第5話 捜査開始
「置いていこうと思ったんだが、失敗したな」
私たちが追いついたとき、ギィは木の影で馬を水をやっていた。
三人が着いたのは村の端を通る川だ。森と村の境目を流れる川で、深くも広くもない流れだが水は清らかだ。少し離れたところで、村の女性たちが洗濯しているのが見えた。
「二人乗りじゃなかったら、もっと余裕だったし」
私は頬をふくらませてギィをにらんだ。馬から降りようとすると、イサイアスの方が先に降りて、私に手を貸してくれた。
「別に、一人で降りれるのに」
「嫌でしたか?」
「別に嫌じゃないけど……」
普段あんまりこういう扱いを受けないから、ちょっと恥ずかしい。
「俺のときと態度が少し違わないか?」
ギィがからかうように、帽子の下から視線を向ける。私は腕を組み、ぷいと顔を背けた。
「そりゃ、意地の悪い人と悪気のない人じゃ態度だって変わるよ」
両極端な男に挟まれ困っていると、少し先で洗濯していた女性たちが手を振りながら近づいてきているのが見えた。
「あんたたちが、村長に雇われたっていう人だね?」
一番手前の、リーダー格っぽいおばさんがまず声をかけてきた。ふくよかな体から発される野太い声はよく響き、わりと距離があるのにはっきりと聞こえた。
イサイアスがにこやかに答える。
「そうです。僕が記事を書く片手間に事件を解決する凄腕の新聞記者です。よろしくお願いします」
いや、あんたは違うでしょ。
「ガンマンと聞いていたけど、新聞記者さんだったのかい?」
小柄なおばあさんが、ご年配の女性特有の馴れ馴れしさで、イサイアスをぺたぺたとさわりながら聞く。
イサイアスは嫌な顔一つせずにおばあさんの肩を抱き、手のひらでギィを指し示した。
「そのガンマンは彼、ギィ・デュバル氏ですよ」
「よろしく頼む」
女性たちに軽く頭を下げるギィ。
ふくよかな女性が納得顔でうなづいた。
「あらそう、二人呼んだのね」
「あの、おばさん、この丸眼鏡はただの……」
私が言いかけると、イサイアスは口に指を当てて小さくウィンクした。
「いいですから、ここは僕に任せてみてください。アイオンさん」
「任せろったって……」
私は不服だったけど、ギィがしょうがなさそうに目くばせして私に黙っているようにうながしたので、口を閉じた
イサイアスが人懐っこい笑顔で、集まってきた村の女性の注意をひいた。
「僕は記事のために事件のことを……」
「コールリッジの奴らなんか死んでせいせいしたよ!」
質問もしてないうちから、リーダー格の女性が語りだした。
コールリッジというのは村のはずれにある大牧場の経営一家の名前だ。余所者が相手だろうが何だろうが、事件について話したくてたまらないらしい。
「あの牧場は上の息子が成長してからはちょっとはましになったけど、父親が若かったころはそりゃまぁ、ひどくてねぇ。この土地は俺たちのものだ、新参者には渡さんとか言って、私たちに嫌がらせをし続けた」
「家も何件焼かれたことか」
「奴らに殺された人たちだっている」
「牛を飼ったらそれは盗んだ牛だと私たちを牛泥棒扱い。羊を飼ったら牛の邪魔だと羊を殺すんだよ、奴らは」
おばさんたちが口々にコールリッジの悪行を並びたてた。
この国は自由な移民の国のはずだけど、その移民同士での争いは残念ながら結構ある。前からカウボーイとして牛を育ててこの国で暮らしていたアングロサクソン系の住民と、後から東欧から入植してきた新しい住民の対立もそのひとつだ。
「最近片目を撃たれて死んだっていう二人の男は、コールリッジの牧場で働いていたんですよね?」
イサイアスはわざっとっぽくメモをとりながら、上目づかいで女性たちを見る。一番ご年配のおばあさんがしわがれた声で答えた。
「そうさね。ドンとピンキーはコールリッジの手下だった。威張りくさったいけすかない殺し屋さ。最近は人を殺さなくなったけど、今でもときどきふざけてわしらの羊を殺してた」
「誰も、やり返さなかったのですか?」
イサイアスのさりげなく鋭い質問に、おばさんたちは黙り込んだ。先ほどまでの騒がしさは何だったんだろうというほどの静けさ。
リーダー格のおばさんがやっと、自分が話すしかないだろうと口を開いた。
「……昔、トラヴィスという流れ者を村の用心棒に雇ったことがあってね。彼を泊めてあげていた家の夫婦が死んだとき、彼は仇を討とうとしてくれた。トラヴィスは早撃ちの名手でね。だけど、多勢に無勢。結局負けてしまった」
ぽつりぽつりと、女性たちが後悔を口にする。
「彼は私たちの味方だったけど、私たちは彼の味方になれなかった。みんなコールリッジが怖かったんだわ」
「トラヴィスには悪いことをしたねぇ」
女性たちの顔が暗くなる。しかし、それは長続きするものではなかった。
年配のおばあさんが、勝ち誇ったように、声をあげた。
「でも、トラヴィスはわしらを見捨てていなかった。戻ってきて、コールリッジの奴らを殺してくれた」
他の女性も、おばあさんに同意した。
「ありがたいねぇ」
「コールリッジの奴ら、今頃震えあがっとるわ」
「いい気味さ」
みんな、すっきりとした笑顔。
トラヴィスが村人も憎んでいるかもしれないという発想は少しも生まれないくらい、村
のおばさんたちの思考回路は単純で健全らしい。
「こんなこと聞くのも不吉かもしれませんが、次に殺されるのはどなただと考えていらっしゃいますか?」
イサイアスが小さくささやくが、おばさんたちの声はでかい。
「うーん、殺されるかどうかわからないけど、死んでほしいのはコールリッジの次男だね!」
「あいつは村のかわいい若い子にちょっかいだす鼻つまみ者さ」
「うわさをすれば、嫌われ者のサイモンだよ」
ある女性が指を指す先には、葦毛の馬に乗った男の姿。
「奴もわしらに手を出すほど見境がない男ではないが、退散するかの」
「そうだねぇ。面倒だしねぇ」
見る見るうちに散り散りに消えて行くおばさんたち。ここまでくるといっそのことすがすがしい。
残された私たち三人は、丘を駆ける次男らしい男の姿を眺めた。
距離が離れていても、藁みたいな金髪と四角い顔はよく見えた。体格の良い青年で、乗っている葦毛の馬も着ているコートも立派だ。
次男が駆けていく先には、さっきのおばさんの集団にはいなかった若い女の子がいた。女の子は川から帰るところらしく、バケツを手にしている。細くてかわいい感じの子だ。
次男は馬に乗ったまま女の子に近づき、声をかけ絡んだ。声が聞こえなくても何を言ってるのか想像できる、わかりやすいナンパの図。女の子は迷惑そうに、歩きづけている。
これは助け舟出しに行くべきかな……。あ、でもなんか人が来た。
横を見ると、茶髪の若者が走ってきた。年は女の子より少し上くらい。やせてて貧乏そうな格好。若者は次男から女の子を引き離し、男に食ってかかった。
次男はイラついて若者に手を上げようとしたが、私たちの存在に気づいたらしい。体裁が悪そうに手をおろした。女の子と若者は、急いで男から離れる。
勢いよく駆けてくる次男。
ギィが無言で、私を守るように前に立った。帽子で半分隠れた横顔がほんの少しだけ険しくなる。
っ、むかつく! 何を気づかってくれちゃってんの。
ギィの頼りになりそうな背中が逆にしゃくだった。
イサイアスはというと、積極的にギィの影に隠れている。これはこれでどうかと思う。
次男は、ギィのすぐ近くまで馬で駆けてきた。猛スピードで突進してくる馬に、私とイサイアスは思わず後ずさり。でも、ギィは身じろぎひとつせずに、前を見据えていた。
次男はぎりぎりのところで馬を止め、表情を崩さないギィを面白くなさそうに上から見下ろす。
「お前がギィ・デュバルだな」
「あぁ。その質問に答えるのが疲れてきたところだ。そっちはサイモン・コールリッジで合っているな? 女好きのようだし」
帽子の縁を上げて、サイモンを見上げるギィ。
「女好き」のフレーズにサイモンの細い目がつりあがる。だけどサイモンは、格好をつけるためか、思ったより冷静にふるまった。
「……そう、俺がオズウェル・コールリッジの息子、サイモンだ。探偵だかガンマンだか知らないが、この村に俺がいる限り、好き勝手はさせない」
「別にあんたに迷惑をかけようと思っちゃいないさ」
ギィが人を小馬鹿にするような笑いを浮かべる。私によく向けてくるむかつく表情。
サイモンも気に入らないらしく、鼻を鳴らした。
「ふん、どうだか。そこの女とひょろい男も、覚えておけ。コールリッジ家に喧嘩を売って、無事ですむと思うなよ」
サイモンはハッと掛け声をあげると、馬の腹を蹴り走り去っていった。
サイモンがいなくなると、遠巻きに見ていた女の子と若者がそばに来た。
「あの、ありがとうございました」
おずおずとお礼を言う二人。
「別に、むこうが勝手に来て勝手に去っただけだろ」
ギィがコートのポケットに手をつっこみ横を向く。
結構後ろの方まで下がっていたイサイアスも、戻ってきて二人に微笑んだ。
「大丈夫そうで何よりです。君たちの名前を教えてもらってもいいですか?」
女の子と若者は交互に答えた。
「私はリネットで、こっちは」
「ジョーって言います」
「ジョーとリネットは、恋人同士なの?」
私の質問に、二人はほほを赤らめた。ジョーがはにかみながら答える。
「はい、まぁ、そうなんです。俺もガンマンさんみたいに強そうなら良かったんですけど……」
リネットが表情を曇らせて、ギィをちらちらと見上げた。
「サイモンには本当に困ってって。あの人、誰かが捕まえてくれたりしないんでしょうか」
しかし、ギィの反応はそっけない。
「さぁ? 俺はコールリッジの牧場の男が二人死んでいる事件の捜査に来ているだけだからな。その件に関しては、あいつはむしろ被害者になる可能性の高い男だろ」
リネットは残念そうに、細い肩をすくめた。
「そうですよね……。あの、お仕事がんばってください」
「それじゃ、失礼しました」
二人はぺこりとお辞儀をすると、手を繋いで村の方へ去って行った。
二人を見送ると、イサイアスが誇らしげに、胸をはった。
「いろいろ情報が集まりましたね。僕もお役にたてたでしょう?」
「おばさんたちは、誰が相手でもしゃべったんじゃないの?」
私が疑いの目を向けると、イサイアスは人差し指を左右に振った。
「あぁいう人たちのしゃべることを誘導するのにも、テクニックがいるんですよ」
「本当に? って、あ! ギィ! また置いてったね!」
気づけば、ギィは馬に乗り歩を進めていた。私たちの声に振り返ることもない。
私とイサイアスも、慌てて後を追った。
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