機嫌悪い彼女のとらのあな

※本SSは『冴えない彼女の育てかた5』発売時に「とらのあな」さんで配布されたものとなります。



 二○一三年一一月某日。秋葉原。

 国内外のオタクや、それを食い物にしようとするキャッチ商法、その両方をマークする万世橋警察署、果てはオタクバッシングで糊口をしのぐテレビ局にまで絶対聖地と崇められるこの地は、今日もやっぱり元気いっぱいだった……ほんと懲りない街だよね。

 さて、今日はその元気な街をさらに賑やかにパワーアップする新スポットの前に俺、とよさき学園二年にして『blessing software』代表、安芸あきともは立っていた。


「見ろ、英梨々えりり……ここがコミックとらのあなの最新店舗、秋葉原店Cだ!」


 そこはいつもの、秋葉原のメインストリートである中央通り沿いにそびえ立つ、オタクの聖地の中の聖地、とらのあな。

 けれど実は、今俺が立っている場所は、いつもの場所からは微妙に外れていて……


「いいか、ここはな……」

「いつもの秋葉原店A、Bと中央通りを挟んで向かい側。同人誌・商業誌・古物と、一フロアに『とらのあな』のエキスを注入したコアショップとしてオープンした秋葉原の新名所、コミックとらのあな秋葉原店C……イベントフロアまで常設して完全に秋葉原を制圧しに来たわねユメノソラホールディングス。アクアプラスとも提携したし」

「ああっ、それ俺が解説しようとしてたのにっ! あと色々とデリケートなこと言うなよぅ!?」

「いちいちビルの前で暑苦しく語られてもお店の迷惑でしょ。さっさと入って用事済ませて帰るわよ」

「ちょ、ちょっと待てよ英梨々!」


 まぁ、そんなふうに、まるでHPの文言をコピペしたかのような解説を捨て台詞としてビルの中に入っていったのは、俺と同じく豊ヶ崎学園二年にして『blessing software』原画担当、ついでに金髪ツインテール幼なじみ、澤村さわむら・スペンサー・英梨々。

 一○年来の顔見知りである英梨々と俺だけど、実は二人一緒にとらのあなに入るのは、俺の数え切れない来店歴の中でも初めてのことだ。

 それはまぁ、数年にわたる俺たちの断絶期間や、超出不精で内弁慶な通販女子である英梨々の生活パターン等が重なった必然ではあったのだけど。

 けれど今回、その伝統を敢えて破ってまで、こうして英梨々が俺の巡礼に付き合って秋葉原にまで赴いたのには、まぁ、色々と向こう側に事情があったらしくて……




「開店記念のサイン色紙?」

「そう、先月描いて送ったのよ。ちゃんと『秋葉原店Cさんへ』って入れたから飾ってあるはず」

「へぇぇ……」


 エレベーターの中で英梨々が語ったその理由は、俺のような単なるお買い物とか開店記念キャンペーン目当てみたいな一般客とはちょっと傾向が……というか視点が違っていた。

 そうか、これがクリエイター目線という奴か……いや多分違うけど。

 けど、自分の描いたサイン色紙が飾られているのをわざわざ見に来るなんて、英梨々もまだ純粋な創作者の心を忘れてなかったんだなぁと、ちょっと嬉しくもこそばゆく……


「飾られてる場所によって、だいたいサークルの格がわかるのよね。今一度、自分の立ち位置を確認して、次に蹴落とすサークルをチェックしておかないと」

「うわ嫌なサークル目線!?」


 もう金輪際こいつに『純粋』という表現を使うのはやめよう……




「さて、着いたわね」

「…………」


 そして三階でエレベーターの扉が開き、店内に入った俺たちは、英梨々のサイン色紙を目指して店内を移動しようと……


「ええと、確か奥の方……あ、こっちよ倫也。早く早く」

「行けるかぁぁぁぁぁぁ~~~!!!」


 したところで、俺は必死に英梨々の腕を引っ張って、その動きを押さえ込んだ。

 なぜなら、英梨々が行こうとしたのは同人コーナーだったから……いや同人自体は別にいいんだけど。

 ただ、その入口に『一八歳以上の方はご遠慮ください』という看板が掲げられた成年同人コーナーだった日には……




「……どうしてよ」

「いや、どうしても何も駄目だろ」


 俺のその行為のせいで、英梨々はあからさまに機嫌を損ね、いつも以上にふてくされた態度で俺にぶ~たれた。

 ……一般商業コーナーで、かすみうたの色紙が一番目立つところに飾られていたのも、英梨々的に超ポイント低かったようだ。


「別に買い物する訳でもないし、立ち読みする訳でもないし、万引きする訳でもないのに」

「それでも……いや最後のはどこでもやっちゃ駄目だから」


 きっと俺が気にしてることは、英梨々だけでなく、他の高校生たちにとっても、それほど大した問題じゃないんだろう。

 店員さんたちは気を使っているだろうけど、そもそも一八禁コーナーに『入るだけ』なら、それほど目くじらを立てる必要なんかないってわかってる。


「とにかく、俺の見てる前でのルール違反は駄目」

「めんどくさ……」

「そういうの、ずっと前からわかってるだろ」

「…………」

「ちょっと会計済ませてくる」


 それでも俺には、たとえエロ同人誌の制作を手伝っても、倫理君と揶揄されても、何故かエロゲーの知識に詳しくても、愚直に守り続ける一線ってものがあるんだ。




「お待たせ。それじゃ帰るか」

「……勝手に帰れば?」


 レジから戻ってくるまでの短時間じゃ、英梨々の機嫌は元に戻る訳もなく……

 だから俺は、戦術をプランBに移行する。


「じゃあそうするけど、その前にこれ」

「なにこれ?」

「会計のとき、ポイントで交換してきた」

「え……」


 と、英梨々の前に掲げたのは、とらのあなのポイント交換グッズの『子虎ストラップコレクション』、秋葉原店Cバージョン。


「今日は、つきあってくれてありがとな」


 機嫌を損ねた英梨々に必要なのは、プレゼント。

 それも、どんなにちっぽけでもいいから、俺たちが二人でいたことの証明ができるもの。

 それが、とある女の子に教えてもらった、ちょっと卑怯なチート技。


「……あたしも会計済ませてくる」

「あ……」


 けれど、さすがにとらのあなにはドジョウはいなかったようで……

 英梨々は、俺のそのストラップを受け取らず、近くの雑誌を手に取ると、レジへと向かっていった。

 んだけど……




「ほら、倫也」

「これって……」


 レジから戻ってきた英梨々は、さっきの俺みたいに、俺の目の前に何かを掲げる。

 ていうかそれは、俺の手にある物と同じ、ポイント交換のストラップ。


「こんな些細なことであんたに借りを作る訳にはいかないから……はい交換ね」


 と、英梨々は自分の取ってきたストラップを俺に押しつけると、俺の取ってきたまったく同じストラップを強引に奪い、自分の鞄にさっさと取りつける。

 でもこれって……つまり……ペア……?

(了)

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