むりやり保安官の事件簿

名瀬口にぼし

第1話 少女と復讐

 撃つ者と撃たざるもの。

 この西部には二種類の人間がいる。


 私、アイオン・バークワースは今のところ、銃で人を撃ったことがない。肩にかけたポシェットの中の拳銃、S&Wスコフィールドが撃ち抜いてきたのは、いまのところ丸太やベニヤ板ばかり。

 でも、この旅できっと人相手にこれを抜くときが来るはず。


「ここが待ち合わせ場所ね」


 目の前にあるのは、何十キロと続く何もない草原の中に、ただ一本だけ立つ大木。長い間風雨にさらされてひからびているけど、枝には緑色の葉が茂っていた。

 私はロープで大木に馬をつないだ。

 スカートについた砂埃を払いながら周りを見れば、空はすでに赤みを帯びはじめていた。落ちていく太陽が、ワイオミングの山々にきれいに影を落としている。

 もう夕方か。目的地に急がないと。

 草原から吹く秋の冷たい風が、一本の三つ編みに結った私の髪を揺らした。


 パカッパカッ。

 遠くから、馬の駆ける音がする。振り向くと、馬に乗った一人の男がこちらに向かっていた。私の待っていた男だ。

 年寄り? いや違うのかな。

 帽子の下から見える髪が白かったので最初は老人かと思ったけれど、男が近づくにつれてそれが間違いだと気づいた。男が眼帯をつけているからわかりにくかったけど、半分だけ見えたしかめっ面は、二十代から三十代という雰囲気だった。

 日焼けして引き締まった顔は、多分まぁまぁハンサムだ。だけど何だか近づきにくい空気。黒い帽子に黒い眼帯、黒いロングコートに黒い手袋。何もかもが黒づくめ。もちろん馬だって黒い。

 脇に携えているライフルはコルト・ライトニング・リピーター。あんまり見たことのない型だ。


 男は私の前まで駆けてくると、馬から降りないまま私を見下ろした。


「お前が俺の案内人? まだ子供に見えるが」


 琥珀色の鋭い片目で、私をギロリ。

 何なのこの人、感じ悪い。


「子どもとは失礼ね。もう十六よ。私はアイオン・バークワース保安官代理。病床の父・ジョージ・バークワース保安官に代わってあなたを案内するために、きちんと任命されてここまで来てるんだから」

 ショートガウンにつけた星形の保安官代理バッチをつかみ、私は負けじと男をにらんだ。ほぼ強奪に近いかたちでぎっくり腰の父からもらった保安官代理バッチだが、一応誓約とかの手続きはきちんと踏んだものだ。


「ふん、とりあえず本物の案内人みたいだな。俺はギィ・デュバル、探偵業をやっている。だいたいの場所は俺もわかってるから、一人でも困らないんだが……」

 男は面倒くさそうに帽子を脱いだ。無造作に束ねられた真っ白な長髪が風にはなびく。

「文句言わずに着いてきてよね。この私があなたと現地の人とつなぎ役なの」

 いつまでも見下ろされているのがしゃくだったので、私は馬からロープをはずすとすぐに乗った。できる限り目の高さを同じにしようと、精一杯背筋を伸ばす。


 ギィ・デュバルと名乗るこの男は、父に呼ばれてこの地、ワイオミング準州セントバレー群に来たガンマンだ。腕っぷしだけではどうにもできないややこしい事件を解決してくれると評判らしい。

 セントバレー群は基本的には何もない場所だ。だけど最近のオーラム村だけは例外で、その村では立て続けに変死体が発見されている。その謎を解くために呼ばれたのが、ギィというわけだ。


 ギィはまた、牛に寄生したラセンウジバエを見るときみたいな顔で私を見た。

「アイオンだったか? 村長に俺を紹介してくれたら明日には父親のとこに帰ってもいいぞ。殺人鬼がうろついている場所なんて、危ないだろ」

 頭の奥でムッとするじゃすまされない感情がわきたった。気に入らない男から、許せない男にギィへの評価が変わる。


 この男、子どもだと馬鹿にして! そう来るなら、私の実力を見せつけてやる。

 私は手をぎゅっと握りしめた。


「ちょっとこっち向いてくれる?」


 私の呼びかけに、ギィが怪訝そうにふりむく。

 私はポケットに手を突っ込み、中に入っているビスケットを空に放り投げた。食べるのを楽しみにしていたものだけど格好をつけるためにはしかたがない。

 そしてポシェットの中から素早くS&Wスコフィールドを取り出し撃鉄を起こす。ビスケットめがけてバーンと一発。

 反動が腕を伝った。でも、毎日練習してきた私の照準はこれくらいの衝撃じゃぶれない。

 44口径の弾は狙い通り飛んでいき、落ちてくるビスケットに命中した。

 砕けたビスケットがバラバラと落ちる。


 ふふん、見たか。これが私の力よ。


 熱くなった銃身に触れないように注意しながらポシェットに銃を戻す。

「殺人鬼に会ったら返り討ちにするので、お構いなく」

 私は自慢げにギィを見た。


 ギィは空を見上げていた。ひゅうっと口笛を鳴らすと、私の方を向き皮肉めいた笑いを浮かべた。

「結構な腕前だな。それだけ銃を扱えればウェスタンショーのヒロインになれる。だがアイオン・バークワース、見世物と本物のガンファイトは違う」


 頭がカッと熱くなった。

 っ、何よ偉そうに。私とあなたじゃ、そもそも立つ場所が違うって言いたいの?

 イライラする私をよそに、ギィは帽子をかぶりなおし馬を蹴って進み出した。私も慌ててギィに続いた。間違ったことはしていないはずなのに、恥ずかしかった。

 確かに私は人を殺したことがない。だけど……。


「……もし引き金を引く時が来たら、私は迷わない」

 ギィと馬を並べ、はっきりと告げた。


「そうか。がんばれ」

 ギィは横目で私を見て、適当な返事。やっぱりむかつく。

 今日のところはこれで我慢するけど、いつか見返してやる。兄さんの仇をとるには、こういう男たちに勝てるようにならなきゃいけないんだから。

 私は軽く空を見上げ、深く息を吸った。


 私の兄さんは、ある日、森で頭を撃たれて殺されてしまった。後ろから撃たれていたと、父さんが教えてくれた。

 背が高くて強くて、ときどき優しかった兄さん。父とともに保安官だった兄さんは私の憧れだった。

 なぜ。どうして。誰が殺したのかはわからないけど、犯人を探して殺さねばという気持ちだけは、はっきりしていた。

 私は兄さんの形見のS&Wスコフィールドでいつか犯人を撃つ。父さんは反対したけど、関係ない。

 ポシェットの上からそっと銃をなぞる。


 兄さん、待っててね。私が早く強くなって、兄さんを殺した奴を見つけ出して必ず殺すから。


 ずっと求め続けてきた私の復讐。他人にはあまり知られたくない、大切なものだ。

 私は淡褐色ヘーゼルの瞳で、前をしっかりと見据えた。

 目指す村のある山の麓がだいぶ近づいていた。まばらに木の生えた、きれいだけどさびしげな山。


 私とギィは、二人黙ったまま山に向かい草原を駆けた。

 私はこの旅で、兄の仇をとれる人間に成長しなくちゃならない。この男も絶対に黙らせてみせる。

 夕方から夜へ色を変えていく空の下、そう私は決意した。

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