第8話 容疑者たち
ハフィントン家での朝食は、やっぱり豪華だった。ふわふわのスクランブルエッグにカリカリのハム、パン、マッシュポテトと朝からお腹がいっぱいで、すごく幸せ。
「死体見た後のわりには、がっつくな。お前」
コーヒーを飲むギィの表情は、あきれ顔を通りこして、感心している様子だ。
「まぁ、それとこれとは別の問題でしょ」
私はデザートのリンゴを頬張りながら、誇らしげに微笑んだ。
「アイオンちゃんはすごいね。俺はそんなに食欲わかないなぁ」
ニールは机の上に突っ伏している。
「じゃあ、僕がニールさんのマッシュポテトもらいますね」
イサイアスが隣のニールの皿までペロリと平らげる。細いわりによく食べる男らしい。
食べ終わった後は、皆それぞれ別行動となった。
ニールは老ハフィントンとともに今後のことをジョシュアと話し合いにコールリッジ牧場へ。イサイアスは記者として新聞社と連絡を取りに隣町の電報局へ。そして私たちは、現場を調べなおした後で二人で村人から証言を集めることにした。
「それじゃ、またいつでも来てよ」
ニールは馬に跨り、駆けだした。
「僕もわかったことあったら教えますから、何かネタがあったら提供してください」
「お前の情報次第だな」
ギィはイサイアスを軽くあしらい、別れた。私も後ろをついて歩く。
まずは現場を調べなおしたけど、特に何も発見はなかった。
村に戻るころには、太陽もだいぶ高く昇っていた。
村人たちは田畑を耕したり、羊の世話をしたり、皆それぞれの仕事をしている。事件のことは気になっているだろうけど、日々の仕事は休めない。
「あれ、探偵さんじゃないかね」
荷車を引いていたおばあさんが、ギィに声をかける。
「トラヴィスがサイモンを殺してくれたってね。めでたいこと」
おばあさんはとっても晴れやか。
「三体目の死体が出たというのに、怖くはないんだな」
「そりゃだってあんた、私たちは殺されないよ。何もしてないんだから。他の人も皆ほっとしてるはずさ、あいつが死んで」
おばあさんがしわくちゃの顔をさらにしわくちゃにして笑うと、道の向こうから女の子の声が聞こえた。
「おばあちゃん、水筒忘れてるよ!」
走ってきたのはサイモンにちょっかいをかけられていた女の子、リネットだった。隣にはジョーもいる。どうやらこのおばあさんは、リネットの祖母らしい。
「あれ、探偵さん?」
リネットはギィを見上げた。
「また会ったな」
「サイモンの死について調べてるんですか」
ジョーはギィに静かにたずねた。ギィは腕を組み、斜めにジョーと向き合った。
「まぁ、そうだ。お前のアリバイも聞いておこうか。あの男が死んで、一番喜んでいるのはお前かもしれないしな」
ジョーはギィをじっと見た。
「確かに、俺はあいつが死んでうれしいですよ。リネットにちょっかいかける奴がいなくなったんだから。でもアリバイなんか聞いて役に立つんですか。あいつが死んだのは夜遅くなんですよね。そんな時間、皆寝てて他人が何してるかなんて知りませんよ」
サイモンが死んで心配事が減ったせいか、ジョーは昨日よりも饒舌だった。
リネットは不安そうにジョーの服の袖を引っ張る。
「ジョー、もう行こうよ」
のんびりと荷車を進めていたおばあさんは、もうすでに少し先にいた。
「そうだねぇ。もうそろそろ、仕事に戻らないといけないよ」
「うん、わかってる」
ジョーが小走りで、荷車に追いつく。リネットも彼に続いた。
「それじゃあ、さよなら。探偵さん」
振り返るも、すぐに前に向き直るジョー。
ギィは帽子のつばを上げ、ジョーの後ろ姿を見つめる。私はギィの横顔をそっとうかがった。でも、残念ながら眼帯側の顔だったので、表情は読めなかった。
ギィがジョーを見るのをやめて歩き出す。私も急いで後を追った。
その日はもう一度森を調べたり、村人から証言を集めたりしたけど、特に収穫もないまま終わった。
次の日は、ギィと二人でコールリッジの牧場まで行った。ジョシュアからギィに会いたいという手紙をもらったからだ。
私は勝手にギィについてきたけど、ギィは何も言わなかった。
門にたどりつくと、老人と若者の口論が聞こえた。多分、父親と長男の言い争いだろう。
「離せジョシュア。わしが犯人を見つけて殺しに行く」
恐ろしげな怒鳴り声が響く。泣きそうな声でジョシュアが必至で父親をなだめる。
「だから父さん、そういうことは保安官とかの仕事だって。勝手に動くのはやめてよ」
「あの自称探偵の男二人と小娘があてになるものか。万が一見つけたところで、わしから犯人を隠して勝手に裁くつもりだろう。お前も、奴らも」
「とにかく、あと数日は待ってよ。犯人じゃない人を父さんが殺して、困るのは僕たちなんだから」
「ふん。ではあと三日で見つからなかったら、村を焼いてやるからな」
そこから先の会話は聞こえなかった。老人は言うだけ言って去ったらしい。
しばらくすると、ジョシュアがうつむいて歩いてきた。私たちへのあいさつも、疲れた様子だ。
「待たせたね。本当は家でゆっくり座って話したいけど、いろいろとあってね。外でもいい?」
「別に俺はどこでも構わない」
ギィが答えると、長男はうなずいてゆっくりと歩き出した。私たちも馬を置いて、ジョシュアに続いた。
どこまでも広がる青空と青々とした丘。平和そうに草を食む牛。ちらほらと働く人たちの姿も見えた。どの男も屈強って感じだ。私たちの存在に気付いた人たちが、いぶかしむようにこっちを見る。
「……父はこの村を焼こうと言っている。サイモンが殺された復讐だと。僕が必死になって止めてるけど、賛成している従業員も多くて手に負えなくて」
ジョシュアは深いため息をつき、ギィに懇願するような視線を向けた。
「焼くのはないにしても、このままだと父は村の誰かを適当に
この国では
「それで、提供する情報は何だ」
ギィはまるですべての人間が自分に全部報告する義務があるみたいにふるまった。ジョシュアは何も言わずに、ポケットから布につつまれた何かを出した。
「サイモンの部屋の暖炉で見つけた」
ジョシュアはゆっくりと布を開いた。中には紙の切れ端が入っていた。焦げて一部しか読めない。
ギィはそれを長男から受け取ると、顔をそっと近づけた。
「文章の最初の文字しか読めないな。だが定規を当てたような字だ」
「それ、犯人からの呼び出しってこと?」
私は背伸びして、ギィの手の上にある切れ端を見ようとしたけど、ギィは決して私の方によこすとかはしてくれなかった。ギィは切れ端を注意深く見つめた。
「何にせよサイモンが死ぬ前に森へ行ったのは、この手紙が原因だろうな」
「役に立つかな?」
ジョシュアがギィの顔をのぞきこむ。
「直接事件の解決に結びつくかどうかわからないが、情報の提供には感謝する」
ギィのそっけないお礼。それでも、ジョシュアは満足したらしく、すこし表情が明るくなる。
「また、何かあったら連絡するから」
「あぁ。よろしく頼む」
ギィは布を丁寧にたたむと、ベルトにくくりつけてある小袋に収めた。
ジョシュアはギィに小さく微笑むと、自宅へと戻った。
ジョシュアが去り、私たちも牧場から出ようとした。そこに、金髪の華奢な少年――三男のコーディが現れた。
「ねぇ、探偵さん。次に死ぬのはジョシュア? 父さん? それともボク?」
コーディは私たちの進路を塞ぐように立ち、甲高い声でまくしたてた。
私とギィが無視していこうかとりあえず何か言おうか迷っていると、コーディはくすくすと笑った。
「誰が死ぬことになってもボクは困らないけどね。何ならみんなで死ぬのもいいよ」
そう言ってコーディは走り去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます