第11話 再び死体
鼻の上をなでる冷たい空気に朝の気配を感じた私は、めずらしく一発で目を覚ました。口の中が乾いて軽く寝違えた感じが首にあったけど、まぁまぁすっきりした気持ち。
あたりを見回すと、見慣れない土ぼこりまみれの部屋だった。
しまった! 私、昨日あのままイサイアスの家で寝ちゃったんだった。
私はぬくぬくと温かい毛布から急いで抜け出して、昨日から着たままになっているしわくちゃの服を、ちょっとでもましにしようとひっぱった。
私が悪戦苦闘していると、ドアの開く音がして、イサイアスが入ってきた。
「おはようございます。アイオンさん」
イサイアスは黄色い花の入った桶を抱えていた。
くしゃくしゃになった三つ編みをなでつけながら、私はあいさつを返した。
「おはよ。綺麗な花だね」
イサイアスは伏し目がちにそっと花に視線を落とした。
「この家の前にだけ、なぜかウィンターコスモスが咲くんです。前の住民が植えたのでしょうかね」
知らない花の名前だったけど、五枚の花びらのついた小さな花は可愛らしい感じだった。
「その、毛布かけてくれてありがとね」
私はテーブルの前へ行き、なんでもないような調子になるように努力してお礼を言った。
「いいですよ別に。毛布はもう一枚ありましたし」
いたずらっぽく、イサイアスが笑う。
あーあ、とうとう完全に、この男を完全に優位に立たせしまった。
私は失敗を後悔したけれど、その反面、別に全部が全部が嫌な気持ちではないことに気がついた。
私は、台所に立つイサイアスの後ろ姿を見つめた。イサイアスに関しては、私はなぜかプライドを捨てつつあった。
どうしてだろう? イサイアスの前だと、昨日みたいにわりと本音を言えてしまうし、別に優しくされても嫌じゃない。ギィだと絶対に嫌なのに。
いろいろ考えていると、ベーコンの焼ける匂いがただよってきた。
「朝はパンにベーコンはさんだやつでいいですよね」
私が返事をする前に、イサイアスはカリカリのベーコンのはさまった乾いたパンをテーブルの上に並べた。
「ありがと」
私は小さくお礼を言うと、一口食べた。パンは冷えているし、ベーコンは焼きすぎ。それでも私は、これくらい適当な物の方が落ち着いた。
朝食を終え、私はギィのところに戻ることにした。
「別に送ってきてくれなくてもよかったのに」
隣で馬を並べるイサイアスに、私はなるべく文句っぽい口調で言ったけど、実は結構うれしかった。
灰色の雲が空いっぱいに広がっていた。太陽は雲の薄いところをオレンジ色に染め、すき間からは青空が見えた。夜も静かだった村のはずれの農道は、朝もひっそりしている。
「まぁ、僕も一応、捜査とかしないといけませんしね」
イサイアスはどっかに死体でも落ちていないかなといった様子で、雑草が生えた道を見回した。
道の向こうから馬に乗った黒い人影がこちらに進んできた。ギィだ。
「デュバル氏。おはようございます」
イサイアスが挨拶をすると、ギィは手綱をひいて馬を止め、怪訝そうに私たちをを見た。
あ、これ、恋人になったって勘違いされるパターンじゃ?
そう思ったときにはもう時は遅く、ギィはちょっと納得した顔をしていた。
とりつくろってもどうにもならないし、私は意識をそらそうとギィに尋ねる。
「何かあったの?」
ギィはちょっとだけ肩をすくめ答えた。
「オズウェル・コールリッジが死んだ。詳しいことはわからないが、コールリッジ牧場へ行けばわかるだろう」
「そうですか。それは新展開ですね」
イサイアスは楽しそうに目をきらめかせた。
あのおじいさん、死んだんだ。ま、結構うらまれたしね。
野次馬根性を持たず、老人の死がどういう意味を持つのか推理できない私の感想は浅い。犯人は自分に害を及ばせることはほぼないだろうと思える今なら、村人たちが事件を恐れない理由が少しはわかる。
ギィは私とイサイアスをうんざりした顔で見た。
「やっと静かに捜査できると思ったんだがな」
その言い方が本当に心底嫌そうだったから、私はムッとしてギィをにらんだ。
どこまでも、私を邪魔者扱いするんだね。
昨日のイライラした気持ちが復活しそうになる。そのとき私は、昨日のイサイアスの話を思い出した。
――大ざっぱに言えば、デュバル氏は連続殺人鬼の息子なんです。
急に気まずくなった私は、ギィから目をそらし駆けだした。
何で、優位にたてたはずなのに、私が逃げ出してるんだろう。
答えはもうわかってはいたけど、私は気づかないふりをした。
牧場に着くと、青ざめた顔のジョシュアが死体の場所を私たちに教えてくれた。オズウェル老人の死体は、牧場の中でもかなりはずれの草原にあった。
現場に着くと老人の死体はすぐに見つかった。草の緑と土の茶色がまだら模様をつくるどこまでも平らな大地の上に、老人の死体は仰向けに横たわっていた。空は曇り空で、太陽が雲越しに老人をにぶく照らしだしている。
結構大柄な人だったような気がするけど、こんなところに投げ出されてあるんじゃ何だか小さく見えた。
「父は毎朝、一人で馬に乗り散歩していた。もう年だからやめてほしかったのに」
ジョシュアはかすかに声をふるわせて説明した。
「散歩に行くことを知っていた人間は?」
ギィは老人に近づき屈みながらきいた。
「この牧場じゃ知らない人の方が少ないから」
申し訳なさそうなジョシュアに、イサイアスは容赦のない笑顔を向けた。
「役に立たなさそうな情報ですね」
ギィはイサイアスをたしなめるように軽くにらみ、死体を詳しく調べ始めた。
私もギィの後ろからそっと死体を見た。
この老人もまた左目を撃ち抜かれているようで、目の部分には赤黒い穴があいていた。血は貫通した後頭部からも流れ、老人の髪をべちょべちょにしている。
「犯人らしき人物は村ではなく外へと歩いて行ったようだな」
ギィは地面にかなり顔を近づけてつぶやいた。
私が「え、何でわかるの?」って顔をしてあたりを見回すと、ギィはこの女の目はちゃんと開いているんだろうかとでも言いたげに地面を指さした。
「乾いた血のついた足あとが、村とは反対方向に伸びているだろう」
私がよーく目をこらすと、逃げた馬の足あとに混じって、たしかに乾いた土の上にうっすらと足あとっぽいものが見えた。ところどころ血がついているみたいだったけど、私にははっきりと見えなかった。
ギィはさらに推理を続けた。
「あと、この足あとの持ち主は、どうもサイズのあってない靴を履いていたらしいな。土のへこみ方がどうもかかとが余ってる感じだ」
さっぱり私にはわからないが、どうやら違いがあるらしい。
「足あとがどこに続くか見てみましょうよ」
イサイアスの行動は早く、いつの間にか私たちの先に立っていた。
イサイアスの進む方へ歩いていくと、途中で足あとは途切れていた。そして、銃が一丁、地面に落ちていた。太陽の光に黒光りするそれは、ちょうど足あとの前にきっちりと向きをそろえて置いてあった。
「レミントンМ1875、凶器はこれか」
ギィは白い布を使い、そっと銃を掴んむ。
「その型の銃は、トラヴィスが使っていたのと同じだよ」
ジョシュアがコートの襟を引き寄せながら言った。顔がますます青くなったように見える。
「どうして足あとが途切れてるのかな……」
ジョシュアは不安そうに地面を見つめた。この人はいまだにトラヴィスに殺されるのを恐れているようだ。
「靴を脱いだとか、草の上を歩いたとか、帰りの分は水で消したとか、まぁいろいろあるだろう」
ギィは銃の置いてあったあたりを注意深く観察しながら答えた。
「それよりも俺は、なぜ犯人がこういう演出をしたのかが気になるが……。む、これは?」
銃の近くに、黒い棘だらけの丸い物体が一つ落ちてた。ギィがハンカチに近づけると、それは引っかかって離れなかった。
「ひっつき虫のような植物だろうか?」
ギィはしげしげと黒い物体を見つめた。
植物の種のようだけど、なんの実かはわからなかった。
「ここらへんに生えてるものじゃなさそうだけど」
私は草原を見渡したけど、周りにはそれらしき草は生えていない。
「もしかしたら、犯人に付いていたのかもしれませんね」
イサイアスは黒い種をのぞきこんだ。
「幽霊とかでもないかぎり、痕跡は残すからな」
ギィはガラスの小瓶に黒い種を入れながら言った。
「ボクはそんなのは偶然あっただけで、やっぱり犯人はトラヴィスの亡霊だと思うけどね!」
草原の向こうから、甲高い声が聞こえてた。
薄い金髪をおかっぱに切りそろえた三男のコーディ少年が歩いてきたのだ。
「コーディ、お前は見に来るなと言っただろう」
ジョシュアは弟を怒鳴った。
「本物の殺人死体を見たら小説のアイディアもわくかと思って来ちゃった」
コーディ少年は髪の毛をくるくると指で巻きながら近づいてきた。親が死んだら嘆いたりとかいろいろすることがあると思うのだけど、コーディ少年は違うらしい。
「死体が蘇って復讐するなんて、ロマンティックですてきだよね。アナタも、そう思わない?」
コーディ少年は恍惚とした笑みを浮かべて、ギィに同意を求めた。
「俺はそうは思わないが、少なくとも犯人は、トラヴィスという男が戻ってくるという設定にそれなりの意味を見出しているようだな」
ギィはコートのポケットに手を突っ込み、横目でコーディ少年を見た。
「それって、ボクを疑ってるの?」
上機嫌なコーディの顔がさらに嬉しそうに輝いた。
「この村に来てから出会った人間全員が容疑者だ」
その言葉とはうらはらに、ギィの表情には確信が生まれつつあるようだった。
とりあえず一通りの捜査が終わると、私たちは現場を後にして、イサイアスの借りてる家で昼食を食べた。
イサイアスと別れて村人に聞き込みをして家に戻ると、村長の息子のニールが部屋の中で待っていた。
「勝手に失礼してるよ」
夕日もささなくなった暗い部屋の中で、ニールは椅子に座っていた。
「別に、もともとはあんたの家なんだからどうぞご自由に」
ギィはコートを着たまま、暖炉に火を入れた。
「犯人は、もうこれで誰も殺さないと思う?」
ニールは期待に目をきらめかせながら聞いた。
「銃を置いたってことは、多分そうなんだろうな」
ギィは断定したくはなさそうに答えた。
「じゃあ、これで死人が出ることはないんだ!」
ニールは犯人が捕まったわけではないのにすっかり安心しきった様子で笑顔をみせた。
「それが確認できてよかった。あ、デュバルさん、これ、うちで焼きすぎたアップルパイ。ぜひ食べてね」
紙の包みを机の上に置き、ニールはスキップまじりで玄関へと進んだ。
「じゃ、お邪魔しました」
ニールは自分の用が終わると、アップルパイのお礼を言う暇もないほどさっさと出て行った。
「ニールという男にとっては、犯人の正体はどうでもいいんだな」
ギィが玄関を見ながらつぶやいた。
「多分、牧場の人以外の村人もみんなそう思ってるんじゃないのかな。もうこれ以上人が死なないのが確実なら、下手に本当の犯人がわかってもめるよりは、このまま死んだ人を犯人にしておきたいんじゃない?」
私はギィと会って初めて、彼に対して質問側ではなく回答側に立てた気がした。
「結局、真実よりも安心が大事ということか」
そう言ったのギィ横顔は、眼帯側だったので表情がよくわからなかった。
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