冴えない彼女の育てかた 8 イベント追加パッチ【波島出海編】

※本SSは『冴えない彼女の育てかた8』発売時に「ゲーマーズ」さんで配布されたものとなります。



 (このSSは、『冴えない彼女の育てかた 8』○○○ページの後にお読みください)



 ギャルゲー、特に『とあるレーティングのパソコンゲーム』にカテゴライズされる商品には、発売時のショップ特典として『イベント追加パッチ』なるものが付属されることがある。

 これは、本編にて、メインヒロインに比べ扱いが控えめであったり、エッチシーンが少なかったり、攻略できなかったりするヒロインの補完を目的に作られるミニシナリオで、本編中や本編終了後の時間軸で、メインストーリーに影響を及ぼさないイチャラブシーンや萌えシチュエーションなどを描写し『なら最初から本編に入れろよ』とユーザーに突っ込まれるところまでをセットにしたサービスコンテンツである。

 さて今回、ショップ特典書き下ろしSSのネタが尽きてしまった某作者は考えた。

 『そういえば俺、元々エロゲーライターだったんじゃね?』と……



「というわけで、次はサブヒロインのアイデア出しに行きましょう!」

「え、今からすぐ?」

「はいっ、やりましょう今すぐやりましょう!」


 たった今、たった一人のヒロインに、たった……いや、なんと一〇〇枚を超えるデザインラフを上げたばかりの出海いずみちゃんは、しかしその壮絶な仕事の直後にもかかわらず、新たな紙を左手に、そしてふたたびペンを右手に取った。


「け、けど、疲れてない?」

「いいえっ、わたしテンション高いときは全然疲れないんです。三日三晩寝ないで絵を描いてることもありますよ!」

「……寝ようよマジ寝ようよ。でないと年取ってから一気にクるよ?」


 そして、何かをキメたようなさわやかな笑顔とともに、何かをキメたような壮絶なスピードで新たなヒロインを生み出し始める。

 その鬼気迫りっぷりは、まるでうた先輩のハイパー創作モードを彷彿とさせて、改めて俺がこのコの同人誌にハマった理由を思い出させてくれる。

 そして多分、あの、去年のクリスマスに完成した『英梨々えりりの七枚』も、こんなふうに生み出されたんだろうなって……


「というわけで、サブヒロイン――こと、後輩ヒロインの設定なんですが……」

「あ、後輩なんだ」


 いや、サブヒロインの設定はまだあまり固めていなかったから、別に後輩でも全然構わないけど、出海ちゃんそう来ましたか。


「まずはスリーサイズなんですが、えっと、バストは……そろそろ九〇超えてるかな?」

「そろそろって何!?」


 というか出海ちゃん今、右手で自分の服の胸元をはだけさせて中を覗き込んだり、左手で自分の胸をたぷたぷ持ち上げて何かを測っていたようなのですがそれは気のせいなのでしょうか?


「で、ウエストは……う~ん、う~ん……ごじゅう、さんっ、と」

「無理しなくていいからだいたいそれバランスおかしいから!」


 そして今度は思いっきり息を吸い込んでお腹を引っ込めたようなのですが……ああ、はい、気のせいですね。


「で、容姿の方は……まぁこんな感じかな? ねぇ先輩、よく似て……じゃなくてよくできてると思いませんかっ」

「……あ~はいはい、うん、よくできてる、可愛いよ」


 そりゃもう、嘘偽りなくよくできてる。

 何しろ顔を描いているとき、一本一本の線にまったく迷いがなかった。

 というか時おりテーブルの上の手鏡を見て何を確認してたんですかねぇ……


「うん、全体の方向性はこんなとこかな? それじゃ、次はこのわた……後輩ヒロインの設定を練りながら、表情や動作パターンを作り込んでいきましょう!」

「……そうだね、作り込んでいこうね」


 『もうできてるような気がするんだけど設定』というのは言ってはいけないことなんだろうか。


「まずは大前提なんですけれど、このヒロインはとっても出番が多いんですよ!」

「……ちょっと待ってそれキャラ設定って言わなくない?」

「……『とても積極的で、主人公によく絡んでくる』と言い換えます」

「……ああそうだね。それなら結果として出番が多いのも納得だ」

「しかも、ちょっとヤキモチ焼きだから、主人公が他のヒロインと話してるときに割り込んできたりして!」

「なるほど、他にライバルキャラみたいなヒロインがいて、そのコといくつかのイベントを共有するような感じになるのか」

「いいえ、全ヒロインとイベントを共有します。その結果、実に全イベントの八割以上に登場……」

「……ちょっと待ってそれちょっとってレベルじゃなくない?」


 というか、それだとなんか他のキャラの攻略に失敗すると結果として攻略したことになる救済(し過ぎる)キャラになってしまうのでは。


「……やっぱりこの設定って鬱陶しいですか? 自分の人気を犠牲にして他キャラの人気を上げる自己犠牲精神に満ちた永遠の不人気キャラになってしまうんでしょうか……」

「いやいやいやそんなことないから! 俺は好きだよそういうヒロイン!」


 ……などという感想は思っても絶対に口にしてはいけない。いやマジで。


「……でも出海ちゃん、残念だけど、やっぱりそのキャラ設定のヒロインを出すわけにはいかないな」

「う……」


 それでも、これは俺のゲームだ。


「だって、そんな出ずっぱりなサブヒロインがいたら、ヒロインのバランスが崩れるだろ?」


 皆にアイデアを求めるし、いい意見なら躊躇なく取り入れる。


「俺が求めるのは、どのヒロインもメインヒロインに負けず劣らず胸がキュンキュンする、最強のギャルゲーなんだから」


 けれど、そのアイデアを取り入れるかどうかを最終的に決めるのは俺だ。

 今度こそ、相手が誰であろうと、謙虚で、そして、傲慢でいるって決めたんだ……



「そう、ですよね」


 と、出海ちゃんは、さっきまでの勢いはどこへやら、途端にしゅんとしぼんでしまった。


「こんなヒロイン、駄目ですよね。主人公に選んでもらえるわけ、ないですよね……」


 がっくりと俯き、声は鼻にかかり、口調は泣き言っぽくなり。


「駄目だなぁわたし、ゲーム全体のこととか考えずに、すぐ調子に乗って……」


 そんな、さっきまでの前向きさが嘘のような、ネガティブで泣き虫な女の子。


「うん、見つけた、魅力的なヒロイン設定」

「え?」


 だから俺は、その頭にぽんと手を置き、さっきまでの彼女のポジティブを引き継ぐ。


「よく空回りするけど、すぐに落ち込むけど、結構泣き虫だけど……」


 さっきまでの彼女みたいな勢いはないけれど。


「けれど頑張り屋で、決してくじけない」


 さっきまでの彼女みたいな熱さもないけれど。


「そんなヒロイン、どうかな? 魅力的じゃないかな……出海ちゃん?」


 でも、さっきまでの彼女みたいな確信とともに、祝う。


「……はいっ、その方向性でいってみますっ!」


 新しい、魅力的なヒロインの誕生を。


(了)

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