冴えない彼女の育てかた 8 イベント追加パッチ【霞ヶ丘詩羽編】
※本SSは『冴えない彼女の育てかた8』発売時に「とらのあな」さんで配布されたものとなります。
(このSSは、『冴えない彼女の育てかた 8』の第二章終了後にお読みください)
ギャルゲー、特に『とあるレーティングのパソコンゲーム』にカテゴライズされる商品には、発売時のショップ特典として『イベント追加パッチ』なるものが付属されることがある。
これは、本編にて、メインヒロインに比べ扱いが控えめであったり、エッチシーンが少なかったり、攻略できなかったりするヒロインの補完を目的に作られるミニシナリオで、本編中や本編終了後の時間軸で、メインストーリーに影響を及ぼさないイチャラブシーンや萌えシチュエーションなどを描写し『なら最初から本編に入れろよ』とユーザーに突っ込まれるところまでをセットにしたサービスコンテンツである。
さて今回、ショップ特典書き下ろしSSのネタが尽きてしまった某作者は考えた。
『そういえば俺、元々エロゲーライターだったんじゃね?』と……
「……着いちゃったわね」
「うん……」
校門で会って、喫茶店で駄弁って、そこから駅まで歩いて……
そして今、俺と
「それじゃ、今から電車に乗って、和合市で降りて、ホテルジェファーソンに泊まって、なし崩しで身体を重ねる取材を……」
「すいません俺明日も学校なんで!」
いやここが本当に最後の目的地だよ、お別れの最寄り駅だよ!?
「平日は登校しなくちゃならないなんて、高校って不便なところよね」
「詩羽先輩もそろそろ大学行こうねマジで」
そんな、普通の相手なら『じゃあまた~』であっさり別れるはずのその場所で、俺と詩羽先輩は、未だに同じような話題を蒸し返しつつ、グダグダと話を続ける。
「それじゃ……今度こそさよなら、
「ああ、さよなら、詩羽先輩」
「あ、でも、さよならというのは別れの言葉じゃなくて……」
「再び会うまでの遠い……じゃなくて!」
それは、なんというか、普通にカップルみたいでなんか……
あ、そういえば詩羽先輩、まだ俺の手を握ったまま離してないや。
「ねぇ倫理君、今日の“さよなら”は、あくまで今日限定よね? 明日以降にも適用される訳じゃないわよね?」
「当たり前だろ、またいつでも連絡してよ」
「…………」
「どしたの? 詩羽先輩」
「私気づいてしまったの、幸せ芝居の舞台裏に。電話をするのは私だけ。あなたから来ることは……」
「掛けるからこっちからもマメに連絡するから!」
いや、普通のカップルだったら、こんないつの時代の謎かけかわからん会話の応酬なんかしない。
「ま、でも、別に倫理君から連絡がなくたって、また適当に暇を見つけてぶらりと会いに行くわよ?」
「うん、もちろん歓迎だよ。暇ができたらいつでも……」
「あ、でも困ったわね。今の私、毎日が暇で暇で……これだと倫理君に毎日会いに行くしか暇をつぶす手段が……」
「あんた小説家だよねシナリオライターでもあるよねラノベシリーズと新作ゲーム抱えてるよね!?」
けど、何だかんだと無理矢理気味に会う理由を探し回るのは、やっぱりなんていうか、普通のカップルみたいで。
「……じゃあ、クリエイターとして、会いに来るならいい? スランプになったら、来てもいい?」
「詩羽先輩……?」
「あなたと、新作の構想について語ってもいい? 小説の新展開についてネタ出しをしてもいい? そうやって、モチベーションを取り戻してもいい?」
けれど、その無理矢理な理由の中身に、『
「まぁ、俺なんかで役に立つなら……別に、明日でも」
そんな魅力的な餌を目の前にぶら下げられたら、生粋の霞詩子厨は、涎を垂らしながら頷くしかできないに決まってて。
本当、信者の飼い慣らし方をよくご存じだな、このご主人様は。
「ありがとう……うん、ありがとう、
「……こちらこそ」
けれど、そんなふうに優位に立っているはずの彼女の口や態度から、そんな殊勝な可愛らしさが滲み出てくると、なんだか、なんだか……
「それじゃ、今度こそ」
「うん、今度こそ」
二人が改札に着いてから五本目の電車がホームに入ってくる。
その、区切りのいい本数を機に、ようやく詩羽先輩は、俺の手から、自分の手を離す。
……それを名残惜しいと思ってしまうところからして、俺は、自分の負けを認めて寂しそうに笑うしかなかった。
「……ほら、どうぞ」
「え、なに?」
と、そんな俺に、詩羽先輩は、離した両手を広げて、黒く病んだ……いや、白く慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。
「別に、あなたの方から求めてもいいのよ? 別れの抱擁」
「そんなハードルの高い行為を強要しないでよ!?」
で、俺の方はと言えば、そんな挑発の言葉についつい言うなりになってしまいそうなくらいに、やっぱり負けを認めるしかなかった。
「まだまだね倫理君。例えその気が一ミリもなくたって、そこでにっこり笑って女の子を抱きしめるくらいの度量がなくてどうするの?」
「いやだからだから一ミリもないわけじゃないところが事態をややこしくしてる訳で!」
「じゃ、今はまだ、私の方から……」
「あ……」
でもまぁ、せっかちな作家先生は、そんな俺のチキンな懊悩なんか意に介さず、一気に間合いを詰めてくる。
俺の鼻腔に、その黒髪の香りが届く距離まで踏み込み、自分の額をちょこんと俺の胸に当て、そして、自分の両手を俺の背中でぎゅっと結ぶ。
「それじゃあね、倫理君」
「うぁ……」
けれど、その針のムシロの上の恍惚は、ほんの一瞬で。
鼻をくすぐるシャンプーの香りも、体にまとわりつく窮屈な心地良さも、胸に当たる激しい動機の原因となるやわらかい物質も。
まさにあっという間に、春の夜の幻想になり果てる。
そして、俺から離れた後も、彼女はやっぱり意地悪な笑みを浮かべ、けれど少しだけ頬を紅潮させたまま……
「……また今度ね」
今度こそ、まったくこちらを顧みることなく、改札の中へと消えていった。
その姿は、あっという間に乗降客にかき消され、もうこの場には、何の痕跡も残すことはなく。
「……また、今度」
ただ、俺の胸の中に、卑怯で、めんどくさくて、モヤモヤして、気持ち良くて、嬉しくて、切なくて、息苦しい思い出だけを残した。
(了)
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