第9話 戦闘

 そいつ、いやグギャアルと言ったか、は赤い光の灯った右手をカスパールの方に突き出した。

 瞬間、右手から赤いビームのような光線が発射される。

 カスパールは光線を大きく飛び退いて回避すると、合掌する。


「『壁』」


 透明な球体の膜がカスパールを覆う。

 それを見たグギャアルも大きく後ろに飛び退く。


「そのレベルの障壁魔術ってことは、賢人会なのかな?」


 グギャアルは今度は両手を前に突き出した。

 グギャアルの前に赤い球が十球ほど出現し、胸のあたりを中心にグルグルと回転を始める。

 

「『十二赤線』」


 俺がいた世界で言うガトリングのような要領で、回転しながらビームが飛んでいく。

 カスパールは自らを覆っている白い膜でそれを弾いて霧散させ、合掌しながら大きく跳躍してグギャアルの後ろに回り込む。

 その跳躍も恐らくは魔術だろう、カスパールは三十メートルほどの距離を一歩で飛び、踏み込んだ地面には小さなクレーターができていた。


「これで決まってくだされっ‥‥‥‥『五連光』!!!」


 カスパールがそう唱えて合掌を解除すると、カスパールとグギャアルとの間に五球の光の球が出現して縦に爆ぜる。

 滝のような光がグギャアルに向かって降り注ぐ。


 しかし、光はグギャアルに当たる前に何かに衝突し、上空の方向へ曲がった。


「やはり二千人級なだけありますな、私の攻撃魔術ではまるで通じない」


 カスパールは小さな声で愚痴るように呟くと、再び後ろに跳躍してグギャアルと十分な距離をとる。


「ここから先は持久戦となりましょうぞ」

 

 そして再び合掌して『壁』を発動させた。

 さっきの『壁』より数段透明で、光り輝いている。


 それを見たグギャアルの表情が変わる。


「さっきの障壁は手抜きだったか。これは全く困ったことだ、僕でも簡単には突破できない」


 グギャアルがそう言うと、右肩の眼が動く。

 その眼はあちらこちらを眺めるように、丁寧に、舐めるように見始めた。


「そうだな、本気でかかることにしよう」


 右肩の眼は、カスパールの方向で止まった。





-------カスパールを覆っていた球体が崩れる。カスパールは表情を驚きと恐怖に固めてその場に倒れこむ。


「まさか‥‥‥‥‥『吸収』か‥‥‥‥‥」


 そしてそのままカスパールは動かなくなった。


‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥



「邪魔なのは消えたから、これで楽に探せる」


 俺は瓦礫の下で息を潜めて隠れ続け、カスパールの戦いの一部始終を見ていた。

 何が起きているか全くもって意味がわからなかった。

 バリアが張られたりビームが撃たれたり、と言えば簡単だがその規模が尋常じゃない。

 まだ魔術の使い方も全くわかっていない俺が全く対処できるわけなんてない、ここは絶対に隠れるしかなかった。

 そうして隠れているうちに、いつの間にか魔力を自覚した痛みはすっかり薄れていった。


「でもあれだけの魔力を持ってる奴なら、簡単には死なないよね」


 そう言うとグギャアルは手を上に突き出し、巨大な赤い球を作り出した。

 その先を見なくてもわかる、アレは絶対にヤバい魔術だ。

 俺は瓦礫から飛び出して走り出したい衝動に駆られたが、そんなことをしたら見つかるかもしれないと理性が忠告したので俺はここに隠れ続ける事を選んだ。


「『百赤光』」


 球体から地面へ向かって大量の赤い線が伸び、着弾する。

 俺の周辺の瓦礫が全て爆ぜ、大量の砂煙を撒き散らし、吹き飛んだ瓦礫に左半身が当たって俺もまた吹き飛んだ。

 左腕と肋骨に鈍い痛みが走る。

 続いていた痛みが消えた分、しっかりと激痛が伝わってきた。


 俺が痛みに悶絶して体を抱え込んでいると、砂煙が落ち着いてきて、周りの景色がはっきりし始める。

 まず俺の目に飛び込んできた景色は、グギャアルがこちらに向かってほくそ笑んでいる姿だった。


「あー!なるほど、『仮面』か!あの魔術師そんな大魔術使えるのか、倒しといてよかった。っていうか『仮面』だよね?やけに変な服装してるからこの世界の人間じゃないだろうし‥‥‥‥間違いなく勇者だ」


 グギャアルと目があった、いや、グギャアルが俺の目を見た。

 背筋に悪寒が走る。


「殺さなきゃ」


 グギャアルは右手から赤い線を撃ち、俺の頭を狙う。



 が、何か硬く透明なもので弾かれた。


「やっぱ『仮面』なんだな、硬いや。動かないでね」


 今度はグギャアルは赤い線を俺の手足に巻きつける。

 俺は全く身動きが取れず、幾つもの赤い線が俺を狙撃した。

 透明な何かが俺を守ってくれているおかげで俺に直接当たることはないが、若干温まった空気が顔に伝わってきた。


「やっぱすごいや!でも負けないぞー!」


 グギャアルは楽しそうに笑った。

 徐々に俺の顔に伝わる熱が増えて、今はもう温かいなどという文字通り生ぬるい表現では済まない熱さではなくなっている。

 俺は恐怖で歯をガタガタ震わせ、歯を食いしばろうにもうまく歯がかみ合わなかった。


 赤い線はどんどん数を増やし、透明な何かには徐々に綻びが生じていた。

 透明だから見えないのだが、確実にヒビが入っているということはわかる。

 俺の脳裏にカスパールが倒れる瞬間がよぎった。


「ぃ、いやだっ‥‥‥‥」


 体が死ぬことを直感し、それに意識が全力で抵抗した。

 考えろ、考えろ考えろ考えろ!

 この状況から脱出する方法は何かないのか!?





 ‥‥‥‥‥‥魔術だ、魔術しかない。

 やり方はわからないが、魔力は自覚したらしいのだ。

 その証拠に体の中に覚えのない感触がある。

 とにかく、やってみるしかない。


「せ、『赤線』!!!」


 俺は手をグギャアルに向けてそう唱えた。

 しかし何も起こらない。


 何が違う!?イメージでもすればいいのか?


「『赤線』!」


 俺は赤い線がまっすぐ飛ぶイメージでまた唱えた。

 しかしまた何も起こらない。


「んー、魔術でも使おうとしてるのかな?‥‥‥‥アハハハハハハハハハハハ!やっぱまだこの世界に来たばっかりか!よかったよかった、本当に早く来てよかった」


 何やらグギャアルが笑っているが反応している暇はない。

 何かないか、何か他に使えそうな魔術はないか!

 

「『仮面』!!!」


 何も起きない。


「『仮面』!!!」


 何も起こらない。

 何が足りないのだろうか、根本的に知識が足りないのか?それはどうしようもない。

 今はとにかくグギャアルかカスパールの真似をするしかないのだ。


 俺を守ってくれている透明な何かのヒビは限界までに大きくなっていた。

 もう壊れるまで何秒もない。


「これでラストぉ!」


 グギュアルもあと一撃で壊すつもりらしく、少し大きめの赤い球を両手で作り出した。


 記憶の中を全力で探る、本当に何かないのか?

 カスパールは魔術を使う時何をしていた?


「あっ‥‥‥‥」


 グギュアルは赤い球を解放し、透明な何かが砕け散る。




 同時に俺の脳裏に浮かんでいたのは、中庭で両手を合唱しているカスパールだった。


「------『極光』」



 赤い線が俺に辿り着く前に、圧倒的な光の奔流が俺の合わせた両手から溢れ出した。



「あ゛ぁ゛ゔぁああああああああ!!!!!」


 グギャアルは叫んで後ろに吹っ飛んだ。

 しかし、すぐに起き上がるとこちらを睨みつける。


「たとえ偶然成功したにしてもこの威力か‥‥‥‥本気を出すしかない」


 右肩の眼が動き出した。

 俺は先ほどのカスパールを思い出す。

 あれはもっとヤバい。


 どうする?


「喰らえ、魔力を」


 そしてグギャアルの右肩の眼は俺を捉えて






「ゔぁ?」


 グギャアルの体ごと破裂した。

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