冴えないアニメ化の祝いかた

※本SSは『冴えない彼女の育てかた6』発売時に「とらのあな」さんで配布されたものとなります。




「アニメ化に寄せてのメッセージ?」

「うん、この色紙にお願いしますって」


 いつもの夕刻、いつもの視聴覚室、いつものサークル活動……と思いきや、今日はいつもとは少し趣が違っていた。

 俺こと安芸あきともと、加藤かとうこと加藤めぐみが向かい合わせで座っている机の上には、一枚の色紙と、そして一枚の依頼書という名のプリントが置いてある。

 で、その依頼書の内容は『いつもお世話になっております』から始まり、『添付した色紙に、アニメ化についての祝辞などをお願いします』という事務的な文面が続き、最後に『冴えない制作委員会』という署名で締めくくられていた。

 ……どうでもいいけどこの委員会のネーミングはもう少し何とかならなかったんだろうか。


「そんなわけでさ、他のみんなはもう書き終わって、わたしたちが最後なんだって」


 と、そんな唐突で非日常な依頼が舞い込んできたにもかかわらず、変わらない日常の象徴とも言うべきその『冴えない彼女』な加藤は、やっぱり変わらずフラットなまま、俺にサインペンを差し出した。


「なぁ、加藤……こういうメタネタってどうなんだ?」


 けれど俺は、加藤のその、いつも通りのオールOKな態度に、どうしても納得ができなかった。


「オタク作品の中で一番扱いが難しく、少しでもやり方を間違えたら思いっきり嫌われて、ネット民に鬼の首を取ったように袋だたきに遭うのがメタネタなんだぞ? お前、それがわかっててこんな危険な依頼を軽く請けたのかよ!?」


 そう、メタは劇薬だ。いくらこの作品がかなり濃いめのオタク向けだとしても、そんなに多用していいものじゃない。

 例えば誰だって、自分がプレイしていたゲームのキャラに『実は俺たちがいるこの世界はゲームの中の世界だったんだよ!』みたいなこと言われたら『ふざけんな!』ってなるだろ?


「わ~この人がそういうこと言うんだ~」

「薄っ! 反応うっす!」


 けれど、そんな俺の、作品の将来を憂いた真剣な批判をよそに、加藤はやっぱりいつもながらの超フラットな反応で受け流す。


「だって、どうせアニメでも思う存分出てくるんだよね? その“めたねた”ってやつ」

「そんなことないもん! 中身の面白さで勝負だもん!」

「フラグだよね? ねぇ、それフラグだよね安芸くん?」

「やめてぇぇぇぃぃぃゃゃぁぁぁぁあああ~~~っっ!」

 いや、最近の加藤の、こういう素のツッコミってフラットって言うんだろうか……




「まぁ、決まっちゃったことなんだし、めんどくさいからさっさと書いちゃおうよ」

「お、おう……」


 アニメ化という、作品的にも商業的にもめでたい行事を、『めんどくさいから』で片付けるのもどうかと思ったが、加藤だからしょうがないと諦めて、俺たちは既にいくつかのメッセージで埋められた色紙を眺める。


「わ、さすが英梨々えりり。ちゃんとイラスト付きだよ」

「こういうところは本当に如才ないよなあいつ」


 色紙の中央、まず目に付くのは可愛い美少女イラストで彩られた装飾感満載のお祝いメッセージ。

 我がサークル『blessing software』の看板イラストレーターにして美少女同人作家、澤村さわむら・スペンサー・英梨々の描き下ろしだ。


「それで英梨々のメッセージは……うわ」

「どした加藤……げ」




『ちょっと! なんでキービジュが恵なのよ!?』




「…………」

「…………」


 と、俺たちがそのあまりにもアレなメッセージに気まずい思いで目を伏せると、今度はその真下に、やたらと力強く、そして達筆な文字が躍っていた。

 署名を見ると、そちらはどうやらサークルの最重要人物、シナリオライターにして美少女ラノベ作家、かすみおかうた先輩の直筆メッセージだ。

 最初はその達筆さのせいでよく読めなかったメッセージだが、目と頭を凝らしてよく読むと、そこにはとても直接的な言葉の刃が埋め込まれていたりした。




『加藤さん、あなた最近調子に乗っているのではなくて?』




「…………」

「…………」


 なお、彼女たちの主張の意味がわからない方々においては、アニメ版公式サイト(http://www.saenai.tv)を参照いただけたら幸いだ。

 それにしても、この二人の負け犬臭の半端なさはどうしたものか……


「あ、あのさ安芸くん。わたし別にキービジュアル担当、降りてもいいんだけど……」

「いや、悪いけど、制作の都合ってやつはサークル内の人間関係よりも重要なんで」

「え~」


 などと現実逃避の会話で誤魔化しつつ、次に俺が目にしたのは、右側に描き込まれている可愛い丸文字。

 その署名から、これはライバルサークル『rouge en rouge』の看板原画家に上り詰めた、才能豊かな中学生同人作家、しまいづちゃんのメッセージのようだった。




『わ、わたしの出番、あるんでしょうか……?』




「……大丈夫だよ出海ちゃん。この前、ちゃんとテープオーディションで選んだから」

「安芸くん……あなた本当に安芸くん?」


 さらに今度は左側、こちらのきったない字で殴り書きしてあるコメントは、署名なんか見なくても、その適当さからして誰だか丸わかりだ。

 ウチのサークルの音楽担当にして、アニソン系インディーズバンド『icy tail』の歌姫にして、残念ながら俺のイトコたるひょうどう美智留みちるのメッセージ。




『と~ぜん、主題歌はあたしが歌うんだよね?』




「ええと、それは音楽会社の意向というものもありまして当方で確約することは……」

「だから安芸くん、さっきまで“めたねた”に文句言ってたのは誰かな?」

「まぁそれは置いといて、そろそろ俺たちも書こうぜ、加藤」

「あ、うん」


 とりあえず、人のコメントにコメントを寄せてても仕方がないので、俺たちもサインペンを手にすると、色紙にさらさらとお祝いメッセージとやらを書き込んでいく。


「って加藤、お前、なんでそんな隅っこに書くんだよ? 仮にもメインヒロインなんだぞ?」

「だから、その“仮”ってのが一生取れる気配がないからじゃないかな? ……よし、できた」

 と、そんな投げやりな言葉とともに、加藤のコメントが色紙の右下の角っこにちょろっと書き上がる。




『わたし役の声優さんが早く決まりますように』




「だからな加藤、制作会社の都合って奴は、個人の願望よりもだな……」

「そんな委員会側の発言はもういいから、安芸くんはなんて書いたの?」

「俺か? 俺は……ちゃんとアニメ化に前向きなコメントで締めてやるぜ? どうだ!」


 と、俺はそんな気合とともに、色紙の上半分をまるまる使って一気にペンを走らせる。




『第二期が早く決定しますように』




「……ちょっと気が早すぎじゃないかな? 他にも先に二期をやるべき作品もあるっていうか」

「こういう話は早すぎて悪いことなんかなにもないんだよ!」

「そっかな? 一期が酷い出来なのに最終回で二期決定とか言っちゃって、引っ込みがつかなくなって誰もが幸せになれない作品もあるって聞いたよ?」

「言うなそういうこと言うな!?」




 TVアニメ『冴えない彼女の育てかた』二○一五年一月よりノイタミナで放送開始!

 注)脚本家が逃げた場合はその限りではありません。


(了)

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