星がつたえる、星を見る――筑波研究学園都市
「やって来ました茨城県つくば市、つくばセンター!」
ゴールデンウィーク。秋葉原からつくばエクスプレスで四十五分、終点つくば駅。地下にある改札階から、十和ちゃんに案内されて地上に出ると、そこはバスターミナルだった。
「いやー、TXができて便利だ便利だ」
と十和ちゃん。つくばエクスプレスのことを、略してTXと呼ぶらしい。
「TX開業前にも、一度来たことあるんだけどさ。そのときはJR常磐線の土浦駅から、つくばセンター行きのバスに乗ったんだ。土浦と言えばシャフトだよね」
「……しゃふと?」
突然、話が見えなくなった。
「漫画の『機動警察パトレイバー』で、シャフトって会社の研究所が土浦にあるんだよ」
十和ちゃん理論では土浦=シャフト、新木場=廃棄物13号なのだと力説されたが、よくわからないので、今度その漫画(伯父さんの蔵書)を読ませてもらうことにする。
つくば市では、土日祝日にサイエンスツアーバスという循環バスが走っている。その一日乗車券を買うと、いろいろな研究機関の展示施設を見学して回ることができるのだ。路線図と時刻表を見ながら、十和ちゃんに尋ねる。
「ねぇ、十和ちゃんが『絶対見せたい』って言ってたの、JAXA筑波宇宙センター?」
「そこも後で行くよ。でも最初は、国土地理院!」
ツアーバスのチラシを読むと、国土地理院には「地図と測量の科学館」があるらしい。でも、何でコレをわたしに見せたいのかな、と思いつつ、来たバスに乗る。
そして国土地理院前でバスを降り、敷地内に入ると十和ちゃんは、科学館とは全然違う方向を指さす。
「見よ! アレが、直径三十二メートルのパラボラアンテナ(注3)だ!」
「え? えええっ!?」
科学館とは少し離れたところに、白いパラボラアンテナがまっすぐ上を向いて立っている。何あれ、大きい!
「比較的行き易いところで、大口径アンテナの実物見せようと思ったらココだよなーと」
驚いているわたしを眺めつつ、うんうん頷いている十和ちゃん。
「あれが三十二メートルってことは、野辺山や臼田はもっと大きいんだね……」
「臼田は直径六十四メートル。直径が二倍だから、面積は四倍。凄くデカいよ」
アンテナのほうへ歩きながら、十和ちゃんが説明してくれる。
「筑波は測地用だから、動きがめちゃくちゃ速いんだ。野辺山や臼田のアンテナの駆動速度を見慣れてると、気持ち悪いくらいブンブン首を振る」
「そくち?」
「地面を測ること。アンテナにも〈星がつたえる大地の動き〉って書いてあるんだけどさ」
サッパリ意味がわからない。
「んーとね、よその銀河ってさ、地球から見て、ものすごく遠くにあるから、いつ観測しても動かないと思っていいんだよね。でも何回も観測して、動かないはずの銀河が動いたように見えたら、それは銀河じゃなくて足元の地面のほうが動いてる。……で、わかる?」
わかったような、わからないような。
「まぁとにかく、国土地理院だから地面の動きを測るのが仕事で、天文観測用アンテナじゃないんだよ。ただ空き時間には、日本全国の大学が持ってるアンテナと一緒に天文観測もしてる。最近は、すぐ近所の筑波大学が、新しい観測装置載せて頑張ってるらしい」
「へぇー」
それから、地図と測量の科学館へ入ってみる。意外に楽しい(地理院さんゴメンなさい)。地図記号当てクイズが難しい……昔、社会で習ったはずなのに、忘れてる……。
ツアーバスに乗って、次は、つくばエキスポセンターに向かう。昔、つくばで科学万博が開催されたときのパビリオンだった建物で、今は科学館。プラネタリウムもあるし、3Dシアターでは4次元デジタル宇宙ビューワー「Mitaka」を上映していた。
「Mitaka」というのは国立天文台の人達が中心になって開発した、空間3次元+時間1次元を見ることができる立体映像(?)らしい。天文台の本拠地の三鷹キャンパスにも、もちろんシアターはあるけれど、前に十和ちゃんと三鷹に行ったときは事前予約制だと知らなかったんだよね。ここは、その場で空いていれば入れた。というわけで、専用メガネをかけ、立体の宇宙を堪能する。目の前を横切る星を手で掴めそう!
さらにツアーバスに乗って、本日最後の目的地、JAXA筑波宇宙センター。宇宙科学研究所、航空宇宙技術研究所、宇宙開発事業団の三つが合併してJAXAになる前は、宇宙開発事業団だったところ。ここで宇宙飛行士が訓練したり、人工衛星を追跡したりするのだそうだ。展示スペースには、過去に打ち上げてきた人工衛星がズラリと並んでいて、国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟の実物大モデルもある。
夕方のサイエンスツアーバスに間に合うギリギリまで見学して、退館。星と宇宙三昧の一日で、とても楽しかった。バスを待ちながら、十和ちゃんがボソッと呟く。
「本当は、つくばで見たい場所がもう一つあるんだけど、ツアーバスじゃ無理だしなぁ」
「どこ?」
わたしが訊くと、十和ちゃんはニヤッと笑った。
「『星を見る少女』って都市伝説、知ってる? 深夜に、アパートの窓辺で毎晩星を見ている美少女がいるんだって。その女子に惚れた男子が意を決して部屋を訪ねたら、実は――っていう怪談。昔来たときは知らなかったんだけど、舞台が筑波大学の学生宿舎らしいんだ。普通の路線バスだったら行けると思うんだよね」
「……か、怪談はやめよう怪談は。もう遅くなるし」
滅多につくばに来ないのに惜しいなぁ、と残念がる十和ちゃんを引っ張って、わたしたちは大人しく帰途についた。
(注3)国土地理院筑波32mアンテナは、平成28年(2016年)末に役割を終えて、翌3月末までに解体撤去される予定です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます