エピローグ
静かになった部屋のテーブルの上にはおにぎり君が横たわっていました。大きくえぐられた白飯、ぽっかりと開いた穴。おにぎり君はピクリとも動きません。
――カサカサ
乾いた音がしました。焼き海苔です。一部をハムちゃんに齧られた焼海苔が、自らの表面に皺を波立たせておにぎり君の体を締め上げているのです。
「ぐふっ! はふう、はふう、はふう」
咽るように息を吹き返すおにぎり君。焼き海苔は締め付けをゆっくりと解きました。
「ありがとう、海苔っち。おかげで助かったよ。さすがのサンドウィッチ伯爵も海苔については知らなかったようだな」
そう、おにぎり君の体を包んでいるのは天草四郎ゆかりの天草海苔。今から四百年前、島原の乱で命を落とした天草四郎の遺髪が有明海の緑藻と結合し、天草四郎の意志を持った海苔として再構成された復活のアイテム。
「海苔っち。今のままでは僕は動けない。六人の仲間たちに知らせてくれ」
焼き海苔がペリペリ言いながらおにぎり君の体から剥がれていきます。全て剥がれ終わると、焼き海苔はひらひらと窓の外へ出て行きました。
「頼んだぞ、海苔っち」
空へ舞い上がった焼き海苔を見送った後、おにぎり君はテーブルの下を覗き込みました。ハムちゃんはとっくに事切れています。
「ハムちゃん……騙していたとしても君は僕の伴侶だったんだ。手厚く葬ってあげるからね」
おにぎり君はもう一度焼き海苔が飛んで行った窓の外を眺めました。クリスマス・イブの夜は終わり、クリスマスの朝が始まろうとしています。
「サンドウィッチ伯爵―! 僕は負けないー! 必ず飛梅干しを取り返してみせるぞー!」
おにぎり君の叫びはサンドウィッチ伯爵には届かなかったでしょう。しかし、朝日が昇る空を見詰めながら、もう一度サンドウィッチ伯爵に会う時がきっと来るに違いないと、おにぎり君は感じていました。
今月号で「月刊空飛ぶおにぎり君」は完結しました。一年間の御愛読ありがとうございました。
なお、来年一月号からは「月刊空飛ぶおにぎり君(リベンジ編)」が始まります。ご期待ください。
※作者注:嘘です。そんな続編は始まりません。これでおしまいです。
月刊空飛ぶおにぎり君 沢田和早 @123456789
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