第3話 借り家

「君たちには古くて申し訳ないんだけど、この小屋に滞在してもらおうと思っているんだ」


 ニールが夕食後私たちを案内したのは、ハフィントン宅の裏にある、小さな丸太小屋だった。

「昔、俺たちが一家で住んでた家なんだけど、ちょっと前に新しい家を造ってからはこっちはゲストハウスにしているんだ。今日の昼に一回掃除したからきれいだよ」

 ニールは先に小屋に入りランプを壁にかけると、私たち二人を手招きした。


 入ってみると、こじんまりとしてた居心地のいい空間が広がっていた。

 台所にはダイニングテーブルとイスが並び、暖炉の前には寝転がれそうな大きさの革張りのソファ、奥にはおそらくベッドルームであろう部屋のドアがあった。


「ありがとう、ニールさん。私の家より全然きれいだし」

 私も父さんも、あんまり家事が得意じゃない。あの家と比べたら、ニールの旧家は高級宿並みだと思う。高級宿になんか行ったことないけど。


「いい家だな。恩に着る」

 ギィが柱をなで、天井を見上げた。

「ね、でも最初はジョージさんが来る予定だったから良かったけど、妙齢の男女がここで二人で寝泊りって、問題ないの?」

 ニールが思い出したように確認した。


 そういえば、しばらくギィと一緒にいることになるんだっけ? 嫌だな。完っ全に忘れてた。

 ちょっと憂鬱になる私をよそに、ギィはソファに偉そうに座る。

「この小娘が女に数えられるわけないだろ。俺はそこまで見境のない男じゃない」

「私だってあなたなんか論外だから。異性通りこして、しゃべる壁みたいなもんだし」

 気づけば言い返していた。互いににらみ合う私とギィ。


 売り言葉に買い言葉。

 もうこうなったらしかたがない。


「それじゃ、二人とも仲良くこの家に滞在ってことだね」

 ニールが面白がるように、私たちを見る。私とギィはお互いに顔を背けた。

「食料は一応ここに入ってるけど、別に食事は俺たちと一緒でもいいよ。どうする?」

 ニールが台所の棚を開け、聞いてきた。中には小さな樽とか卵が見えた。


 好意に甘える気満々で開きかけた私の口を、ギィがさえぎった。

「いろいろすまない。捜査で食べる時間が不規則になるだろうから、基本的には自分たちで用意する」

「わかった。ほしいものがあったら何でも言ってよ」

 ニールは棚の戸を閉め、玄関に向かった。


「じゃあね、ニールさん。また明日」

 私はニールのために扉を開けた。外から冷たい夜風が吹き込む。

「おやすみ、アイオンちゃん。ギィさんも、これからよろしくお願いします」

 ニールが軽く会釈をした。


「期待に応えられるよう、力を尽くそう」

 ギィがソファからゆっくりと立ち上がった。

「それじゃあ、また明日に」

 ニールはギィの仏頂面に笑顔でかえし、小屋を出た。


 私は扉を閉め、かんぬきをかけた。

 あーあ、これから毎晩こいつと二人っきりか。

 私はどんよりした気持ちで窓をのぞいた。ガラスには、日に焼けた私の顔が微妙な表情で映っている。


 だけど、この男としばらくは保安官代理としてお付き合いをしなきゃいけないわけだし、少しは意思疎通を図らないとね。

 私はちょっとだけ親しげな感じを演出しつつ話しかけた。


「ね、ギィ。じゃあ、今夜は寝る前に明日の予定を……」


 振り向いてみると、ギィは私の真後ろに立っていた。

 え、顔近くない?

 視界いっぱいに、ギィの黒づくめの姿が広がる。とても至近距離。離れようにも、部屋の角とギィに挟まれて動けない。否が応でも、自分がギィよりも小さく弱いことを思い知らされた。


「ひとつ言っておくが、俺はお前と協力して捜査する気はさらさらない」


 低いけどよく通るギィの声。その息遣いを肌で感じ、鼓動が速くなる。


「俺はお前に何か頼むことはないし、わざわざ連れて歩こうとも思わない。お前のような足手まといの小娘がいたんじゃ、仕事ができないからな」


 眼帯で隠されてない方の目が、厳しげな光を灯していた。

 私は必死で自分を落ち着けた。ギィの行動の意味がわかると、頭が別の意味で熱くなってきた。


 お前は無力なかよわい少女だって、立ってるだけで負けてるって、教えてくれてるわけ?

 確かに、この状況でこいつが本気だしたら私に勝ち目はないよ。でも、だからって、馬鹿にされたままは嫌だ。

 私はまっすぐにギィの瞳を見つめかえした。


「あくまで、私を何もできない子どもにしたいんだね。本当なら、私は私一人で捜査して、あなたをだしぬいてやりたい。だけど、私は父の代理でギィ・デュバルと仕事しに来てるわけだから、それはやめにする」

 私は深く息継ぎをした。ギィの表情は変わらないままで、感情が読めない。

「私は私の役目通り、あなたと行動をともにするよ。あなたがついてくるなって言っても関係ないから、覚悟してよね」


 私がにらみ続けていると、ギィがあきれたようにため息をついて後ろに下がった。


「何一つできるという根拠はないのに、その強気と自信はある意味すごいな。お前が自分の限界を知って泣いて帰る日が楽しみだ」

「私は泣かないし、帰らない!」


 私は素早くギィから離れ、怒鳴った。ギィの顔もまともに見ないまま、乱暴に部屋を出て寝室に向かった。ギィにはソファか屋根裏部屋にでも寝てもらう。


 バタン!

 私は勢いよく扉を閉めた。


 寝室も広くはないけど、きちんと掃除されたきれいな部屋だった。明かりのない室内は薄暗いけど、窓からのぞく月がキルトのかかった寝台と小さなチェストをぼんやりと照らしている。


 私は唇をかみながら三つ編みをほどいた。硬めの髪はくせのつくことなく、まっすぐに広がった。

 そして鞄をひっくりかえし、寝間着を出すと、雑に着替えてベッドに入った。


 よくも私を馬鹿にして! いつか……いや数日中に、やりかえしてやる。

 おさまらない胸の鼓動を感じながら、息を整え深呼吸。まぶたを閉じると、ギィの琥珀色の瞳が浮かぶ。


 私は、絶対に、まずはあいつを見返して……、兄さん……。

 最初のうちはイライラしてなかなか眠れなかったが、それでも三十分もすればいつのまにか寝ていた。

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