第4話 新聞記者

 ぼんやりとした頭で寝返りをうつ。目を開けると窓ガラスの向こうの空が、薄い青色に明るくなっていた。

 どうやらカーテンを閉めずに寝ちゃったらしい。

 私はベッドから降り、昨日散らかしたままの荷物の中から服を取り出し着替えた。

 髪を編みながら、台所へと続くドアを開ける。


「……おはよ。あれ?」

 台所に人の気配はない。

 部屋を見渡すとテーブルの上にメモとパンケーキが置かれていた。


『朝食が余ったので置いておく』


 几帳面そうな、しっかりとした文字。

 あの男、本当に私を連れて行く気がないんだね。たしかに私が起きるの遅いのも悪いんだけど。

 メモを丸めて捨て、席に着く。


 パクリ。

 パンケーキをほおばる。糖蜜の絶妙な甘さに、もっちりとした触感。思いのほかのおいしさにびっくりする。

 え、これ、パンケーキ……だよね? 家でいつも食べてるやつと全然違う味なんだけど。あの男、料理でも私をこけにするの?

 寝坊して置いてけぼりくらったうえに、上質な朝食まで用意されて、完全に負かされた気分だ。

 私はおいしさに感動しながらも腹を立てて、パンケーキを噛みしめた。

 桶に残っていた水を柄杓で飲み、ショールを羽織って急いで出発。


 ギィはどこ行ったんだろう? うーん、事件に関係ありそうなところって森しか知らないし、とりあえず森行っとこうか。

 厩につないであった馬に乗り、森へ向かう。天気は快晴で、馬上で感じる朝の風は心地よかった。

 途中、村人たちが柵の中で羊の世話をしているのをたくさん見た。私の住む村にはあまり羊を飼う人がいないので、白いカーペットみたいに白い羊たちが群れているのは、結構見ごたえがある。


 村の中心部から西へ駆けると、森に入った。

 細く長い木々が並ぶ森は、日中なのでそれなりに明るいけど、灰色の幹がなんとなく寒い雰囲気を出していた。

 本当にここでいいのかわからないけど、適当に歩いてみよう。

 ポクポクと、しばらく馬に揺られる。鳥の鳴き声とかが聞こえる他は、森は静かだ。ふいに、ここが犯罪の起きた場所であることを思い出した。


 もしかしたら、犯人とかに死体とかに遭遇する可能性もあるんだよね。


 そう考えた途端、進行方向の大きな木に、人がもたれているのが見えた。

 背筋が少し寒くなる。

 ギィ……は違うか。髪の毛黒いし。嫌だ、死体じゃないよね。

 馬から降りてそっと近づく。


 ガサッ。


 人影が急に動いたので、私はびっくりして44口径を抜いて人影に突きつけた。


「わっ! 銃は渡すので、撃つのはやめてください」

 人影は手を上げて、みじめな声をあげた。


 銃を下ろしおそるおそる近づくと、丸眼鏡の男が震えてへたりこんでいる。その傍らには猟銃が投げ出されていた。

 男は二十代前半という雰囲気で、黒い髪はぼさぼさだ。サスペンダー付のズボンに薄汚れた白いシャツと上着を着ていた。色白の顔は細面で、眼鏡の奥の黒い瞳は繊細な輝きを持っていた。

 たぶん大丈夫かな、と私は銃をポシェットに戻した。

 男はホッと安心した様子で、力なくほほえんだ。


「わかってもらえてよかったです。僕は新聞記者のイサイアス・シャーウッド。あなたのお名前は?」

 東部訛りの丁寧な喋り方が、インテリっぽい印象だ。

「私はアイオン・バークワース。一応、保安官代理だよ。いきなり銃を向けて、ごめんなさい。でもあなた、ここで何をやっているの」

 私は男に星形のバッチを見せながら近づいた。


「この村で不思議な事件が起きているということで、記事のネタにしに来たんです。でもこの村に着いたのが深夜だったので、いっそのこと犯人が潜んでいるらしい森で一泊したら何か起きないかと思いまして。でも結果はあなたに銃を突きつけられただけでしたね」

 イサイアスは土を払いながら立ち上がった。その足下にはたき火のあとがあり、夕食だったであろう鶏の骨があった。


「私が犯人だったなら、あなた死んでたと思うんだけど、それはいいの?」

「よく考えたら、そうですね」

 ふわふわと視線を上にやり、考え込む様子のイサイアス。わりと背は高いけど、細くて頼りなさそうだ。

「でも、もし生き残れたら、それはそれでネタになりませんか? 連続殺人鬼に殺されかけた男は語る!、みたいな」

 イサイアスはいたって真面目な表情で答えた。


 このイサイアスって男、犯人じゃないにしても、変な人……。

 近寄っちゃいけない感じだけど、出会ってしまったものはしょうがない。私はイサイアスに他の話を聞こうとした。そのとき、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。


「おい、そこの小娘! アイオン・バークワース!」


 小娘呼びにむかつきつつも振り向くとギィの姿が見えた。

 ギィは馬で駆けてくると、黒いコートをはためかせて降りた。

 悔しいけど、ちょっとかっこいい。


「この丸眼鏡はなんだ」

 ギィは怪訝そうにイサイアスを見ると、高飛車な調子で私にきく。あいさつなんてもちろんなかった。

「この人はイサイアス・シャーウッド。新聞記者だって」

 私がギィに紹介すると、イサイアスはニコニコと笑った。

「イサイアスです。よろしくお願いします。あなたは?」

 ギィは面倒くさそうに、帽子のつばを少し上げた。

「ギィ・デュバルだ」

「ギィ・デュバル……、あなたの名前は聞いたことがあります。探偵業も兼ねたガンマンで、そして……」

 イサイアス黒い瞳が、キラリと好奇心できらめいた。ギィの心を探るように、意味深に言いかけた言葉。


 ん? ギィって探偵でガンマンって他に何か有名になる要素あるの?

 そっと様子をうかがうと、ギィは心なしか動揺しているように見えた。


「お前、新聞記者ってことはこの村の殺人について調べに来たんだろ?」

 ギィが話題をそらす。

「そうです。あなたも、この殺人事件のために呼ばれたようですね」

 イサイアスは手を伸ばし、ギィに握手を求めた。

「もしよろしければ、僕もご一緒させていただけませんか?」


 ギィはその手を無視して、踵を返した。

「断る。が、お前もどうせ断ってもついてくる種類の人間だろう?」

「正解です。初対面なのによくおわかりで。さすが探偵さん。でもその結果僕は嫌われちゃったみたいですね」

 イサイアスはさみしそうに手を引っ込めて、私をちらりと見た。

「アイオンさんも僕のこと嫌いですか?」

 急に話をふられても困るんだけど。

 イサイアスから目をそらす私。


「好きも嫌いもあるわけないでしょ。他人なんだし。……変な人だとは思ったけど」

「じゃあ、今から僕のこと好きになってくださいね。これからよろしくお願いします」

 イサイアスは私の手を握り、ぶんぶん振った。

「え、ちょっと、何がよろしくなの!?」

「僕はデュバル氏についていくんじゃなくて、アイオンさんについていくってことですよ」

 イサイアスの手は温かくて、その笑顔と同じように、どう考えても胡散臭いのに信用してしまいたくなる感じがあった。


「勝手にすれば」

 手を振りほどき、そう答える。

 気づくと、ギィは先に馬を進めていた。

「ちょっと、ギィ! 声くらいはかけてよ!」

 返事はもちろんない。


 急いで馬に跨ろうとすると、馬の上にはすでにイサイアスがいた。

「僕、馬なくしちゃったんですけど、アイオンさんと二人乗りでもいいですよね」

 よくはない。でも言い争ってるひまはない。

 私はイサイアスの前に乗った。手綱を他の人に任せたくはなかったけど、身長的に私があきらめるしかなさそうだった。

「あとで自分の馬、手に入れてよね」

 後ろのイサイアスが手綱を握ると、後ろから腕を回される形になり、なんだか恥ずかしかった。


「はい、もちろん今回だけです」

 イサイアスがすぐ後ろでささやいた。息が耳にかかってくすぐったい。

「ちょっとイサイアス! 無駄に顔を近づけないでよね」

「はい」

 イサイアスが軽く蹴りを入れると、馬が走り出す。先に行ったギィに向かって、私たちは駆けた。

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