冴え……ありえない夏の過ごしかた
※本SSは『冴えない彼女の育てかたFD』発売時に「とらのあな」さんで配布されたものとなります。
某年夏。某県某所某海岸。
「夏だ! 海だ! 海水浴だ~!」
「暑い~、だるい~、帰りたい~」
「来たばっかじゃんトモ……」
そんな、オタクスポットでも聖地でもない、割とどこにでもあるリゾート海岸のビーチパラソルの下で頭を抱えてガタガタ震えている俺の名は、
同人ゲームサークル『blessing software』代表にして、同人ゲーム界にて伝説を打ち立てようと燃える、典型的な(個人の感想です)オタク高校生だ。
「だいたい、どうして俺はこんなところにいるんだ? 教えてくれ
そして、そんな俺を見下ろしつつ、太陽をいっぱいに浴びて立ちはだかるのは、俺と同い年のイトコ、
同人ゲームサークル『blessing software』音楽担当にして、アニソンバンド『icy tail』のボーカルを務める、肩書きだけなら完全オタクのくせに中身は紛うことなきリア充女子高生だ。
「そりゃ、せっかくの夏なんだしどっか遊びに行こうよって話になって、そしたら流れで海なんかいいじゃん、みたいな話になって~」
「どんだけ波に逆らった流れなんだよそれは! 俺、第一希望は出かけたくない、第二希望はアキバ、第三希望は自宅って言ったよね? なんで無理やり連れ出した!?」
「だってそうでもしないとトモってば絶対に海なんか……ていうか冷静になって考えると第一希望と第三希望同じじゃん、酷いよトモ」
「酷いのは言葉で誤魔化そうとする俺より問答無用で実力行使に出たそちら《美智留》の方だと思うんですが……」
で、そんなオタクの俺が、リア充の家族連れやカップルの巣窟である海水浴場なんかに来ている理由は……ああ、うん、もう説明したからいいよね。
「だいたい美智留、お前、バンドの友達どうしたんだよ? あっち誘えばいいだろ」
「や~、なんか今日はどっかのアニソンライブに行くから駄目だって」
「俺もそっち行きたかった! そっちに行きたかったよぅ!」
「ま~そう言わない。ほらほらトモ、こっちは水着美少女だよ~?」
「ネタにもなんにもならないんだよその言い草は……」
『水着美少女だよ~♪』とか言われて本当に目の前にきわどいビキニを身にまとった長身でプロポーション抜群の正真正銘美少女がいたら、それはオチも何もつかないただの自慢話だ。
俺が当事者じゃなかったら、こう、冷めた目で舌打ちしつつ思いっきり聞き流すね。
「トモだって子供の頃はあたしと一緒に山とか駆け回ってたじゃん。今日くらい童心に帰ろうよ~」
「ならお前も童体に帰れ」
そう、心だけ子供に戻ったところで、失ってしまった幼児体型は戻ってこない。
ていうかあかん、こいつ水着とか似合い過ぎるだろ……なんでこんなのがオタクサークルにいるんだよ((※)代表が強引に引き入れました)。
「だから、もう来ちゃったんだから割り切って楽しもうよ。そだ、背中にサンオイル塗ったげるよ。ほらそこに寝転んで」
「いやお前、それ普通役割逆だろ、どんだけ男前なんだよ」
まぁ、やってることはエロ的にアレなんだけど、本人に女の子としての自覚が微塵も感じられないというのは、微妙に助かったりする。
というかこいつ、ギャルゲーに当てはめるとヒロインじゃなくて圧倒的に主人公だよな。
「え~、じゃあトモ、普通の役割ってやつ、ちゃんとやる? あたしの背中にオイル塗る? 塗る塗る《ヌルヌル》?」
「なっ……!?」
そう、こいつには女の子としての自覚が微塵も感じられない。
だからといって女の子としての羞恥心も警戒心も感じられないのは激しく困ったりするんだけど。
「あ、そういえばトモにこの間無理やり見せられたアニメで、女の子が水着の谷間にオイルこぼして『塗ってくださるかしら?』って迫るやつがあったな~……そっか、ああいうのがトモにとっての普通の……」
「すいません俺の背中に日焼け止め塗ってくださいお願いします!」
いや、決してビビって逃げたわけじゃないぞ?
ただ、オタクの作法として日焼けはシャツから覗いた顔と腕だけって決めてるだけだ。
そうだ、サンオイルイベントなんて最初からなかったんだ……
「よ~し、準備運動もしたし、オイルも塗ったし、腹ごしらえもしたし、泳ぐぞ~!」
「色々と順番間違えてるだろお前……」
たった今、焼きそばとイカ焼きとカキ氷食ったばかりだよなこいつ……
「さ、トモも行こうよ? 沖まで競争しない?」
「いや、俺は日焼け止め塗ったばかりだし」
というかこいつもサンオイル塗ったばかり(注:俺は手伝ってない)ですぐ海に入ったら意味がないだろうに。
「そんなの、海から上がったらまたあたしが塗ったげるって。さ、行こ行こ?」
と、美智留が俺の手をぎゅっと握り、にぱっと笑う。
その邪気のない、けれど色気だけはやたらとありやがる立ち振る舞いは、さっきまでの暑さを忘れ、けれど熱くさせたりするくらいに厄介な代物で。
……って、ちょっと待てよ、もしかして今日、マジで単なるギャルゲー海イベントやるのかこれ?
「……あれ?」
と、そんなもやもやした戸惑いを感じつつ、美智留に手を引かれて立ち上がり、太陽の下に出た瞬間……
「……トモ?」
一気に眩しくなるはずの視界が、なぜか一気に真っ暗になった。
「え、ちょっ……」
ついでに、どっちが上か下かの感覚もなくなり、自分が立ってるのか倒れてるのか、気分がいいのか悪いのかまでわからなくなった。
「トモ! トモってばぁ!」
耳には、美智留の声がぼんやりと響き、けれどその音も、リアルなのか二次元なのかもわからなくなってきた。
いや、美智留が二次元ってことはないんだけど……
けど、でも、そうか。
二次元ではないにしても、夢ってことはあり得る。
ああ、そっか、これ夢オチかぁ。
今の俺、夢から覚めるところなんだな。
なんだよ、夢だからってやたらと挑発しやがって美智留の奴……って、夢を見た方と夢に登場した方の責任の所在については深く考えない方が身のためかもしれないけど。
……まぁ、とにかく、これにてめでたく夢は終わりだ。
目が覚めたら、俺は部屋のベッドの上にいて、見上げた天井に貼られたポスターの中の二次元美少女の潤んだ瞳と濡れた唇が目の前に……
「トモ……目を覚まして」
「ん……?」
と思ったら、どうやら中途半端に目が覚めてしまったらしく、俺はまた、夢の中の美智留に再会してしまった。
その美智留は、俺の部屋のポスターの美少女と同じ表情で、潤んだ瞳をゆっくり閉じると、濡れた唇を俺の口元に寄せて……
「っていやちょっと待てうわああああああ~!?」
「あ……トモ、目が覚めた?」
「なななななっ、何やってんだよお前っ!?」
「や~、トモが気を失ったみたいだったから人工呼吸をね?」
「それ溺れた時の処置だから! 日射病とか立ちくらみで人工呼吸必要ないから!」
「あ、そっか~、いや~良かった良かった。こんなとこで大切なファーストキス捨てちゃうところだった~、あはははは~」
「さらっと重要なこと流すな! ていうかそういうギャルゲー主人公みたいな男らしい行動しないでよみっちゃん!」
これじゃ、まるで俺が冴えないヒロインみたいだ……
著者からのお願い:冷めた目で舌打ちしつつ思いっきり読み流したりしないでください。
(了)
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