第6話 牛飼い一族

 私たち三人が村のはずれにある大牧場についたのは、日の傾きかけたころだった。

 だだっ広い丘にちらほらと牛の姿が見える。ほぼ野放しで育てられる牛はちょっとだけやせているけど、健康状態は悪くなさげだった。

 門のあたりで立ち止まると、奥から濃い金髪の男が歩いてきた。


「君たちが、村長に雇われたっていう人たちか。僕はこの牧場の長男、ジョシュア・コールリッジ。どっちがギィ・デュバル?」


 さっき会ったサイモンのお兄さんらしい。たしかに四角い顔はよく似ていたけど、弟よりも小さい印象の男だ。表情は硬く、冷たい雰囲気。


「俺がギィ・デュバルだ。あとの二人はやじ馬みたいなものだから気にするな」

「ちょっと、やじ馬って何よ。私はあなたの案内役を任せられた保安官代理よ!」

 私は口をとがらせ、すかさず訂正した。

「まぁ、僕は新聞記者だからやじ馬みたいなものですね」

 イサイアスは掴みどころのない微笑みを崩さない。


 ジョシュアは無表情のまま私たちを眺めると、静かに手招きした。

「立ち話もなんだから、上がって」


 私たちはジョシュアに案内されるまま、牧場の中へと進んだ。

 数分歩いたところに白く大きなお屋敷があった。私の家が七軒は軽く入りそうなくらい大きく、そこらじゅうに凝った飾りがついている。

 

 そしてその玄関の横にある白い木の柱が輝くテラスには、老人が座っていた。

 ひげがもじゃもじゃで顔がよく見えないけど、全体的にいかついかんじ。座っててもとにかく大きくて、ただならない威圧感がある。

 老人は私たちの存在に気付くと、ただでさえきつそうな目をさらにきつくしてにらんできた。


 私がちょっと怖くなって一瞬たじろぐと、ジョシュアがそっとささやいた。

「僕の父の、オズウェル・コールリッジだよ。あの人、誰が来てもあぁいう反応するから、気にせず進んで」

 ジョシュアは父親に軽く頭を下げると、重厚な装飾が施されたドアを開けた。ギィは躊躇することなく屋敷に入る。私とイサイアスもそれに続いた。


 私たちが通されたのは、ふかふかのソファーとぶ厚いテーブルが並ぶ客室だった。

 ギィは家主がすすめる前からソファに座り、イサイアスは部屋に置いてある鹿の置物や絵を興味深そうに見ていた。私がどうしようか迷っていると、ジョシュアがトレイにカップとポットをのせて出てきた。

 事件の解決はこの人たちの得になることだから当然と言えば当然のはずだけど、本当に普通に歓迎してくれてるみたいでびっくりした。


「コーヒーくらいは出すよ」

 私の意外そうな顔に、ジョシュアが少し怒ったような顔をしてトレイをテーブルに置く。

「はぁ、ありがとうございます」

 私はソファーに腰掛けると、コーヒーにお砂糖をたっぷり入れていただいた。ギィも一応口をつけた。イサイアスはと言うと、マイペースにうろうろしたままだ。

 ギィはソファに背を預け、高圧的な姿勢をとった。


「事件のあらましはだいたい聞いた。この牧場、ずいぶん恨まれているみたいだな」

「この牧場が恨まれているのは、別に僕のせいじゃない。新しい入植者との軋轢も暴力よりもビジネスで解決したいし、羊のことだって市場価格が安定してて、リスク分散のため飼うのに最適だと思っている」

「父親はそういう意見じゃないようだが」


 ギィの指摘に、ジョシュアは深いため息をついた。

「サイモンもね。ドンとピンキーが死んで、死人の名を借りた村人の仕業だ、復讐だ、焼き討ちしようとか父さんとサイモンが言うのを、僕は必死で止めた」

 ギィの目が少しだけ鋭くなる。

「父と弟と、うまくいってないんだな」


「うん。僕は喧嘩も銃も苦手だけど、父さんとサイモンは暴力こそが男の本質だって思ってる」

 ジョシュアの表情は変わらない。でも、声は不安げだ。

「父さんもサイモンも余所者嫌いだから無条件反射で敵視してるけど、僕は君たちに期待しているんだ。僕は犯人がトラヴィスだか誰だかわからないけど、殺されるのが怖い。きっと、犯人を見つけてほしい」


 ギィはカップを静かに置いた。

「トラヴィスのことを、お前はどう思っていた?」


 ジョシュアは嫌そうに、口を開いた。

「彼は義理堅い若いガンマンって感じだったね。居候先の夫婦が父に歯向かい撃ち殺されて、仇をとりにここに来た」

 ジョシュアはそっと目をふせた。

「僕は直接あの人に手を下さなかったけど、ずっと彼に謝りたいと思ってきた。僕は父と弟が間違っていると思ったけど、何もしなかったから。自分が正しいと思っていた父やサイモンよりも、罪が重いのかもしれない」


 ジョシュアが押し黙ると、後ろからすっとんきょうな声が聞こえてきた。


「ボクはトラヴィスに感謝したいねぇ! この退屈な村に事件をくれて、ありがとうって」


 気づくと、後ろに虚ろな目をした少年が立っていた。薄い金髪をおかっぱに切りそろえ、フリルのついたブラウスを着た少年の姿は、舶来物の人形みたいだ。


「こいつは三男のコーディです」

 ジョシュアはあきらめた顔で紹介した。

「頭は悪くないんですけど、いかんせんちょっとおかしな奴で、この村を出て小説家になるって言ってきかなくて」


「ジョシュアは、この世界を真面目に生きる価値があるって思ってるみたいだけど、ボクの考えは違うねぇ。この世界がクソだから、もてあました人間が殺しあうんだ。ボクはそれを小説で表現したい!」

 コーディ少年は兄のジョシュアと違ってとても活き活きしていた。


「アナタがギィ・デュバル……。探偵でガンマンでしたっけ? ねぇ、何人殺したの。初めて殺したときのこと、ボクに教えてよ」

 コーディはギィの隣に座ると、女の子みたいにべったりとくっついた。ギィの顔がうっとうしげにゆがむ。

「ガキに語るものはない」

 ギィはピシャリと言い放ち、席を立つ。


「なんか、訳アリの男って感じ!」

 コーディはうれしそうに笑い、今度は私に絡んできた。

「こんにちは。カワイイねぇ。キミの彼氏はギィ? それともそこのうろちょろしてる眼鏡?」

 私も立ちあがり、全力で否定。

「どっちも違うから!」

「そうですよ。まだ違いますよ」

 イサイアスがソファの後ろから顔を出す。

「まだじゃなくて、これからも!」

 私とイサイアスのやりとりを、コーディがニヤニヤ顔で見つめる。

「ふーん、そっか。そういう関係か」


「コーディ! いいかげんにしないか!」

 長男がしかりつけても、コーディ少年はくすくすとと笑うだけだった。

「今日は、これくらいでいい? 協力できることがあればなんでもするから、また何かあったら呼んでよ」

 ジョシュアが疲れた顔をして、部屋のドアを開けた。


「死体見つけたら、まっさきにボクに教えてねぇ。ボク、死体をじっくり見てみたいから。腐っちゃう前にさ」

 ソファに寝転がり、青い目を暗く輝かせるコーディに手を振られ、私たちは部屋を出た。


 ジョシュアは牧場の門まで案内してくれた。

「邪魔したな」

 ギィが帽子を深くかぶる。

「まだ殺されるんだろうか」

 ジョシュアが不安そうにつぶやいた。冷たい風が、草原を吹き抜ける。


「さあな。占うのは俺の仕事じゃない」

 ギィは冷たく答え、馬に拍車をかけた。


「それじゃ、さよなら」

「失礼いたしました」

 私とイサイアスも、馬を進める。


 ジョシュアは無言で見送ってくれた。棒立ちのジョシュアの姿は孤独に見える。


 見上げれば、空じゅうにむくむくと広がった雲が夕日に照らされている。きれいだけど、どこかおどろおどろしい光景だ。

 犯人もこの空を見ているのかな。

 そう思うと、不思議な気持ちになった。


「どんな人が犯人か、わかりましたか?」

 私の後ろで手綱を持つイサイアスが、ギィに尋ねた。

 ギィは私たちの方を向くことなく、先を行く。

「さぁな、まだわからん。だが理由があったとしても、人殺しは人殺しだ。犯人の動機が何であれ、ろくな人間じゃないだろう」


「……本当に、そうなのかな? 私は正当な殺人というものも、あると思うけど」

 私はギィの言葉に引っ掛かりを覚え、そのまま反論していた。 


「それはお前が人を殺したことがないから、そう言えるんだ」

 ギィはわずかに振り返り、私の方を向いた。その目は、物を知らない子供を見るようだった。


 そりゃ、私は人を殺したことないけど、でも……。

 勝ち目がないのはわかってても、敵討ちを目指すものとしてはどうしても言い返してしまう。

「じゃあ、あなたが多分今まで人を殺してきたことも、全部間違っているの?」

「そうだ。だからきっと俺も報いを受ける、そうでなくては困る」

 そう言って、ギィは脇に携えたコルトライトニング・リピーターを握りしめた。その言葉には、自分に言い聞かせるような響きもあった。


 その時かすかに、ギィの過去が見えた気がした。何かしらの罪を背負っていることをうっすらと察していたのが確信に変わる。

 だけどだからと言って、はいそうですかと納得できる私ではなかった。


 何か、不幸ぶっちゃってむかつくなぁ。偉そうに俺はお前とは違うんだって空気振りまいて……。何も成せない人間の気持ちは、あなたには絶対わからないでしょうね。


 さすがにもう言い返すことはできなかったけど、私はぶつぶつと心の中で反論した。

 ギィの態度により心に秘めている兄の仇への復讐心を否定された気持ちになって、私の中でどろついた感情がうずまく。ギィがどんな人生を送ってきたのかは知らないが、殺人経験の有無を盾にされると言い返せないのが腹が立つ。


「デュバル氏は厳しいですね。僕は、アイオンさんと同じ意見ですよ」

 後ろのイサイアスがそっと私の耳にささやいた。どうやら不機嫌な私へのフォローらしい。

 しかし、この男に肯定されても嬉しくない。

「へぇ、そうなんだ」

 私はつっけんどんな相づちを返した。


 そんな私の態度を面白がっているのか、イサイアスはくすくすと笑っていた。

 もう二度とイサイアスと一緒の馬には乗らないだろうと、私は思った。

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