第4話 勇者
老人からの一言は俺に衝撃というよりも実感をもたらした。
異世界トリップは何度もネット小説で読んだ内容だったので、大体の状況は想像が付いていたし、正直あまり驚きはしなかった。
しかし、やはりこんなことが現実に起きたという事自身に実感は持っていなかったので、老人の一言は俺のどこかふわふわした認識にしっかりとした裏付けをしてくれる。
やっぱり異世界に来たのか………
俺はようやくそう実感する事が出来たのだった。
「さて、勇者様。今から状況の説明をさせていただきます。しかし全てを語るには時間がかかります故、ざっくりとした内容だけお話しし、また明日にでも勇者様がお話しできる様になってから詳しい話をしたいと思いまする。」
コホン、と右手を口に近づけ咳払いをしつつ老人は言った。
俺はそれに首を縦に振ることで応える。
どこかの国では首を横に振ることが「yes」の挨拶らしいが、まあそんな文化の違いがあったとしてもこの老人なら察してくれるだろう。
「どこからお話しするか迷うところですので、確認をさせていただきます。勇者様はここがどういう場所か、何の目的でここに呼び出されたかはご存じですかな?」
俺は首を横に振った。
「知らない、ということでよろしい様ですな。それならば一からお話ししましょう。まず、この国は賢王国家セミラミス。現在は第二十六代王シグムント様が治めておいでです。そしてこの国は現在、未曾有の危機に陥っております。というのもその原因を一言で言いますと----
----『魔王』、我々がそう呼ぶ存在です」
どんどん俺の知っている異世界トリップに近づいている。
俺は「続けろ」という目配せを老人に送った。
「この『魔王』の軍勢によってこのセミラミスは壊滅的被害を被りました。今や我々の軍隊は『魔王』の出現が確認された時の約六割まで数を減らし、国土はおよそ七割までに減少しました。残りの軍隊では国土の防衛と国民の暴動を抑えるための治安を維持するのに手一杯、という状況です。つまり、このままでは我々は『魔王』の軍勢に滅ぼされるのを待つのみなのです」
そこで俺を呼んだ、ってことなんだろうな、と俺は推測する。
「しかし、我々はこれでも幸運な方でした。なぜなら我々には『緋色の乙女』と呼ばれる勇者ゼノビア様がいらっしゃったからです。彼女は『魔王』出現の時より象徴として国民をまとめ上げ、同時にその絶大な武力を持って国土の防衛にあたりました」
は?勇者がもう一人?
俺はさっきまで予想通りに進んでいた話が急にレールを外れたので軽く驚いた。
「そのおかげで『魔王』出現にもかかわらず我々は持ちこたえてる、とも言えるわけです。しかし、やはりいくら巨大な力とはいえ、ゼノビア様一人では国土の防衛が精一杯でした。一度『魔王』の本拠地を狙ってゼノビア様が討伐隊を組まれましたが、ゼノビア様を欠いた防衛線は一気に崩壊し、国土の二割を失った上にゼノビア様は討伐に失敗。その後は硬直状態が続いています」
俺の驚きは無視され、というか認識されず老人はそのまま話を続けた。
「その硬直状態に入ったのが半年前です。ゼノビア様がいらっしゃるとはいえこのままでは国が滅ぶのは時間の問題、と判断した我々『賢人会』は状況を打破する策を探しました。そこで見つけたのが『双勇者』の伝承です」
双、という言葉の響きからしてつまり、二人いる勇者の片割れが俺ってことなんだろうな、と今度こそ正解なはずの推測をする。
「『双勇者』という言葉の響きからわかると思いますが、実は勇者は二人いた、ということが発覚します。さらにそれ以前に重要なのは、ゼノビア様の巨大な力はたまたま『魔王』がいた時代に現れたのではなく、伝承に従ってしかるべく現れた必然であり、我々が勇者と呼んでいたお方は本当に『魔王』に対抗しうる存在という意味での勇者だった、ということです」
なるほど、人々はゼノビアという人を勝手に勇者と呼んでいたが、実は『魔王』という言葉と対になるという意味での勇者だった、ということか。
それは同時に、勇者さえいれば『魔王』を倒せるという意味でもあるのだ。
「もう一人ゼノビア様と同等の勇者がいる、と知った我々はその伝承に従って『勇者召喚』の儀を執り行うことを決定しました。そうして今に至るわけです」
一通りの説明を終えて老人は口に溜まった唾を飲んだ。
やっぱり、戦うのか…………
まだ「戦え」とは言われてはいないが、恐らくはそういうことだろう。
異世界トリップのお決まりとはいえ避けられないことらしい。
それも含めてまだわからないことが沢山あるので、話の続きを聞きたい。
「さて、勇者様。ここから先をお話したいところですが、勇者様が喋れない以上、これから先へ話を進めるわけにはいきません。ここからは勇者様の同意や理解が必要ですので。大体の状況はお分かりいただけたと思いますし、今日のところはお休みください」
残念ながら老人の話は今日のところはここまでらしい。
今の所老人は俺にしっかり状況説明はしてくれるみたいだし、大人しく言う通りにするとしよう。
「今の時刻は大体夕方くらいです。使いの者達がこちらに向かっておりますので、その者達の案内する通りにお進みいただいて、お休みください。明日の朝よりお迎えに上がって詳しい話を致します」
………………………………………………
老人が言った「使いの者」は日本で言うメイドのような人達だった。
人数は数えたわけではないが十名弱。
当然メイド服を着ているわけではなく、皆足首まで隠れるような長い深緑のワンピースのような服に、同じ深緑の厚手で長袖の上着を着ていた。
メイド達の見た目のことを言うと、間違いなくそれは人間の女性で、身体的特徴は概ねこちらの人間と一致していた。
強いて言うなら皆日本人よりは若干彫りが深いだろうか。
こっちの世界で言う白人か黒人か黄色人種かと聞かれれば難しいところだが、肌が白めの人もいれば褐色の人もいるし、日本人に近い色を持つ人もいる。
俺はその人たちに連れられてさっきの魔方陣があった広場、というかその場を退出してわかったのだがそこは屋内の大広間だった、から出た。
すると俺の目に中のヨーロッパのような豪華絢爛な廊下が映る。
今までいた場所が暗かった分、一瞬目がクラッとした。
「こちらです」
メイド達の代表、のような人についていくと、木を数種類のガラスだか宝石だかで装飾したドアの前まで案内された。
「こちらの部屋でお休みください、何かご用があればドアの前で我々は待機しておりますので」
どうやら俺一人にしてくれるらしい。
部屋に入ってみると、中々豪華なベッドが一つ置いてあり、その隣には椅子とテーブルが置いてあった。
居心地が良さそうな部屋だ。
さて、明日は喋れるように練習するか
俺は入ってきたドアから遠ざかって、誰にも声が聞こえないように注意して、発音練習を始めた。
あめんぼあかいなあいうえお、と言ったのは実は人生初めてだったりする。
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