第12話 別離

 その日の深夜、ベッドで寝ていた私は物音に起こされた。

 私は重い毛布のショールを羽織って扉の外のギィの様子を見た。

 消えかけた暖炉の火がぼんやりと部屋をオレンジ色に照らし、ギィの黒いシルエットを浮かび上げる。


「何やってんの?」


 目をこすりながらきくと、コートを着ようとしていたギィは私を見るなり舌打ちした。

「お前はいつもはぐうぐう寝てるくせに、どうしてこういうときだけ起きるんだ」

「私を置いて、どこ行くつもりだったの? 犯人のところ?」

 私は思ったよりも鋭く響く自分の声にびっくりした。


「お前に教える義理はない」

 ギィは面倒くさそうに背を向ける。


 私は決断するよりも早く駆け寄り、ギィのコートの裾を掴んでいた。

「なんで一人で行こうとするの? 私はあなたと捜査するためにここにいるのに」

 悔しいとかむかつくとかそういうことも思ったけど、それよりも前にただギィを行かせたくなかった。

 私は革のコートを握りしめて、遠ざかろうとする後ろ姿を必死で引きとめた。


 いらついたように私の手をふりほどくと、ギィは向き直って私を頭上から見下ろした。暖炉の残り火に照らされた瞳が、薄闇の中で一つだけ鋭く光る。

「お前と仕事する気なんか最初からなかった。銃なんか持つのやめて、恋でも結婚でもすればいい。撃たないのがお前の正解だよ」

 子供の戯言になんか付き合ってられるかとでも言いたそうな、ギィの抑えた低い声。ギィは徹底的に、私を遠ざけるつもりのようだった。


 わかったよ。あなたはそういう立ち位置を崩さないんだね。じゃあ、私だってあなたに配慮なんかしない。


 私は自分の心の奥に火が灯ったのを感じた。

 多少嫌な気持ちになってもいい、ギィを傷つけてもいいから、負けたくなかった。

 私は深く呼吸をして、言葉を間違えないように、正確にぶつけた。感情的になりすぎないように、冷静であろうとした。


「そういうふうに、孤独ぶってなんでもわかったふりするのはやめてよね。私、あなたの過去だって知ったんだから」


 私の言葉にギィの表情が一瞬、固まる。瞳がわずかに見開かれた気がした。私はその隙を見逃さずに次の台詞を叩き込んだ。


「あなたの父親が連続殺人犯で、姉を殺した父親をあなたが殺したんだって? 人に知られてうれしい話じゃないよね」

 私はなるべくひどい言い方を模索した。こうなったらとことん、やりかえしてみたかった。とにかくギィに不快になってほしいと思った。


 さすがに動揺したのか、ギィは一歩、後ずさりした。いつものポーカーフェイスに、暗い影が横切る。

 私は一瞬、自分の言動を後悔しかけた。


 ギィは震えるのを耐えた瞳で私を凝視した。何かを言おうとして口を開きかけて結局閉じる。私を見るギィの目に、あきらめの色が宿った。

 そしてすぐにギィは普段の調子に戻った。脆く崩れた表情は消え、いつもの冷たい声で、逆に私に問いかけた。

「……誰に聞いた?」

「イサイアスよ。新聞記者としてあなたの事件のこと知ってたって」

 私は正直に答えた。自分は全く努力してないことをあんまり言いたくなかったけど、隠しとくのもフェアじゃないと思った。


「ふん、俺も運が悪いな。で、俺の弱みを握ったご感想は?」

 ギィは嘲るように鼻で笑った。それが自分に向けてなのか、私に向けてなのかはわからなかった。

「どうしてあなたはそういう言い方しかしないわけ?」

 私は自分も結構素直じゃないことしか言ってないことを忘れて、ギィをとがめた。ギィが弱みを見せてくれないのが悔しかったのと同時に、自分の感情をすぐに押し殺すギィが少しだけ可哀想に思えた。私にはギィが楽になれる道から全部背いてるように思えた。


 そんな私の同情がしゃくだったのか、ギィは語気を強めた。

「じゃあなんだ、二人お互いの過去を知って、お前が泣いたら俺が泣いて、最後は手を握り合って終わるのか。俺はそんなのはお断りだ」

 いらだちを抑えたギィの苦い表情。白い前髪が、ゆらゆらと揺れる。


 私だって、お断りだよ。


 私はギィに対してどうありたかったのか、わからなくなっていた。それでも、これ以上顔を合わせていたくないっていう気持ちはギィも私も一緒だってことはわかった。


「いいよ。あなたがそう言うなら、あなたを理解する努力も、あなたと一緒にいる努力もやめる。私は一人でやってやる――」


 私は静かに宣戦布告すると、部屋に戻ってポシェットを掴んだ。そしてショールを翻し肩に巻いてピンでとめると、ギィの顔を見ずに小屋を出た。

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