10─魔法を食したもの


食べちゃったんだよ。


嬉しそうに言う少女。


「ああ」

シグマが、彼女を抱き直す。

「シロちゃんのことだな?」


「うん、そう!

きっと、シロちゃんが中身食べちゃったんだよ!」


「シロちゃん?」

ファイは怪訝そうにうかがう。


「そそ、シロちゃん」

少女に代わり、シグマが彼に応えた。

「さっきメアリちゃんが、俺に話してくれたんだけど。

白い毛玉みたいな生き物で、金属とか、人間が食えないものもパクパク食べちゃうんだって。

最近、うちにいるんだってよ」


ファイの顔色が変わった。


彼は訊く。

「家に…?

家にその、白い毛玉が?」


「うん!」

メアリは元気にうなずいた。


「何てことだ…!」

ファイが、頭を抱えた。

「母親より、まずそっちをどうにかしなければ…大変なことになります!」


「えっちょっと待って、話が見えない」

ゼータは横槍を入れる。

「白い毛玉?が、なんかまずいの?」


「まずいです、相当!

家がなくなりますよ!」


ファイは声を荒げ、ページをめくる。


見てください、と彼が示したページには、可愛らしい挿し絵が載っていた。


まんまるな体にふさふさと毛が生えた、何か生き物のようなやつだ。

長い尾と垂れ耳、つぶらな瞳。

とても、愛らしい姿である。


「“白い悪魔”です」


ファイの口から告げられた、恐ろしい名前は決して似合わない。

ローはじっとページを見つめ、首をひねる。


「白い悪魔?何それ…」

ゼータは思わず聞き返した。


「今しがた、20年前に幸福の太陽は滅びたと説明しましたが、この魔物です、これがその宗教団体を消した張本人なんですよ!」


宗教団体を、消した。

このかわいらしい生物が。


信じがたい事実である。


だが、ファイは非常に早口になっている。

それだけでも、この“白い悪魔”の危険さは伺えた。



シグマ、ロー、ゼータは、挿し絵の下に書かれた説明書きをざっと読む。



白い毛並みを持つ魔物。

サイズは、野球ボールくらい。

臆病で逃げ足が速い。

縄張りは狭い。

宝石を排泄する。


そして、枠でくくられた部分。


────注意されたし。

白い悪魔は、すべてを喰らう。



「すべてを…喰らう?」

ゼータは漏らした。


「それです!」

ファイが、声を上げる。

「魔法で統治を行っていた幸福の太陽に対抗するには、当然、かけられた魔法を駆逐してしまうしかないわけです。

政府は無論、魔法に通じてはいません。

ではその政府がどうやって、彼ら幸福の太陽を摘発できたのか?

その答えがこれ、ということです!」


すべてを喰らうもの。

これが、魔法に対抗する手段としたならば。


「…つまり」

ゼータは、顔を上げた。

「政府は…魔法を、白い悪魔に食わせた?」


その通りです。

ファイが、息を震わせる。


「政府は、白い悪魔を大量に放ち、幸福の太陽が築いた魔法の機構を、いえ、人や建物もろとも、彼らに食わせました。

手荒いですが、確実に魔法を消し、始末できる手です。魔法を解除するための魔法を使える者がいる必要もなく、用が済んだら白い悪魔は殺せばいい」


「っと、つまり…そうか」

シグマが、確かめるようにうなずく。

「箱にかかってた魔法は、その白い悪魔って奴が食ったと考えれば…辻褄は合うな」


「ええ。

白い悪魔は魔法が好物で、魔法を優先的に食べていくはずです。

なくなった鍵も、白い悪魔に食べられたと推測できます。

鍵を食したその時点で、魔法以外のものにも手をつけはじめているはずでしょうね」


魔法以外のものにも手をつけはじめている。

好物はすべて食らい尽くしてしまい、他のもので腹を満たしているということか。



「…マジで?」

ゼータの、ため息。


「マジです。大マジ」

ファイが言葉を重ねた。



…やばい。

ようやっと、彼らははっきりと悟った。



「な、なあメアリちゃん」

シグマは、ファイが持つ本の挿し絵を示し、少女に訊く。

「メアリちゃんが見たシロちゃんて、これ?」


「うん、こんな子だった!

うちの倉庫にいたんだよ!」

少女は、笑顔を見せた。


「急がなきゃ!その白い悪魔ってのに依頼人の持ち物とか色々、食われちゃうよ…!」

ゼータは足踏みする。

「行かなきゃ!依頼人の家どこ?!」


「オメガの家が、近い」

ローが返した。

「オメガの家から、南東に向かってすぐ、だったはずだ。

赤い屋根の、家」


「ならばオメガに行ってもらいましょう!

これは急を要します!」


ファイが、天井を仰ぐ。


彼は強く、念を送った。





───────オメガ。


急いで、あなたの家から見て南東の、赤い屋根の家に向かってください。

箱の件について、依頼人の自宅です。


倉庫に、白い毛玉のような魔物がいます。

それを捕獲してきてください。


なるはやでお願いします!





オメガは、目を覚ました。



「ファイの…呼び掛けが」



探すべき魔物の、特徴、生態。

情報が、ファイの念を通じ、オメガの脳裏に流れ込んでくる。


彼は身を起こす。


暗い地下室。

階段を駆け上がり、扉を開け放ち、彼はふわりと体を浮かせた。


魔力が彼に風をまとわせ、空中を高速で運んでゆく。



まもなく、眼下に、赤い屋根。



オメガは、家の敷地内に降り立った。


彼は、魔力の流れを感じる。

魔物の、気配。


「白い、…悪魔」


芝生にときおりきらめく、透明な好物。

水晶のような、魔物のふん。


「いる、…そうか」


彼は、波動をたどる。


倉庫の中。


一番、奥。


ボロボロになった、木製のタンス。

その内部から、明らかに音がする。


「見つけた…」


オメガは、タンスの2段目を引っ張り出した。


──────標的が、そこにいた。


柔らかな毛並み。

丸く小さな体。

「白い悪魔」に、違いなかった。


白い悪魔は、一心不乱にタンスの内側をかじる。

すでに内壁は今にも穴があきそうなほどに薄くなっている。


やがて白い悪魔は、オメガの存在に気づく。

体を膨らませ、威嚇体勢だ。



「あ…ああ、っ」



…オメガは、


興奮をおさえずには、いられなかった。



「もふもふ…かわいい…!!!」



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