第2話 村長親子
オーラム村に着いたのは日が落ちたころだった。村と言ってもぽつりぽつりと民家と農場が点在しているだけの場所だ。山の斜面にそって建つ家の光がところどころにちらつくほかは、何も見えない。
私とギィは馬を並足にした。周りを見渡しながら進むと、大柄な青年が、村の名前が書かれた案内板の前に馬に乗って立っていた。薄闇の中でも、青年の金髪はよく目立つ。
「よく来てくれたね。えーっと、ディ・ギュバルさんとアイリーンちゃんだっけ?」
おおらかな大きな声。
この惜しい感じの記憶力の男が、依頼人であるこの村の村長の息子のニール・ハフィントンだ。
私もつられて大きな声で返した。
「私の名前はアイオンだってば。ギィはともかく、私とは初対面じゃないんだから間違えないでよ」
「あはは、ごめんごめん。この方がギィ……デュバルさん?」
ニールは頭をかきながら私とギィを交互に見た。
「ギィ・デュバルだ。探偵業をやっている」
ギィが小さく会釈をする。
ニールはにっこりとほほ笑んで、おじぎをした。
「父からの依頼を引き受けてありがとう、デュバルさん。俺はニール・ハフィントン。オーラム村を代表して、歓迎するよ。まずは君たちをハフィントン家のディナーに招待しようと思うんだけど、どうかな?」
「もちろん、ごちそうになるよね、ギィ?」
無言のギィをせっつく私。
この人の家の料理、前に父さんの下見についてきたときに食べさせてもらったんだけど、おいしんだよね。
「じゃあ、俺の家に案内するよ」
ギィの返事を聞かずに、ニールは笑顔で馬を進めた。私もギィも彼に続く。
しかし、不吉な用事の来訪者をここまで明るく迎えるなんて、普段よほど暇なんだろうな。
山の麓の森を切り開いてできたオーラム村は三方を山で囲まれているので、めったなことがないかぎりよそから人が来ることはない。ニールの態度からは余所者への警戒心はまったく感じなくて、むしろめずらしいお客さんとして私たちを喜んでるみたいだった。
しばらくすると、結構大きな木造の屋敷についた。基本的には簡素な造りだけど、大きな屋根窓がついていた。
厩に馬をつなぎエサを与えると、私とギィはニールに案内され家に入った。
「お邪魔しまーす」
外からでもわかる肉の焼ける香りにうきうきしながら、私は戸をくぐった。
そこは素朴だが快適で金のかかった家だった。壁にはちゃんとしっくいがしてあるし、部屋の数も多そう。棚やベンチチェストも色合いがそろえられてあり、しっかりしたものだ。
そして、大きな天板のテーブルには、本日の豪勢な夕食が並んでいた。
鶏肉のパイ! それにゆでたジャガイモにトマトの塩漬け、豆のシチューとライ麦パン。私はあんまり関係ないけどお酒もある。父さんと私の二人だけの食卓では考えられないメニューだな……。
ふとテーブルの向こうを見ると、椅子に腰かけた老人がいた。よれたシャツとベストを着た、背の曲がったかなりのお年寄りだ。
「いらっしゃい、アイオンちゃん」
「こんばんはっ、老ハフィントン」
私は慌ててこの老人、オーラム村の村長の老ハフィントンにあいさつをした。
危ない危ない、ごちそうに浮かれてやるべきことを忘れるところだった。
私は表情をひきしめると、後ろのギィを見た。数時間前に会ったときと変わらないしかめっ面。
「この人が、この村の事件を解決してくれるらしい、探偵のギィ・デュバルです」
私は老ハフィントンにギィを紹介した。
「……よろしく」
軽く会釈をするギィ。
老ハフィントンはたるんだまぶたで目を細め、ギィをじっと見た。
「ギィ……変わった名前じゃな。わしはシーモア・ハフィントン。みなは老ハフィントンと呼ぶ。しかし、長生きするものじゃないな。このわしの村でこんな残酷な事件が起きるなど……」
「そういう暗い話は後にして、まずはディナーにしよ」
ニールが厚切りベーコンの乗った皿をテーブルに置き、老ハフィントンの話をさえぎった。
「そうじゃの、パイが冷めないうちに食べるとするかの」
老ハフィントンは食事をすすめた。
「はい!」
私は元気よく返事をし、椅子に座った。
ギィとニールが席に着くと、皆で適当にお祈りをすませて食事になった。
私はさっそくパイを切り分け、皿によそった。中からジュワッと肉汁があふれ、いかにもとっても美味そうな感じ。いそいそとフォークでパイを口に運ぶ。柔らかい肉と塩っ気のあるパイ生地の風味が口いっぱいに広がる。
にこにこと無言で肉を噛みしめていると、ニールが嬉しそうに解説をした。
「そのパイ、チキンだけじゃなくて隠し味に缶詰のオイスターも入れてるんだ。他のやつも力作だから、どんどん食べてよ」
私は飲み込みながらうなづくと、トマトやシチューなど他の料理もいただいた。
この家に女性の姿が見えないってことは、この料理を全部作ったのは村長息子のニールか。独身男性も大変だなぁ。
私は余計な心配をしながら、食べ続けた。
ハフィントン親子は、ギィに遠くの街をあれやこれやを聞きまくっていた。ギィの受け答えはそっけないものだったが、それでも会話が途切れることはなかった。この村の住民はよっぽど外の話に飢えてるようだ。
「もうデザートの時間だよね」
料理があらかた消えたころ、ニールが席を立とうとした。
「デザートの前にそろそろ、事件の話を聞かせてほしいが、いいか?」
待ちくたびれた様子でギィが話を切り出す。
とうとう、本題だ。
ニールはため息をついて座りなおすと、老ハフィントンと目くばせした。
老ハフィントンの細められた両目が光を帯びる。
「では語ろうかの。この村で起きていることについて……」
老人はしわくちゃの口をゆっくりと開いた。
「始まりは夏の終わりじゃった。村のはずれにある大牧場で働く男の死体が、森で見つかった」
老ハフィントンはもったいぶりながら話を進めた。
「彼は左目を撃ち抜かれて死んでおった。村人はみなささやいた。これは彼の殺し方、彼が帰ってきたのじゃと」
「彼とは?」
ギィの鋭い独眼を、揺れるランプの光がちらちらと照らす。
老ハフィントンは、静かに名前を告げた。
「彼の名はトラヴィス。かつて
老ハフィントンは熱っぽく続けた。
「最近、森には何者かが生活している痕跡がある。誰も姿を見たことのない、何者かが……。これは、トラヴィスが戻ってきた証拠に違いない」
「あの傷でトラヴィスが生きてるわけないだろう? 父さん。多分隠れるのが上手なよくない輩が森に居ついてるってだけさ。デュバルさんにそいつを殺してもらえばそれで済む」
ニールが父親に異を唱える。しかし老ハフィントンの耳には届かない。
「そして秋のはじめ、二人目の死体が出た。殺されたのは大牧場の用心棒。同じように左目を撃ち抜かれていた」
老ハフィントンの細められた目は、どこを見ているのかわからない。
「村人たちは皆うわさしている。トラヴィスの復讐が終わるまで、この殺人は終わらないと」
しわがれた声が、シーンとした部屋に響き渡る。
そのトラヴィスって人かどうかは置いといて、この村には二人も殺したのに何も言わずに生きてる人がいるってことなんだよね……。
冷たいものが、そっと胸に忍び寄る。
「事件のあらましは以上だよ。今日のところはここらへんにして、早くデザートにしようよ」
老ハフィントンが次の言葉を発する前に、ニールが無理矢理な笑顔で話を切り上げ、台所へ向かった。老ハフィントンは残念そうには饒舌だった口を閉ざし、眠そうな老人へと変わる。
この息子は老ハフィントンと違い、トラヴィスが戻ってきたという話を信じない、いや信じたくないらしい。
横を見ると、ギィは顔色を変えずにコーヒーを飲んでいた。得た情報とともに吟味するように、ゆっくりと。むかつくけど、さすがに余裕そうだ。
「これで勝ったと思わないでよね」
「はぁ? 意味が分からん」
ギィがいらだたしげな眼差しを私に向ける。
「君たちを見てると飽きないね」
ニールが皿を置きながら、ギィと私を見て笑う。
別に笑いがほしいわけじゃないし。
気を取り直してその後、ニールが運んできたプティングをもらった。ガリガリの砂糖が甘すぎるのが、私にはちょうどよかった。
最後は、老ハフィントンがスプーンを握ったまま寝ちゃったので、お開きになった。
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