太陽が死ぬ日を想うアルコールランプが尽きて消えゆくように



 いとこの十和とわちゃん、十和子姉ちゃんの話は、いつだって唐突に始まる。

「『このライターの火をつけたら、永遠に生きられる』って言われたら、火をつける?」

「ライター?」

「いや、まー、ライターであることに、特に意味はない。みっちー、ヨースタイン・ゴルデルの本、好き? 読むなら貸すけど」

 ぽんぽん内容が飛ぶのも、十和ちゃんの話の特徴だ。ところで、わたしの名前は未知恵みちえ。みっちーと呼ぶのは、十和ちゃんだけである。

「前に貸してくれた『ソフィーの世界』は、面白かったよ」

「最近、ゴルデルの『マヤ』って本を買ってさ。作家と生物学者が登場するんだけど、その作家が生物学者に訊くんだ。このライターの火をつけたら永遠に生きられるとしたら、君は火をつけるか?」

 やっと、話がつながった。わたしは尋ねる。

「生物学者は、何て答えたの?」

「迷わず火をつける。作家も、火をつけるタイプの人間」

「十和ちゃんは?」

「つけないなぁ」

 十和ちゃんは即答した。

「作家曰く、人間は、永遠を心底欲しがるタイプと、全く欲しがらないタイプの二種類に分類できるそうだ。みっちーはどっち?」

「……つける、かも」

 考え考え、わたしは答える。

「永遠が欲しいかどうかはわかんないけど、死ぬのはちょっと怖い」

 死ぬということは、わたしはこの世界からいなくなるということで。死んだあと、死後の世界とやらに行くのか、〝わたし〟という存在がまるっきり消えてしまうのかは、わからないけれど。

 消えてしまうと考えると――ものすごく怖い。

「じゃ、作家賛成派だね。あたしとは逆だ」

「十和ちゃんは、死ぬのが怖くないの?」

「怖いことは怖いけど、永遠に生き続けるほうが嫌だね。手塚治虫の『火の鳥』って読んだことある?」

「ない」

「二巻の『未来編』では、核戦争で地球が滅亡しちゃう。だけど、火の鳥に不死を与えられたマサトだけは、どんだけ自殺しようとしても死ねない。たった一人で、何千年も何万年も過ごす破目になる」

「う……それは、ちょっと嫌かも」

 たじろいだわたしに、笑いながら十和ちゃんは続ける。

「ま、海の中の単細胞生物から進化やりなおして、数十億年後には人類が復活して終わるんだけど。でも、もっと長生きしちゃうと、絶対ヒサンだよ」

「何で?」

「太陽が死ぬから。当然、地球も生物が住める環境じゃなくなる」

「……死ぬの?」

「死ぬよ。あと、五十億年かそこらで」

 カンタンなことのように、十和ちゃんは言う。

「太陽って今、中で水素を燃やしてヘリウムに変えるときのエネルギーで光ってるんだけど、いつかは水素を使い切るワケ。そしたら今度は、ヘリウムを燃やして炭素に変える」

「ヘリウムって、ガスを吸ったら声が変わる、アレ?」

「そーそー。そのヘリウムを使い切っちゃうと、燃料おしまいなんだな、太陽は」

「炭素はダメなの?」

「太陽の場合はね。太陽の三倍とかより重い星だと、炭素に点火できるんだけど。で、ヘリウムを使い切る頃には、外側のほうのガスは宇宙空間に全部流れ出ちゃってて、中心部分だけが残ってる。これを白色矮星と呼ぶ。英語で言うとホワイトドワーフ、白い小人。七人の小人は白くないけど」

「は?」

「白雪姫に出てくるでしょ、小人。あれドワーフなんだよ」

 十和ちゃんの話についていくのは大変だ。きょとんとしているわたしを残して、勝手に本題に戻る。

「白色矮星ってのはもう燃料全然持ってなくて、余熱で光ってるようなモンだから、時間の経過とともに、どんどん冷めていく。人間だって、死んですぐは体温が残っているけど、あとは冷たくなっていくだろ。てことは、白色矮星は太陽の死体だ」

「……そのたとえは、ちょっとどうかと……」

 わたしの抗議を意に介さず、十和ちゃんは解説し続ける。淡々と。

「冷めるにつれて、次第に光も弱くなっていく。永遠に生きるってことは、太陽だったモノの光が完全に消えてあたりが真っ暗になるのも、ずっと見てるってことだよ。もちろん、とっくの昔に地球上の生命は全滅」

 十和ちゃんの話し方のせいかもしれないけれど、だんだん、ぞっとしてきた。

「太陽があった場所には、燃えカスだけが残ってる。あるんだけど、光ってないから見えない。どこか他の星から知的生命体が観測したとしても、そこにあることがわからない。誰の目にも触れることなく、真っ暗な宇宙空間の中で、ただ存在し続けるしかない――」

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