冴えない彼女の育てかた 8 イベント追加パッチ【氷堂美智留編】
※本SSは『冴えない彼女の育てかた8』発売時に「メロンブックス」さんで配布されたものとなります。
(このSSは、『冴えない彼女の育てかた 8』の後にお読みください)
ギャルゲー、特に『とあるレーティングのパソコンゲーム』にカテゴライズされる商品には、発売時のショップ特典として『イベント追加パッチ』なるものが付属されることがある。
これは、本編にて、メインヒロインに比べ扱いが控えめであったり、エッチシーンが少なかったり、攻略できなかったりするヒロインの補完を目的に作られるミニシナリオで、本編中や本編終了後の時間軸で、メインストーリーに影響を及ぼさないイチャラブシーンや萌えシチュエーションなどを描写し『なら最初から本編に入れろよ』とユーザーに突っ込まれるところまでをセットにしたサービスコンテンツである。
さて今回、ショップ特典書き下ろしSSのネタが尽きてしまった某作者は考えた。
『そういえば俺、元々エロゲーライターだったんじゃね?』と……
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
「はぁぁぁぁ~、う、うぅ~」
「はぁ……もう、トモってば、すごいよぉ」
「あ、あんま大きな声出すな……
時は、夜中の三時を過ぎた頃。
さっきまで、何度も落ちては復活してを繰り返していた加藤が、とうとう俺のベッドで安らかな寝息を立て始めてから三○分を過ぎた頃。
俺と
せっかく風呂に入った体は紅潮し、玉の汗が浮かび、それはもう、壮絶なひと勝負のあとが伺える。
「あ~あ、中学んときまでは、あたしの方が体力あったのになぁ」
「だ、男子……なめんなっ」
「ほんっと……いつの間にか、二の腕、あんたの方が太くなってる……」
「ひぅっ……い、今触るなってっ、腕がつる腕がつる!」
「……なんだ持久力は相変わらずだなぁ。長期戦に持ち込めばよかった」
はいっ、もちろん全年齢ラノベのお約束にのっとって、壮絶なひと勝負ってのは腕相撲のことだけどね!
時は、夜中の三時を過ぎた頃。
加藤が寝落ちして、なんとなく手持ち無沙汰になった時間帯。
俺が『そろそろ寝るか?』と、雑魚寝のスペースを作るためにテーブルを片付けたところで、唐突に美智留が『ね、昔みたいに勝負しよ?』と床にうつ伏せに転がり、右手を差し出してきた。
そんな馬鹿げた申し出など、本来なら『馬鹿言ってんじゃねえ。明日も早いぞ』と一蹴できたはずだった。
けれどその勝負は、長野の実家では毎年恒例の行事でもあり、そして去年までの俺の、『引き分け挟んで九連敗』という屈辱の歴史もあいまって、『今年こそ……』という、妙な反骨精神を呼び起こしてしまった。
そして、三分を超える熱戦の末、最後は高二の男女の平均的な成長格差をフルに発揮して、やっとのことで俺が逃げ切り初勝利を収めたという、ある意味歴史的な瞬間に立ち会った本SSの読者諸兄は大変に運のいい方々だと改めてお祝いを申し上げる。
まぁ、だから『またエロ誤解系ガッカリイベントかよ成長しねぇなぁこの作品』などと舌打ちしたりしないでもう少しだけ付き合って欲しい。
「でもさぁ、よく見るとそこらじゅうに結構筋肉ついてんじゃん。オタクのくせに」
「オタクはオタクでも働くオタクだからな。去年なんか新聞配達にファミレスにレンタルショップに引っ越しに……」
「ほんっとだ……二の腕だけじゃなく胸板まで……うりうりっ、トモのくせに、トモのくせに~」
「ひゃんっ! や、だから触んな、指でつんつんすんな、あ、あふっ、ひぅんっ」
「お、太もももいつの間にかいい勝負になっちゃって~……ちょっとトモここで足伸ばして~……よっ、と」
「くっつけないで脚くっつけないでよみっちゃん!」
……ほら、何しろエロ誤解系イベントを、ほんの少しの工夫でガチエロ系イベントに昇華させてしまうことなど、目の前の美智留にとってはこのように朝飯前のことなのだから。
「さ、そんじゃ二回戦行くよ」
「いやもう無理腕動かねぇ」
「わかってるって~、今度はこっちこっち!」
「……今度はそっち、か」
そして、次に美智留が差し出してきたのはまたしても右手だったけれど、その手が作る形が、さっきと違っていた。
「こっちなら腕の力使わないから、今のトモでもできるよね」
「お前、相変わらず自分が勝つまで絶対に勝負やめないのな」
まぁ、そんなイトコのワガママに、勝者の余裕で苦笑しつつ、俺は、右手を美智留と同じ形にして差し出す。
そして次の瞬間、二人の四本の指が電車の連結部のように繋がり、鎌首をもたげた親指が早速様子を伺い始める。
「そんじゃ、用意、スタート!」
「よしっ!」
第二ラウンド、指相撲の始まりだ……
「よっ、とっ!」
「なんのっ!」
ほぼ腕力が勝負を分ける腕相撲と違って、指相撲の戦術は少し複雑だ。
指の動きのバリエーションで誘い、腕や体までも使って最適なポジションを取り、そして捕まえたら最後、握力で抑え込む……
そんな訳で俺たちは、まずは自分の親指が優位なポジションを取るため、様々な動作で相手のかく乱を狙い……
「そこだっ」
「うひゃひゃひゃひゃっ!?」
しかしそこで俺は、不覚にも美智留に先手を許した。
いや、それはだって、相手の起こしたアクションが、こっちのまるで想定してない種類のものだったからで……
「ちょっ、こら美智留っ!? お前何を今ここでどうしてそんなこと~!」
と、俺が5W1Hな叫びをあげる間にも、美智留のポジション取り攻撃はぐいぐい迫ってきた。
……具体的には、俺の正座してた両足の隙間に、自分の足を深くこじ入れてきたりとか。
「よしっ、取った!」
と、俺がそんな股間スレスレに来た超かく乱攻撃に動揺してる隙に、まんまと美智留は俺の親指をきっちり捕えてしまった。
「お前、ちょっとそれは汚な……うええええ~!?」
と、たかが指相撲に勝つために、女の武器を躊躇なく使う卑怯な戦術に、俺は抗議の声を挙げようとしたけれど。
「うりゃあああ~!」
「えええええ~!?」
だが、美智留の戦術ならぬ戦略は、そんな小さな勝利を目的としてはいなかった。
どうやら、俺は何かとんでもない勘違いを……いや、美智留の本質を理解していなかったのかもしれない。
「み、美智留……こ、これって……?」
「ん~? スモールパッケージホールド~!」
もはや美智留の親指は、俺の親指を掴んでなどいなかった。
ただ全身を密着させ脚を、腕を、首を絡め、俺の両肩を床へと押しつけることに全力を注いでいた。
「って、指相撲じゃなかったのかよ!?」
「あたしが、指相撲を、いつ、どこで、どうして、どんなふうにしようなんて言ったっけ~?」
「だってだって、こっちなら腕の力使わないって!」
「そうそう、プロレスは腕力に頼ってちゃ勝てない。テクニックが重要なんだな~」
「てめぇぇぇむぎゅううぅぅぅ~っ!?」
……ゴメン、こいつメインのSSだといつも同じ展開、同じオチで悪いね?
(了)
冴えない彼女の育てかた 特別公開SS/丸戸史明 ファンタジア文庫 @fantasia
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