第7話 ルーキー仲間、現る

「こんにちわっ!根津さんですね、僕は家入蓮いえいり れんです。今日は案内係をおおせつかっております。どうぞよろしくお願い致します!」


現れたのは、少年と青年に合間にあるような、はつらつとした男の子−−−もとい男性だった。

猫目のような印象的な瞳。小顔にのっかったこれまた猫っ毛のような黒髪。でもなぜか性格は犬な気がする。直感的だが犬だ。

彼は自分を21歳と自己紹介した。どうみても16歳くらいに見える、とは一つ年上の彼に敬意を表して言わなかった。


「根津葵です。何も知らないことしかないので、よろしくお願いします」


ぺこりと頭をさげると、慌てたような声が上から飛んできた。


「やめてください根津さん!僕はただのロビーボーイで、働きはじめて1年もたっていない新人です。そんな自分にあの香坂コンシェルジュのアシスタントの根津さんが頭をさげるなんてことやめてください!」

「え?でも年も経歴も家入さんのほうが上ですよね?それなら挨拶も当たり前のことじゃないですか?」

「いえいえいえ、僕みたいな下っ端とコンシェルジュのアシスタントじゃ格が違いますよ!しかもすでにあの香坂さんの裏の顔に勝ったってスタッフ内で話題沸騰ですよ!そんな根津さんに頭下げさせるなんて…」


つまりあれか。あたしの後ろにはすでに香坂潮というベテランイケメンヤンキーかつ現場責任者というバックがついているからあたし自身のあずかり知らぬところで虎の威を借る狐状態になっているのか。

しかもこの家入くんの慌てっぷりを見ると本当に潮さんは実力者らしい。さすが支配人に次ぐ偉い人。

しかし、だからといってあたし自身が偉くなるわけではない。


「それでも家入さんが先輩ということには違いません。それにあたし自身は、はいったばかりの…というかむしろまだはいってもいないペーペーです。家入さんに上に扱われる理由はありません!だから、後輩としてどうぞよろしくお願いします!」


そして思い切りよく頭を下げた。あたしの目には家入さんのよく磨かれていながらも、ずいぶん使い込んであるであろう革靴が目に入る。

それだけで彼がどれほど熱心に仕事をしているかわかるというものだ。

そんな彼に、本当に奇跡的にはいれたあたしが上の扱いをうけるなど、あってはならないことだろう。


「……わかりました、根津さんがそこまでいうなら…普通に接します」


しばらく逡巡したのち、家入さんはしぶしぶといったていで了承した。

あたしは思わず喜んで顔を上げた。


「ありがとうございます!それに、さんづけとかいらないです、根津っていってください」

「いやいやいやそれはさすがに勘弁してください!」

「えーでも根津さんじゃあ堅苦しくて…あ、そしたら下の名前でお願いします!」

「え、葵さん…ですか?」

「そうです!家入さんのほうが年上なんですから!」

「いえ、そういってもひとつしか違いませんし…俺も…じゃない、僕もいまのスタッフで一番の新人なので…ああもうっ、苦手だなってほんとっ」


がしがしと自分の頭をかき乱した家入さん。その姿はほんとうに犬のようだった。


「だめだ。やっぱり性に合わない…俺のことも下の名前でいいよ」

「蓮さん…ですか?」

「さんもなしで」

「えーっと、蓮、くん?」

「そうそう。口調も普通のでいいよ。俺もそうする。せっかくお互い歳の近い新人仲間だし、な」


そういって笑う家入さんもとい蓮くんはとてもやわらかい先輩の顔をしていた。

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