冴えない新刊の求めかた
※本SSは『冴えない彼女の育てかたGS』発売時に「ゲーマーズ」さんで配布されたものとなります。
この作品では毎度お馴染みすぎる、日本、いや世界一のオタク街、秋葉原。
その秋葉原の交通の要所であるJR秋葉原駅電気街口からたったの徒歩三○秒にところに、駅からもっとも近いオタクショップ、AKIHABARAゲーマーズ本店が存在する。
これは、そんな(ある意味)世界の中心に位置する最強のショップに集う人々の、歓喜と悲哀の物語である。
「あれ?
「っ!? と、
二月下旬。いつものようにたくさんの人で賑わう週末の秋葉原。
そんな激混みの人出の中、そういう場所をもっとも苦手とするはずの人物が、何故か俺の前にいた。
「なんでお前がAKIHABARAゲーマーズ本店に?」
ここはJR秋葉原駅電気街口からたったの徒歩三○(以下略)。
その一階、入口を入ってすぐにの新刊売り場の平棚のところに、金髪を大きめの帽子で隠し、オーバーオールと眼鏡で巧妙にダサく変装した英梨々の姿を見つけた。
……いやまぁ、猫かぶってない時の服装だとこれよりもダサいんだけど、そんなことは今はいいとして。
「そ、それは……倫也こそなんで?」
「俺はもちろん、
「……あ~、そう」
そう、それはいいとして、俺の中で今日はとても重要な日と位置づけられている。
昨日の、不死川ファンタスティック文庫の新刊発売日から一日後。待ちに待った休日。
何しろ今回の新刊のラインナップには、あまりにも見逃せないタイトル……
「もちろん特典のある全ショップで買うのはデフォだがな、しかし、それでも俺の体が一つである以上、各ショップを回る優先度というものがある。そしてもちろん最優先はこのゲーマーズであることは確定的に明らかだ。その理由がわかるか英梨々!?」
「そりゃ、原作者書き下ろし……知らないわよそんなの!」
「ならば教えてやろう……実はな、今回の新刊、霞詩子のショップ書き下ろしSSが読めるのはゲーマーズだけなんだよ!」
そう、そして重要な休日の最優先事項をゲーマーズが飾る理由がこれだ。
「他のショップも特典出してるけど、掛け替えカバーとかポストカードとか絵素材が中心で、霞詩子のテキスト特典はたったの一種類……ならば従来の霞詩子ファンがゲーマーズを狩り尽くすのは自明の理! 俺はその容赦ない攻勢から自分のための読書用、保存用、布教用の三冊を守らなければならないんだ! ああっ、俺は今回、何冊『純情ヘクトパスカル』を買えばいいんだ~!」
「……ハンターが何か言ってる」
「で、お前は何でここに?」
ついつい自分語りに熱くなってしまった俺は、それでもふと最初の自分の質問を思い出し、英梨々にふたたび問いかける。
何しろこいつが(俺に無理やり連れ出されるでもなく)一人で秋葉原をうろつくなんて、普段の引きこもり同人作家な姿からは想像もつかない。
「ちょ、ちょっと冷やかしに来ただけよ! 別に霞詩子の新刊なんて興味ないし!」
「なぁ英梨々、確かにお前、『恋するメトロノーム』は時機を逸したかもしれないけど、せっかく新シリーズが始まるいい機会なんだし、そろそろ霞詩子作品も後追いじゃなくてリアルタイムで触れてみたら……」
「そんな暇ないって言ってるの! とにかくあたし急ぐから、じゃあね!」
「あ、おい……」
と、英梨々は俺の追及を振り切るかのように、フロアに並ぶ新刊群を無視して、ドアが開いたエレベーターに乗り込むと、俺を拒むようにその扉を慌てて閉めた。
「なんだよ、別に一緒に回ったって……」
と、いつも以上にツンデレのテンプレを振り回す英梨々に辟易しつつ、俺はあいつが上っていった階数を目で追って……
「……あれ?」
そして、一つの推測に辿り着いた。
「っ、あったぁ!」
「……やはりそういうことか」
「っ!?」
AKIHABARAゲーマーズ本店は、二階と三階でラノベ、コミックの、主に既刊を扱っている。
そして、その二フロアの中でも、不死川ファンタスティック文庫を扱っているのは三階であり……
「ここで買えば俺に気づかれないとでも思ったか? そうだよな、こっちにだって当然新刊は並んでるよな……」
「こ、これはっ」
その三階に、階段で上っていった俺の目に映ったのは、『純情ヘクトパスカル』を手にしていそいそとレジに向かおうとする英梨々の姿だった。
「てか別に隠さなくてもいいじゃん。お前、実は『恋するメトロノーム』でハマったんだろ? で、今度こそリアルタイムで追っかけるつもりなんだろ?」
「だ、だから違……あたしは前作の頃から……」
「まぁ、その気持ちはわからんでもない。何しろ霞詩子の前作『恋するメトロノーム』は衝撃だった……一巻の見事なまでの二人きりの純愛物語から一転、二巻から新ヒロイン登場により三角関係が勃発。そして巻を追うごとに三人の想いが様々に交錯しどんどん泥沼の三角関係に……などという一粒で何度も美味しく、そして心抉られるその構成は、もはや現代における純愛ラノベの頂点に君臨したと言っても過言ではなく……ふごふごふごっ!?」
「だ~か~ら~! そうやってあんたにドヤ顔でにわか扱いされるのが我慢ならなかったのよ~!」
と、英梨々はいきなり理由もなくキレて、帽子を外すと隠していた最終兵器金髪ツインテールを取り出すと高速回転を始めた。
「だから俺には隠さなくたっていいだろ……詩羽先輩には言わないでおくって」
「絶対よ? あの女に弱み握られることになったらあんたを呪い殺してあたしも死ぬからね?」
「……そこまで卑屈になることか? お前、そんなこと言ってたら本人のサインとか永遠にもらえないぞ?」
「やかましい!」
それからも俺たちは、何だかんだと言い合いしつつ、けれど二人分の“六冊”の『純情ヘクトパスカル』を抱えて、レジに並んだ。
「とにかく、これでファーストミッションは完了だ」
「ねぇ倫也、ちょっと疲れたからここ出たら休憩しない?」
「まだ最初の店だろ……」
そしてようやく俺たちの間に、まったりした平和な空気が流れ始める。
しかし……
「申し訳ありません。こちらの特典の方、あと一つしか残っていなくて……」
「……は?」
「……は?」
そんな、六冊同じ本をレジに出した俺たちの前に差し出された特典SSは、たったの一冊……
「霞詩子先生の久々の新刊ということで、昨日から大量買いするお客様が後を絶たず……本当に申し訳ございません」
いや、店員さんを、ひいてはゲーマーズを責めるのはお門違いだろう。
霞詩子の、ひいては『純情ヘクトパスカル』の、想定以上の順調すぎる船出を祝うべきなのだろう。
しかし……
「な、なぁ英梨々……」
「……嫌よ」
「まだ何も頼んでないけど!?」
「どうせ特典譲れって言うんでしょ? そんな横暴、認められるわけないじゃない!」
「確かに頼み事はその通りだけどっ! でもお前、今まで霞詩子作品の特典集めてなかったんだろ! 俺は恋メトの頃から一つも逃してないんだよ! 頼むよ譲ってくれよ!」
「譲れる訳ないでしょ! 別にゲーマーズはここだけじゃないんだし、そんなに欲しかったら全国のゲーマーズを駆けずり回って探してくればいいじゃない!」
「お前こそお嬢様なんだから金で解決すればいいだろ!」
その日、AKIHABARAゲーマーズ本店三階レジ前に、眼鏡オタクと金髪ツインテールオタクの壮絶なる痴話喧嘩……いや特典争いの怨嗟の声が響き渡った。
(了)
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