勝てない彼女のメロンブックス
※本SSは『冴えない彼女の育てかた7』発売時に「メロンブックス」さんで配布されたものとなります。
秋葉原中央通り――
もともとは新橋から上野まである中央通りの、JR秋葉原駅から東京メトロ末広町駅あたりまでの一帯は、ビルの上方をアニメやエロゲーの大看板が占拠したり、オーロラビジョンから宣伝動画が垂れ流されたり、さらに路上では宣伝用のラッピングバスが徘徊したりする、日本が世界に誇るオタクストリートである。
さらにその中でも、JR秋葉原駅電気街口を出て西へ向かい、ガード下の信号を渡って右に曲がったわずか五○メートルほどの一角は、様々なジャンルのお店が軒を連ね、激しくシェアを争う激戦区だ。
例えばファーストフードでは松○や吉○家やゴー○ーカレーがしのぎを削り、例えばゲーセンではCLUB SE○AやH○yがしのぎを削り……
そして例えばオタク書店……COMIC Z○Nや○-BOOKSとしのぎを削……いや、仲良く切磋琢磨しあっているのが……
「という訳で
「知ってるわよ」
先述のH○yの入っているビルの一階、プライズマシンの並ぶ通路を奥へと進み、地下への階段を下ったところにその店はあった。
「同人も商業も、本もゲームもCDも、一般向けも一八禁もなんでも同じフロアで揃う、まさにオタクの中央卸売市場! つまりここに来るお客さんたちは、神に選ばれた(誰でも気軽に入店できます)、まさにオタク仲買人!(転売屋という意味ではありません)」
「だから知ってるって。だってあたし、めろんちゃんのクオカード用イラストの仕事したことあるし」
「さすがです
「で、なんで今日はあたしをここに連れてきたのよ? 大体メロンなら通販で十分でしょ? あたしも利用してるけど、とっても使いやすくて便利よ?」
「オーケー宣伝ありがとう! だが今日の目的は買い物じゃないんだ!」
「……買いもしないのにお店でたむろするって、お店の人と他のお客に迷惑じゃない?」
「店員さんお客さんごめんなさい!? でも今からすることは、今のお前にとって、それだけの価値があるんだ……」
「だから一体何をしようってのよ?」
基本、土日引きこもりの英梨々は、今日も無理矢理俺に連れ出されたことを、朝からずっと愚痴っていた。
「英梨々よ……風を読むんだ!」
だが俺は、そんなネガティブな英梨々に喝を入れる。
「たまには外に出ろ! オタクよ街を征け! ネットだけでなく、肌で、空気でムーヴメントを感じるんだ!」
そう、今日、俺たちがここに来た目的は、最近イマイチスランプ気味の英梨々に、創作への情熱を取り戻させるためなのだから。
「その“風”ってなに? どうしてオタクの流行を肌で感じるためにはいちいちお店に来るべきだっていうの?」
「それはだな英梨々……メロンの店舗には、このタワーがあるからなんだよ!」
と、俺は、入口すぐにある、新刊コーナーの平台を指差す。
「メロン積み……?」
「さすがに知っているか……」
その平台には、基本、どこのオタク書店にもあるように、たくさんの新刊が平たく積み上げられている。
けれど他のお店と一線を画すのは、その中でも一部の商品の、高さと積み方と推し方だ。
どのお店でも、大人気作だったり、特にそのお店の客層に合っていたり、お店独自の特典がついたりするようなものは、他の商品よりも目立つ陳列をする。
だがメロンブックス秋葉原一号店においては、もはや売りたいのか飾りたいのか自己満足なのかわからないレベルにまで高く、派手に、熱く積み上げられている。
本当、いつもいつも見るたびに『よく倒れないなコレ……』と思ったりする。
「そりゃ、素直に凄いとは思うわよ? けどこれだって、ツイッターとかでネタにされたり画像貼られてたりするじゃない(無断撮影は禁止ですよ?)」
「ああ、確かに売れ線を知るだけなら、ネットからでも“情報”として得られるだろう」
そんな英梨々の反応は、俺にとっては予想通りだった。
だってこいつは、『お店に来るときは自分はユーザーだ』という固定概念に囚われた、ある意味俺と同じ消費豚でもあったから。
しかし……
「だがな英梨々……こういうふうに、自分の作品を積んでもらえたクリエイターから見たらどうだろう?」
「え……?」
「もし、ここにこうしてメロン積みされているのが、『柏木エリアートワークス~cherry blessing~初回限定版』とかだったらどう感じるかって聞いてるんだよ!?」
「なっ……」
「このタワーがリアルタイムで
多分それは、普通のユーザー視点だと『これ売れてるなぁ、俺もちょっと読んでみるか?』というくらいの感想になるだろう。
ファン目線では『やった売れてる! ヤバい! あと二、三冊買い増して布教だ!』というモチベーションに繋がるかもしれない。
しかし、当の著作者の受けるインパクトはその比ではない……
「お前も、その衝撃をいつか味わってみたいと思わないか?」
「…………」
「今日は、その衝撃をイメージするためにここに来た……今、ここにある本が飛ぶように売れ、タワーが崩壊していくさまを見ながら、『これが自分の本だったら……』というのをイメージするんだ!」
俺がそう熱く語る間にも、今週一押しの新刊タワーが次々とその高さを減らしていく。
この、人と商品の流れが一体になって流行を作っていく感じは、他ではなかなか味わえない醍醐味だ。
だから俺は、メロンブックスの、この“風”が好きなんだ……
「……えっと、それでさ、
「なんだよ?」
「それって、倫也が自分で思いついたこと? それとも誰かの体験談?」
「ああ!
「あたし帰る!」
「英梨々!?」
その後、何故か拗ねてしまった英梨々をなだめるために、大量のオタクグッズに加えてスイーツとか色々おごらされて、さらに夜まで付き合わされたけど、まぁそれはさておき……
皆も、メロンの新刊タワーの前で、妙にしつこく冊数を数えてたり、流れゆく人たちを温かい目で見守っていたりする客を見つけたら注意してみて欲しい。
大抵はファンだれど、たまに関係者、さらには作者本人だったりすることも……
(了)
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