第9話 サルーン
その日の晩、私はギィが村の入り口近くにあるサルーンへ行くのに着いて行った。もちろん一杯やるためではなく、情報収集のためだ。
月が明るく薄い雲を照らし、星は全く見えない夜。
そのサルーンは古びた掘っ立て小屋で、
ギィがベルを鳴らしてスウィングドアを通る。私もそれに続く。
店に入ると、店名にもなっている牛の頭の骨が壁に掛けられているのが見えた。
外観から想像した通りの、テーブルが五つとカウンターがあるだけのこじんまりとした店。鏡張りの棚にはお酒の瓶がたくさん並んでいた。
村の男や、牧場の従業員のカウボーイたちが、これしか楽しみがないといった感じで酒を飲んでいる。ランプで照らされた店内は薄暗いけど、田舎の店のわりにお客さんは多くて景気は良さそうだ。
「いらっしゃい。お好きな席でどうぞ」
カウンターの奥にいた中年の男性が、忙しそうにささっとあいさつ。
埃を吸わせるために床にまかれた湿ったおかくずを踏みしめ、どこに座ろうかと店内を見回すと、店の奥から聞き覚えのある声。
「デュバル氏! アイオンさん! 席取っときましたよ」
部屋のすみのテーブルに丸眼鏡がキラリ。イサイアスだ。
「もう、けっこう待ったんですからね」
ギィがイサイアスと約束してた覚えはないけど、彼の中では待ち合わせしていることになっているらしい。
「ウィスキー、ストレートで」
ギィはイサイアスにつっこむことなく、注文して椅子に座る。
「じゃあ私はリンゴ酒の水割りで」
私も唯一飲めるお酒を頼んで、席についた。
しばらくすると、バーテンがお酒を持ってきてくれた。私は机の上に出しっぱなしになっているフリーランチのプレッツェルと胡椒ソーセージを食べながら、少しずつ飲んだ。
フリーランチというのは、お客さんにたくさん酒を飲ませるために提供される無料のおつまみことだ。プレッツェルは塩がガリガリについてるし、ソーセージもくしゃみが出そうなくらい胡椒臭い。それでもいつも素材そのままな食生活を送っている私には、おいしいものだった。
「それで、手がかりは見つかりましたか? 僕は、お恥ずかしながら特に収穫なかったのですが」
イサイアスは机にひじをつき、頬杖をついた。黒い瞳がじっとギィを見つめた。
ギィは小袋から布のつつみを取り出した。
「俺はコールリッジの長男からこれを預かった。次男の部屋で見つかったものらしい」
ギィは布を広げ、イサイアスに紙の燃え残りを見せた。
イサイアスは眼鏡の枠を上げ、ギィの手の上の紙に顔を近づけた。
「犯人が送ったものですか?」
「多分そうだろうな。今となっては何が書いてあったのかわからないが」
うーん、どんな内容だとしても怪しさ満点。私なら誰かに相談するけど。
私が不思議に思っていると、ギィが私の疑問を見透かしたように推理を述べた。
「サイモンは、自分一人で解決して一目置かれたかったのかもしれないな」
解説されてるみたいで、腹が立つ。
イサイアスの方はじっくりと観察したのち、紙の切れ端から目を上げた。
「見せてくれて、ありがとうございました」
そしてふと横を見て、うれしそうな声をあげた。
「この店、ピアノがあるんですね」
イサイアスが顔を向けた先には、確かに茶色いアップライトピアノがあった。部屋の隅に壁づけで置かれ、誰も弾く人がいないのか埃をかぶっていた。
イサイアスは立ち上がり、誰の許可を得ることもなくピアノの前に座り、弾きはじめた。細くて繊細な指から、田舎の酒場には不釣り合いな優しい音色が奏でられた。
静かな曲だから聞こえないのか、お客さんは気にせずたわいもない話をしている。イサイアスは聞く人がろくにいないのも気にせず、気持ちよさそうに弾いている。
ギィはギィで、他のお客さんの会話にじっと耳を傾け始めた。帽子で顔の半分を隠して、邪魔をするなとでも言いたげな感じだ。
ギィもイサイアスも自分のことやっているので、私は暇になってしまった。
何か、やることないかな。
改めて店内を見ると、ポーカーをやっている集団が目に入った。
そうだ。カードゲームに混じろう!
不器用すぎてキルト作りとかを趣味にできない私にとって、カードゲームは貴重な暇つぶしだった。父親や友達相手にいつもやってるけど、私はわりと常に勝つ方だ。
私は移動して、ポーカーをやっているテーブルに座った。
「私も混ぜてよ」
どれもひげもじゃで似た顔のカウボーイたちが、何を言ってるんだこいつ、というような目で見てきた。
一人の比較的若そうな男が、からかうように声をかける。
「お嬢ちゃん、本気で俺たちと勝負すんの?」
「おじさんたちは強いよ。大丈夫かな?」
白髪交じりの中年が笑ってカードを配った。
好きなだけ言ってれば? 私は負けない。
私は自信満々で微笑むと、手札を見た。
数十分後、私は一番めんどくさそうな男につっかかられていた。
「この女、いかさましてるんじゃないのか」
「そんなわけないでしょ。あなたが弱いだけだよ」
私の手元には、小銭がざくざく。
どうやら勝ち過ぎちゃったみたい。
「ブルーノ、大人げないからやめろよ」
若い男がたしなめてくれるけど、怒った男は聞く耳持たない。
「いーや、やめないね。こいつは嘘をついている。小娘相手に俺がこんなに負けるわけないだろう」
男が私の腕をつかんだ。酒臭い息が顔にかかる。
私は思わず、ポシェットの中の銃に手を伸ばした。
すると黒い人影が急に間に入ってきた。
「ここらへんで終わりにしてくれないか」
ギィが、怒っている男の手首を捻りあげ、立っていた。男は結構痛かったらしくて、私の腕を離した。
「お前がこいつの保護者かよ」
男が顔を真っ赤にしてすごんだ。
「まぁ、そんなところだ」
ギィは軽くため息をついた。
え、何。私、今こいつに助けられてる? 違う、ギィは私の保護者なんかじゃない。でも……。
保護者という言葉を否定できない自分の状況が不甲斐なかった。
怒っている男は、今度はギィに向かっていく。
「じゃあ責任とれよ」
「俺に何をしろって? ここで素直に負けを認めずわめいたところで、後で恥をかくのはお前だぞ」
ギィはいつもの尊大な態度で相手を見た。眼帯をしたギィの姿は、こういう状況では普段通りでも迫力が増し恐ろしい。
男はすっかりびびってしまったみたいで、じりじりと無言でたじろいだ。
「行くぞ」
ギィは横目で私を見ると、飲食代を机の上においてさっさと店を出た。
私も慌ててついて歩く。黒いコートを着たギィの背中がいつもより大きく見えた。
振り向くと後ろのピアノの前に腰掛けるイサイアスと目があった。彼は面白そうに微笑んでいた。
見世物じゃないってば!
他のお客さんも好奇な目で見ていることに気づいた私は、恥ずかしくなって駆けだした。
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