アガサホテルへようこそ!

コトリノことり(旧こやま ことり)

第1話 思い立ったら土下座

「給料はいりません!ここで住み込みで働かせてください!」

「断るっていってんだろうがこのアホ」


 土下座しているあたしの頭がハリセンよろしく勢いよく叩かれた。

 こんにちは。どうも根津葵ねづ あおいです。あたしが絶賛土下座中のぴっちぴちの20歳乙女の葵だよ。チャームポイントは特にないほどの地味顔でちょっと薄いそばかすが目立つくらい。黒髪は二つおさげにして胸のとこまで垂らしている。どうしてあたしが土下座にいたったか、なんていうのはSNS一記事分くらいで足りそうだから後述するとする。

 それよりもいったい”どこ”であたしが土下座にいたっているかを是非に聞いてほしい。もうこれだけで自慢になる。ここにいるという自慢そのもの。

 あたしは、トーキョー第9区”楽園島”の中でも最も格式高いと言われる、あのアガサホテルにいるのだ。


「ったく、なんなんだ本当にいったい…こんな勢いで働きにきたやつなんていままでいないっつうの…」


 そうぼやきながら前髪を掻き上げる姿もセクシーなその人は、たった今あたしの頭を叩いた香坂潮こうさか うしおさん。綺麗にまとめられた金髪は明らかに染めたものではなく地毛で、顔立ちもどこのヨーロッパ地方のイケメンですかというくらい整っている。そしてなにより、まるでエメラルドのような輝きを持ったその瞳。これで日本語が流暢だから割とさっきから違和感が仕事しすぎてる。


「では!その意外性をもとに是非雇ってください!」

「だからそもそも今は求人出してねーーっつうのっ!」


ガバッと頭を上げたところをまたもや香坂さんの平手がクリーンヒット。ちなみにこれで叩かれるのは3回目です。

どこのモデルだろうというくらいのイケメンの香坂さんはとっても不機嫌そうに眉を吊り上げながらあたしを見下ろしている。

これはまず機嫌をなおしてもらわなくては話も聞いてもらえなさそうである。

うーんと考え込み下を向いたところで、あたしはハっとしてまたガバッと顔を上げた。


「あ、じゃあ靴なめます!」

「だからそういう話じゃねええええ」

「はいはい、すとーっぷ」


4回目の平手が来る前に仲裁が入った。声のほうを見ると、香坂さんそっくりの顔をした、違うのは黒髪と性別だけという女性がいた。

つまりはものすごい美女っていうことだ。


「え、ドッペルゲンガー?」

「お前さっきからふざけてしかいないだろ」

「あらあらまあまあ、ドッペルゲンガーだったら3回会ったら死んでるから、私か潮のどちらかはとっくに死んでることになるわねえ。私は彼の従姉妹で、このホテルの経理担当の香坂水都こうさか みなとと申します。本日は私たちのアガサホテルへ足をお運びいただきありがとうざいます」


香坂さんもとい潮さんそっくりの美女は丁寧に床に座ったままの私に礼をする。そして近くの椅子を持ってきて座るように促されたので、私はおとなしくそれに従った。


「まったく、潮ったら女の子を床に地べたに座らせるなんて。アガサホテルの名折れよ」

「客でもスタッフでも取引先でもないこいつはただの部外者だ。むしろ不審者だ」

「まあそうヤンキーモードに入らずに、まずは話を聞いてみましょうよ。えーっと…根津さん?でよろしいですか?」

「あ、はいっ」

「なんで今日、ホテルの正面につくなりこの潮に『働かせてください!』って土下座したのか説明してもらえる?」

「はい、それはですね…」


きた。SNS一記事分のあたしのあらすじが明かされる時である。

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