詐欺に耐えたのか?うちの求人で落ちる最大の試練に勝ったのか!?」

「しかも葵ちゃんの圧勝ね」

「それは…逸材だな……」


ごくりと生粒を飲み込む海璃さん。なんだか随分ご大層なことを言われてるけど、ただたんに失敗したら帰るためのお金もなくて必死だっただけだ。残金500円もないし。


「あっ!水都さん…香坂さん、あたしあのっ」

「ああ、水都でいいわよ。潮とまぎらわしいでしょう?どうしたの?」

「あたし今全財産500円もないんです!今日このスタッフルームの隅っこでもかまいませんので泊めてもらえませんか!?」


なんてこったい明日から働くってことは今日の寝床はないってことだった!

ご飯の方はありがたくもこちらのまかないでやりすごせるとしても、今更この重大事件に気づいた。

死活問題の話だと真剣にあたしは水都さんに訴えると、海璃さんとそろってふたりともポカンとしたあとに爆笑した。海璃さんは必死に声をおさえているが震えている。


「ほ、ほんとーに着の身着のまま考えなしでここまでやってきたのね……あっぱれ、あっぱれだわ本当にそのメンタル」

「こ、これはたしかに潮の野郎にも勝てるかもしれないな…あいつは意外と仕事じゃなければ変化球の攻撃に弱いからな……」


いたって真面目な話をしたのに二人ともなぜか抱腹絶倒されている。不思議だ。

その中で水都さんがなんとか息を取り戻し、呼吸を整えながら目尻をぬぐう。笑いすぎて涙が出たらしい。

それにしても美人はなにをしても美人だ。本当に今日は人生史上一番の美形日和だ。それがこれから毎日になるとは信じられない。海璃さんも相当の美人だ。絶対ここは裏で顔面偏差値検査があるにちがいない。あたしは多分裏方だからとかそういう理由で顔面偏差値が足りてなくても温情で働かせてくれたんだろう。そうに違いない。


「だ、大丈夫よ。今日から住めるところはなんとかするわ。飲食費も最初の給与から差し引かせてもらうので、ホテル内で好きなものを食べたり買ったりしてくれて構いません。こんな風にまかないを食べてもいいしね」

「そんな贅沢なことできませんっ。あの、ほんとうにあたしは屋根と壁さえあればなんとでもなりますので…」

「あなたはもうアガサホテルの従業員なの。それなら私は総務部として、スタッフの一人として従業員の衣食住という基本的な環境を提供することも仕事のうちなの。体を壊したりしたらもともこもないからね」

「水都さん…」


潮さんが神父なら水都さんは天使だ。いや女神だ。あたしはこれから毎晩水都女神にお祈りを捧げることを心に誓った。


「とりあえず今日のところはのんびりホテルで過ごしてちょうだい。そうね、誰か案内人をつけるわ……あとでここに案内人をよこすから、それまでここで待っててちょうだい」

「そんなっ!トイレ掃除でも皿洗いでもなんでもします!のんびりなんて…!」

「あ、まーーーい!」


ビシッと額に衝撃が走る。

水都さんにデコピンを食らったのだ。


「いいこと、このアガサホテルではトイレ掃除から皿洗いまで全て統一されたやり方があるの!しかも特に清掃部門と料理部門は初日は仕事をまずひたすら見るだけでなにもやらせてもらえないってくらい厳しいの!他の仕事も同様!初心者になにか任せられるものなんてなにひとつ当ホテルにはありませんっ!」


ビシィっと指差しまでされて怒られた。

怒ってる姿も美人だ。女神だ。

女神の説教だ。ここはきちんと受け入れなければならない。


「わかりました、すみません。なめてました」


ぺこりと頭をさげる。

そうだ、考えても見ればこのアガサホテルは楽園島の中でも筆頭ホテル。そんじょそこらの居酒屋バイトとは格が違う。

あたしは素直に自分の誤りを認めた。水都さんは指をおろし、にっこりと笑う。


「わかってくれたのならそれでいいわ、それじゃあここで待っててね」


そういって水都さんはかろやかにターンをし、海璃さんと一緒に部屋をでていこうとする。食べおわったパスタの食器まで一緒に持って行かれてしまっている。

少しだけしょんぼりしていた私に、扉をしめるときに海璃さんが振り返った。

それはさっきまで強面だった美人だとは思えないくらい、綺麗な笑顔で。


「まあ今日はおとなしくしておけ。な、−−−期待のルーキー」

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