本当は目立ちたがりなの見上げてよ大気圏アトモスフィアで散華するから



 十二月になってすぐ、佐藤弓生さんの二冊目の歌集、『眼鏡屋は夕ぐれのため』が実はもう出版されていると知り、慌てて書店で注文した。

 届いた本を取りに行った日は、もう遅くて、外は真っ暗。前みたいに喫茶店に入りたかったけれど、そういうわけにもいかず、クリスマス・ソングが流れる商店街を後にする。

「あれ。十和ちゃん」

 商店街から住宅街に入ってすぐの自動販売機の前で、十和ちゃんが、立ったまま缶コーヒーを飲んでいた。

「お、みっちーじゃん。奢ってやるから、一緒に飲んでけ飲んでけ」

 わたしの家も十和ちゃんの家も、ここからだったら帰ったほうが早いくらいの距離なのだけれど、せっかくなのでお相伴にあずかることにする。

「十和ちゃん、今日は何かあったの?」

 珍しい、と言ったら怒られそうだけれど、十和ちゃんがほんのりお化粧をして、ロングスカートをはいていたのだ。ちょっと日が早いけれど、研究室の忘年会でもあったのかな、と思っていると、

「〝勇気を出して初めての告白〟」

「……は?」

「んー、みっちーの年だと知らないか、あの番組」

 番組はともかくとして、

「こくはく?」

「玉砕したけどね」

 苦笑いして、ズズーッと缶コーヒーを飲む十和ちゃん。わたしは天地が引っ繰り返るほどの衝撃を受けて、叫んだ。

「十和ちゃんが? 誰に?」

「研究室のセンパイ。……あー、みっちーは会ったことあるね。オープンキャンパスのときに、説明聞いてたでしょ。あのセンパイ」

 あの、丁寧な。顔はもうあんまり思い出せないけれど、十和ちゃんに似てる、と言われて嬉しかったことだけは、よく覚えている。でも……あのセンパイ?

 ほとんどパニックに近い状態で、わたしが返事もできずにいると、

「一緒にオーストラリアに観測に行って、星座を教えてもらったりしてから、いいなーと思ってたんだよね。で、意を決して告白したわけだ。でも、カノジョいるんだって。地元の九州にいたときから、何年もつきあってるらしい」

 何も訊いていないのに、十和ちゃんはよく喋る。――喋りたいのかも、しれない。

「慣れない化粧までしたけど、バカみたいだよねぇ……」

 また一口、十和ちゃんが缶コーヒーをすする。どう相槌を打てばいいかわからず、わたしも並んでコーヒーを飲むしかなかった。

 そのとき、住宅街の上の夜空で、一瞬何かが光った。

「そっか。ふたご座流星群か、今」

 十和ちゃんがつぶやく。そういえば、朝のテレビでそんなことを言っていた。でも、

「ふたご座流星群って、十二月十四日じゃないの? 忠臣蔵の日でしょ?」

「十四日は極大。その日が一番、流れる星の数が多いってだけで、その周辺の他の日も見えるんだよ。あ、また光った」

 そう言って、夜空を指さす。でも、わたしは星ではなく、十和ちゃんをじっと見ていた。

 十和ちゃんが、わたしの知らないところで、わたしのよく知らない人に、恋をしていた。それが、ものすごくショックだった。

 わたしは十和ちゃんに、そういう話をしたことがなくて。十和ちゃんからも、聞いたことがなくて。何となく、わたしと十和ちゃんは同じだと、ずっと一緒にいられると思っていたのかもしれない。

 ――そんなことはないのだ、という事実を、突きつけられた気がした。

 今回は失恋しちゃったけれど、十和ちゃんにもいつかは恋人ができて、結婚したり、子供ができてお母さんになったりするかもしれないのだ。それは、わたしには手の届かない、十和ちゃんの人生。だって、わたしと十和ちゃんは別人なんだから。

 〝別人なんだから〟、という言葉が、自分でも酷く苦かった。わたしはきっと、ずっと、十和ちゃんになりたかったんだ。なれないけれど。絶対に、なれないけれど。

「本買ったんだ? 何の本?」

 わたしが提げている書店のビニール袋を見て、十和ちゃんが尋ねてきた。

「うん。これ、短歌の本」

「短歌って、『みだれ髪』とかそういうの?」

「そうなんだけど……」

 思い切って、わたしは、その言葉を口にした。

「あのね、十和ちゃん。わたし、短歌を作ってみようと思うんだ」

 十和ちゃんが、ちょっと驚く。

「それでね。……もし、歌ができたら、十和ちゃん見てくれる?」

 おずおずと訊くと、十和ちゃんは驚いた顔から、やがてにっと笑った。

「楽しみにしてる」

 目の周りのお化粧が少し崩れた、その笑顔を見て。

 ――ああ、やっぱり十和ちゃんって綺麗だなあ、と思った。

「あ」

 またひとつ、夜空に星が流れた。



End.

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