第6話 ヨシノの質問

「私から話すことは一旦は以上です。あとはおいおい機会を見て図書館等で学んでいただければ、と考えておりまする。ですので、今度はヨシノ様が疑問に思っていること、要求したいことを言っていただきたく存じます」


 このカスパールは非常にわかりやすく知りたいことを教えてくれたが、気になる点がある。

 国家の存亡がかかった事案だというのに、あたかも俺に「戦わない」という選択肢がある様に話していたことだ。

 普通はこういう時って、命を握ったりとか、それこそ「元の世界に帰る方法を教えます」というのが報酬だったりとか、その様な強制力を働かせようとするはずだ。

 言葉を額面通りに受け取ればカスパールは非常に優しい、というか甘い人物だということになる。


「それならまず……昨日の話ですが、何故『魔王』が出現した時点で伝承の原典を確認しなかったんですか?手を打ったにしては時期が遅いと思うのですが」


 俺がそう聞いた瞬間、カスパールの顔に陰りが見えた。


「それは……原典を入手するためには多大な犠牲を払わねばならなかった為に、準備と決断に時間がかかったからです」

「というと?」




「セミラミス国民五万人を、国が厳重に地下深くに管理していた古代竜『書』に食わせたのです」




 俺は絶句した。


「古代より伝承として伝わってきた予言の多くは原典が失われております。その内容を知るには古代より記憶を引き継ぎ続ける竜に頼るしかないのです」


 部屋に重い空気が立ち込める。


 俺は今聞いた事実に衝撃を受けた一方で、さっきの疑問をさらに強めていた。

 それほどの犠牲を払っているのだから、やはり俺に「戦わない」という選択権を与えるなんてありえない。


「次の質問です。


 ---俺は、元の世界に帰れますか?」


 カスパールが使うであろうカードの第一候補はこれだ。

 たとえ嘘でも私が方法を知っている、などと言えば俺に対して十分な牽制になる。

 まあ、俺はあんな世界に帰る気はないが。


「現状、不可能です。『書』に供物を捧げればあるいは方法を知りうるかもしれませんが、おそらく今度は何百万人の生贄を要求されるでしょう」

「………なるほど」


 別段帰る気は無いのでショックは受けなかった。

 しかし、これはカスパールのカードにはならないらしい。

 すると、カスパールが申し訳なさそうに重々しく口を開いた。


「これはそのうちにお話しせねばならん、と思っていました。しかしヨシノ様の心の準備ができておるか、私には判断がつかなかったのでございます、この場で謝罪しましょう。


---申し訳ありませぬ。我々の身勝手で、ヨシノ様をご両親やご友人から奪い去ってしまった」


 カスパールは深々と頭を下げた。


「大丈夫ですよ、別段帰る気は無いので」

「左様ですか、だとしても許されざる行為です、本当に申し訳ない…………」


 そんなに謝られたらこっちが悪い様な気が少ししてしまう。

 どうせあのままの生活をしていたら死んでたも同然だった俺には、前の世界などあっても苦しいだけなのだから、俺としては謝られる筋合いは無い。


 さて、となるとますますカスパールのことがわからなくなってくる。

 カスパールはどうやって俺に戦わせようというのだろうか。

 もう分かりやすく聞くことにしよう。



「カスパールさん、最後に聞きたいんですが」

「はい」

「俺が戦いたくない、って言ったら、俺はどうなります?」


 これでカスパールに俺の意図は伝わっただろう。

 要は、戦わないことに対して発生する俺のデメリットを教えろ、と言っているのだ。


「おそらく死ぬでしょう、『魔王』の手によって」


 きた、これがカスパールのカードだ。


「何故そう言い切れるんですか?別の国に逃げるってのはできないんですか?」




「…………もうこの世界には、セミラミス以外の国は残っておりませぬ」




 そういうことか、最初からカスパールは俺に何も強制しなくてよかった。

 この国に召喚された時点で、俺とこの国は強制的に運命共同体になっていたんだ。



………………………………………………………………



「さてヨシノ様、ここから先は具体的なこれからの事を話しましょう」

「‥‥‥‥はい」


 俺はカスパールに騙されたような気分になっていた。

 実際騙すまでいかなくてもこうなることはわかっていて、敢えて戦うことを強制しなかったのは間違いない。

 そうやってせめて俺に納得だけでも与えようという心遣いだったのだ。

 いやに丁寧だった説明もその為か。

 

 しかし、どうにも掌で弄ばれた感じが腹立たしい。


「それにしても、カスパールさんの説明は丁寧でわかりやすいですね」

「おお、そうですか!最近妻にはあなたの話は長いし理屈っぽくでつまらないと言われておりましてなぁ。ヨシノ様にそう言っていただけるのは救いです」


 ちょっと皮肉気味に言ってみたが、全く通じない、というか意味もない。

 カスパールはごく普通の穏やかな老人の様に返答してくる。


 ダメだ、平常心に戻ろう。

 ここで変に反抗しても意味がない。


「これからヨシノ様には数日の間、この世界の事を学んでもらいたいと考えております。王立図書館など開放して、ご希望がありましたらお教えする者もつけます。市井に出ていただいでも構いません。その後に改めて我々と共に戦っていただけるかお聞かせいただければ、と」


 俺が頷くと、カスパールは一呼吸おいて続けた。


「ここから先が相談なのですが‥‥‥‥さっき後でお話しすると言った魔術のことです」

「あっ、すっかり忘れてた‥‥‥‥」

「ヨシノ様が自覚されていない『力』ですが、その第一に考えられる候補が魔力です。ヨシノ様が魔力をお持ちかどうかはすぐに検査できますので、体力に余裕がおありでしたら、この後屋外にて検査を行いたいと思っております」


 魔術の事を忘れていた。

 やっぱりチートと言えば魔力らしい、使えるのなら正直少しワクワクしてしまう。


「戦いの決断の前にこんな事をお願いするのも順序が違う話ですが、この世界を理解するのにも魔力に触れる事は役立ちます。検査をさせていただけないでしょうか」

「わかりました」


 というわけで、俺はこの建物の外に出て、魔力検査をすることになった。

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