第5話 カスパールの提案

「昨日はうまく眠れましたかな?」

「はい、気持ちいいベッドでした。」


 翌朝、老人が言っていた通り、俺が寝ていた部屋に老人がやってきた。

 昨日の夜の滑舌特訓の甲斐あって、俺は流暢に返答することができたことに安堵する。

 老人は俺に部屋に用意されている椅子に座るように促し、俺が座ったのを確認するともう片方の椅子に座った。


「翻訳魔法の副作用はもう消えたらしいですな、それでは早速話を始めましょう。まず自己紹介からですな」


 俺は頷いて老人よりも先に話し始める。


「俺は ミヤイシ=ヨシノ、名前がヨシノで苗字がミヤイシです。」

「ミョージとは何です?」

「なんと言えばいいのかな……?俺の家族がみんな名乗ってる名前と言いますか」


 そうか、ここは異世界だ、と俺は実感する。

 テレビなどで見慣れた中世ヨーロッパ風の建物や、言葉が通じてしまったからすっかり日本にいた時と同じ感覚になってしまっていた。


「ふむ………そちらでは家族で同じ名前を使うのですか?」

「はい」

「こちらではそのような風習はありませんな‥‥‥‥公の間では一族の創始者の名前と自分の名を名乗ることはありますが」


 一族の創始者なんて日本では覚えている人など誰もいないだろう。

 やはりこの世界の常識と日本の常識はまったく違う。


「それではこちらも名乗りましょう。私は賢人会第三席、国立魔術院院長のカスパールと申します。」


 何やらとても偉そうな肩書きが聞こえた。

 そういえば昨日の話にも「賢人会」という単語があった気がする。


「賢人会、というのは何でしょうか?」

「簡単に言えば、セミラミスの魔術師の中で最も権威ある魔術師十三名が集まった、国の最高意思決定機関のことででございます」

「魔術師………ですか?」

「そのあたりも含めて詳しくお話ししますので、まず、こちらから色々と確認の為に質問させていただいてもよろしいでしょうか?」

「あ、…………はい」


 少し先走ってしまったらしい。

 魔術があること自体は昨日食らった翻訳魔法で証明済みだったが、それ以前にわからないことが多すぎる。

 ここは老人、いやカスパールと言ったか、の言うとおりにしよう。


「まず、昨日と似た様な質問からさせていただきます。このセミラミスという国はご存知ですか?」

「いいえ」

「それは、知らないだけ、ということではないんですな?」

「はい、俺が住んでいた国、というか世界にはセミラミスっていう国はないです」


 カスパールは少し目を細めて何かを考えながら喋っている様だった。


「そちらが住んでいた世界にセミラミスが存在しない、とおっしゃいましたが、世界は広大で無限です。そちらの世界にセミラミスが存在しない証明はできますか?」

 

 どうやらこの星では地平に終わりがあることは知られていないようだった。

 カスパールは俺がこの世界のどこかから召喚されたのか、それとも全く別の、違う世界から召喚されたのかを確認したいらしい。

 

「俺自身ができるわけじゃないですけど、俺の住んでいたところでは色んな人が世界中の隅々まで調べてます。絶対に俺のいた世界ではセミラミスは存在しないです」

「なるほど、となるとやはり………」

「この世界と俺の住んでいた世界は違う、ってことだと思います」


 カスパールは頷きで俺の言葉に答えた。

 予想の範疇を出ていないらしく、驚いた様子はない。


「それならば次の質問です。曖昧な質問になるのですが、先ほどからヨシノ様と話していますと、名乗り方の違いこそあれど、例えば『国』ですとか、『世界』ですとか、『家族』などそういった言葉に我々の間で共通している部分が多いように感じます」

「……はい」

「こちらに来て間もないこととは存じた上でお聞きしますが、我々の世界とヨシノ様の世界はかなり似通っている、と思ってもよろしいですかな?」


 そうか、確かにさっきは俺の住んでいた世界とこちらの世界がかなり違う、ということを思い知らされはしたが、考えてみるとここは異世界なのだ。

 言語が違うどころか「家族」や「社会」の概念だって持たないかもしれないし、そもそも生物が支配していないかもしれなかった。

 そう考えれば二つの世界は極めて似通っていると言ってもいいかもしれない。


「違うところは多いとは思いますが、大体の部分は一致していると思います」

 

 カスパールはまた頷いて納得した顔をした。


「わかりました、次の質問です。昨日お話しした『魔王』や『双勇者』の話について以前からご存知でしたかな?」

「いいえ、全く」

「続けざまに聞いて申し訳ありませんが、魔術や、他に何か武道や戦いに関して心得はお有りですか?」


 ここまで聞いて俺は気付いた。

 戦えるのか?とカスパールは聞いているのだ。

 ここはハッタリをかます意味もないし、正直に答えよう。


「いいえ、というか魔術というものが何なのかもわかりません」

「左様ですか…………」

 

 俺はカスパールの次の質問を待った。


「もう質問はありません。ここからは昨日の話をもう少し詳しくお話し致しまする」


 ようやく本題だ、と俺は思った。


「さて、『魔王』に対抗する為に『勇者』としてヨシノ様をお呼びしたことはお話ししましたな?」

「はい」

「つまり私、いや我々はヨシノ様にお願いをせねばなりません


------我々の世界の為に、命をかけて戦ってはくださいませんか?、と」


 覚悟はしていたがいざ言われると緊張してしまう。

 俺は無意識に唾を飲んだ。


「もちろん、成功した暁にはセミラミスの誇りをかけて報酬を支払いますし、道理に背いた私利私欲でヨシノ様を利用したりする気は毛頭ありません。不安でしたらある程度期間を設けてこの世界について学んでいただき、その上で判断してくださっても結構です」


 勇者召喚されたけど王族に利用されました、という話は何度も読んだことがあったので、その点に関しては安心できそうだ。


「でも、仮に戦うにしたって俺は戦えませんよ?」

「その点に関してもお話します、その為には昨日私が言った『双勇者』の伝承を語らねばなりません」


 俺は頷いた。

 カスパールは咳払いをし、喉を整える。


「魔の王蘇りし時、双つの勇者現れん

 一に世の者、希望と力で剣を振るう

 二に空の者、絶望と涙を両椀で拭う

 衆は言う、『双勇者』と……………………という歌でございます」


 随分直球な歌だと感じる。

 空から来た勇者なんて異世界召喚丸出しだ、比喩も何もあったもんじゃない


「もちろん、これは伝承が民衆によって歌として伝えられた形です。原典は我々賢人会が『書』に供物を捧げ、発見致しました。

 伝承には、


『魔王』が復活した時、一人の勇者が現れる。しかし『魔王』は一人の勇者だけでは倒せない。儀式を行い空よりもう一人の勇者を召喚せよ。その者はすべてを変える力を持っている。


といった予言と、その儀式の方法が記されておりました」


「つまり、その話からするとあれですか」

「そうです、ヨシノ様は自覚しようがするまいが、我々が望む力を秘めている、ということに他なりません」


 筋は通っている。

 その伝承の中には俺が「やってくる」ではなく俺を「呼ぶ」とあり、「変える」ではなく「変える力を持つ」とあるのだから、現時点で俺が戦えなくても伝承には反しない。

 

「ヨシノ様にはこれから数ヶ月の間様々な訓練を受けていただき、その力の正体を明確にした上で、十分な準備をして『魔王』に臨んでいただこうと考えておりまする」


 妥当な話だ。

 さっきから話を聞く限り、このカスパールという老人の話は非常にしっかりと筋が通っている。

 ここまで丁寧な説明をしてくれる異世界召喚などそうないだろう、そもそも異世界召喚がないか。

 

「なるほど……俺が嫌だ、って言ったらどうなるんですか?」

「そこは仕方がありません。潔く我々は諦めて国と運命を共にします」

 

 カスパールは両手を上げて表情を曇らせてそう言った。

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