冴えない彼女の育てかた 特別公開SS/丸戸史明
ファンタジア文庫
冴えない彼女のとらのあな
※本SSは『冴えない彼女の育てかた2』発売時に「とらのあな」さんで配布されたものとなります。
七月下旬、コミケを数週間後に控えた、ある平日の秋葉原……
昔から『でかい電気は秋葉原』とか『電気いろいろ秋葉原』などと謳われ、最近では『新宿西口駅前とアキバ』とかよくわからない括られ方をされる混沌かつ熱気に溢れたこの街は、今日もやっぱり元気いっぱいだった。
「見ろ、
そんな秋葉原のメインストリートである中央通りに面した、黄とオレンジに彩られたツインタワーを指差しつつ、俺こと
「へ~、名前は知ってたけど、実際に見るとすっごい大きな本屋さんだね~」
「本だけじゃないぞ。音楽、映像、ゲームソフト、グッズ類など様々なアイテムを商業、同人問わず幅広く扱う総合オタクショップだ」
十数年前、秋葉原の小さな雑居ビルの急な階段を三階まで上り、まずは右手にあるカードゲーム屋でガラスケースに並べられたマジック・ザ・ギャ○リングのレアカードをチェックした後、向かいにあったこの店でとき○モの中古一八禁同人を探すのがオタクたちの秋葉原散策の順路だった。
そんな小さく、けれど熱かったそのお店は、熱さそのままに規模を拡大し、立派なビルを建て、そして全国津々浦々まで進出していった。まさにアキハバランドリームの体現者。ここがオタクたちの黄色い巨塔!
……などと、ネットで知り合った懐古厨のおっさんに熱く語られて辟易したのは、今となってはいい思い出だったのかもしれない。
「さてと、お店の前でずっと立ってても迷惑だし、そろそろ入ろうか安芸くん」
「そうだな、よし、行くぞ加藤!」
今日は、今までに何百回と訪れた、そのコミックとらのあな秋葉原店Aに、生まれて初めて女の子と二人きりで入店する記念すべき日だ。
その女の子とは、クラスメイトにして、サークル仲間にして、俺の作ろうとしているゲームのメインヒロインにして、何の変哲もない一般的な女子高生、加藤
本来なら、こういったホビー系ショップとは縁のないスイーツ()だったはずの彼女は、俺と運命的な出逢いを遂げたことによりその運命を大きく変えていく……かもしれないし、変わらないかもしれないけど、どうなんでしょうかねその辺。
「あれ、安芸くん、これ
「……そうだな」
で、そんな二人で店内奥のエレベーターに乗り込んだ瞬間、内側のドアにデカデカと貼られた、どっかで見たような絵柄のポスターが俺たちを出迎える。
ポスターの煽り文には『
柏木エリ……本名、澤村・スペンサー・
金髪ツインテールハーフお嬢様の皮を被った人気同人作家。
……俺のゲーム制作サークルのキャラクターデザイン兼原画担当。
「せっかくだから見に行こうか。ええと、七階だよね?」
「……いや、やめとこう」
コミックとらのあな秋葉原店Aの七階は成年向け同人誌フロア……制服姿の女子高生が入店すると店員さんが困るので自重しようね。
「うわぁ、漫画とラノベがいっぱい!」
「とらをなめるなよ。同人だけじゃなく商業の充実度も凄いぞ?」
そして俺たちがエレベーターで向かったのは、ノベルを中心とした商業誌フロアの二階。
「あ、『恋するメトロノーム』が平積みになってるよ安芸くん」
「……そうだな」
で、そんな二人でラノベコーナーに入った瞬間、中央の平台に積まれた、どっかで見たようなライトノベルが俺たちを出迎える。
その本の帯には『累計五○万部突破! ついにシリーズ完結!
霞詩子……本名、
黒髪ロング大和撫子優等生の皮を被った人気ラノベ作家。
……俺のゲーム制作サークルのプロット兼シナリオ担当。
「それにしても、結構前に完結したのに、まだこんなに大きく扱われてるなんて、霞ヶ丘先輩ってやっぱり売れっ子なんだね」
「ああ、そりゃもう……あれ?」
と、後輩でサークル仲間ってだけでなく熱狂的な霞詩子ファンでもある俺は、その優遇っぷりにドヤ顔をしかけたけれど、ふと思い直してフロア全体を見渡す。
『恋するメトロノーム』は確かに人気作品ではあるけれど、春に完結した作品の展開を夏まで引っ張るなんてのはいくらなんでも……
と、よく見てみると、そこの平台は『今期放映アニメ化作品特集』というポップが貼られた、明らかに違う作品を展開するはずのコーナーだった。
つまりそれは、誰かが本来そこに並べてあった作品を意図的に撤去して、『恋するメトロノーム』を並べ直したとしか思えない状況で。
「なんだよこれ、いったい誰がこんなイタズラを……え?」
その瞬間、長い黒髪をたなびかせた後ろ姿が逃げるように階段を下りていったのを視界の隅に捉えた気がした俺は、そこから先の言葉を慌てて飲み込んだ。
そして……
「ここだ、加藤……ここが俺たちの目指す頂だ」
「でもここ三階だからまだ上の階あるよ?」
「そういう意味じゃないんだよ!」
「あ、じゃあここから上は全部成年向けフロア?」
「そういう意味でもないんだよ……」
最後に辿り着いたのは三階。一般同人誌と同人ソフトのフロア。
そう、俺たちがいつか作り上げる同人ギャルゲーが並ぶことになるフロアだ。
そこには様々な同人ソフトのパッケージがところ狭しとひしめくように並び、ここからナンバーワンへと這い上がる競争の激しさを物語る。
しかし俺たちは、臆することはない。
「いいか加藤、この光景を覚えておけよ? いずれは俺たちが君臨する場所だ」
「そうなんだ。頑張ってね安芸くん」
「お前も頑張るんだよ……とりあえず今日は、あとコミケカタログ買って帰るぞ」
「うわ、なにこの厚さ。全然カバンに入りそうにないよ……」
そうだ、見てろよとらのあな……俺は絶対にまたここに帰ってくる。
有明で伝説を作り、そして秋葉原に凱旋してみせる。
必ずなってみせるからな……コミケ四日目の行列サークルに!
「お買い上げありがとうございます。こちら特典の柏木エリ先生描き下ろしファイルケースとなります」
「…………」
身内がすでに天下取っちゃってると微妙なものがあるよな……
(了)
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