第14話 ガンファイト

 そのとき、私の手に衝撃がはしった。私が引き金を引いたからじゃなかった。銃声を鳴らしたのは私でもイサイアスでもなかった。私の44口径はいつの間にか右手から地面に撃ち落とされていた。その衝撃で右手はしびれ、しばらく銃を持てそうにない。


 銃を撃ち落とされた!? 誰?


 私はびりびりする右手を抑え、銃声のした方向を見た。

 そこには黒いコートを着たギィが、硝煙のたちのぼるコルト・ライトニング・リピーターを構えていた。


「撃たないのがお前の正解だと言っただろ。アイオン・バークワース」


「ギィ、何で!」

 私は驚き、声をあげた。


 この男、私に人を殺させないために!


 私はギィに庇われたことを瞬間的に理解した。イサイアスからじゃない。人を殺すという罪から、私は守られたのだ。私は侮辱された気持ちで、ギィをにらんだ。


「ギィ・デュバル氏ですか。あなたも僕が犯人だってわかっちゃったんですね。どこでばれました?」

 私とは対照的に、イサイアスはいたって冷静だった。邪魔されたことを怒っているようだったけど、かしこまった態度を崩すことなく、ギィに銃口を向けた。白いシャツの袖がふわりと揺れる。


 ギィは淡々と自分をここまで導いた推理について語った。

「ウィンターコスモスだ。コールリッジ家の父親が殺された現場に落ちていた黒い棘だらけの丸いひっつき虫、あれはウィンターコスモスの種だ。いろいろ探してみたが、この花はここらへんではお前の借りている家の周りでしか咲いていない」


 ウィンターコスモス……。あぁ、そうか。イサイアスが部屋に飾っていた、あの花か。

 私は花を抱えていたイサイアスを思い出してた。いまいち、あの時のイサイアスが犯人だとは思えない自分がいた。


 ギィはさらに根拠を並べた。

「そこでお前の家を捜索してみたら、現場にあった足あとと同じ靴があった。だから俺は、捕えるためにお前を探していた」


 ギィの話を聞いたイサイアスはため息をつき、振り向いて私に微笑んだ。

「アイオンさん、すみません。あなたに殺してもらえなくて」

 そしてイサイアスは敵意のこもった、私に向けるのとは違う種類の笑顔をギィに向けた。

「まったく、間の悪い探偵ですね。せっかくアイオンさんに殺してもらえると思っていたのに、残念です。僕は男相手に黙って殺されるつもりはありませんよ」


 ギィは引き金に指をかけたまま、銃身の下についたフォアエンドをスライドさせ、次弾を装填した。口はまっすぐにひきむすばれ、片方だけの瞳が銃口の先の標的、イサイアスを見据える。


 私は自分が当事者から第三者になっていくのを感じた。急速に二人が遠ざかる。私とイサイアスのガンファイトだったはずが、ギィとイサイアスのガンファイトに置き換わる。


 嫌だよ。何で? 私がやるはずだったのに。


 私は無力さを噛みしめ、銃を向けあう二人をなすすべなく見ているだけだった。

 ギィが合図するみたいに、会話をふる。


「最期に言いたいことがあるなら、聞いてやる」

「今から死ぬやつ相手に遺言言う馬鹿はいませんよ」


 イサイアスはそう言い終えた瞬間、引き金を引いた。ほぼ同時に、ギィも発砲していた。

 銃声が鳴り響き、空気が震える。森がざわざわと揺れた気がした。


 ギィの撃った弾は命中し、イサイアスが仰向けに倒れる。銃を握った手は弧を描いて落ちた。ギィも撃たれたみたいで、前のめりに崩れていった。


 風が吹いて、ギィとイサイアスの服をはためかす。月の光が、二人の体を冷たく照らしていた。


 私は何もできなかった。撃つことも、止めることも。私は勝負が始まる前から負けていた。

 撃ち合い地面に沈んだ二人の男を眺め、私はただ茫然と立ち尽くしていた。

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