六
百三十七億年にくらべれば些細なことが些細じゃなくて
「あれ、みっちー。もう授業終わったの?」
学生食堂の自動販売機前のベンチで缶ジュースを飲んでいると、十和ちゃんに声をかけられた。
「……まぁねー」
友達はみんな六コマ目を履修しているのだけれど、わたしは今日はもう終わり。何となく、すぐに家に帰る気になれなくて、学食で時間を潰していたのだった。
「いやぁ、研究室でジャンケンに負けちゃってさ。人数分、缶コーヒー買い出し」
と言いながら十和ちゃんは、どすん、とわたしの隣に腰を下ろす。
「……買い出しなんでしょ? 急がなくっていいの?」
「いーのいーの」
十和ちゃんはマイペースだ。わたしのほうが、ちょっと心配になってしまう。
「町田さん、友達?」
ふと見ると、十和ちゃんと一緒に来たらしき、男の人が一人。
「あ、センパイ。イトコです、この子」
「じゃ、俺がコーヒー持って帰るけん、ゆっくりしよっていいよ」
そう言うと、その人はすたすたと自販機のほうに歩いていった。本当にいいのかなぁ、とますます心配になったけれど、十和ちゃんはお構いなしに話しかけてくる。
「今日は、いつもの学科の子と一緒じゃないんだね」
「悦ちゃんたちは、教職とってるから」
教職課程の授業を受けると、中学・高校の国語の先生になれるのだ。でも、わたしはなる気がない、というか、わたしに先生が務まるとは思えないので、最初から履修していない。じゃあ何になりたいのか、と問われると困るけれど。
学科の友達で、教職以外の授業でよく一緒に行動する子は何人かいる。けれども、みんなサークルやアルバイトで忙しく、学外で遊んだことはまだない。わたしは、サークルもアルバイトもしていない暇人なので、授業が終われば書店をぶらぶらして帰り、家で買ってきた本を読む、という生活を送っている。
しかしそんな姿が、傍目には今時の女子大生らしく見えないらしい。
「……家で、『ちゃんと、大学に友達いるの?』って、訊かれちゃったよ」
「叔母さん?」
「うん」
わたしのお母さんは、お洒落して街にお出かけして、服を買ったりランチを食べたりするのが好きだ。お母さん本人が好きなのは構わないのだけれど、〝女の子は普通みんな、お洒落や買い物が好き〟だと思っている。
「『若い女の子なんだから、休みの日に友達と一緒にショッピングに行ったりしなきゃ』って言われたんだけど……服とか、あんまり興味ないんだよね」
「あー、わかるわー。もし服買うにしても、一人で行ったほうが気楽だし」
うんうんとうなずく十和ちゃん。
「ま、あたしが『わかる』って言ったら、叔母さんは余計にビミョーな顔しそうだけど」
言葉に詰まる。お母さんの、〝よくわからないもの〟を見る表情が、簡単に想像できて。
友達とショッピングはしないけれど、十和ちゃんと本の貸し借りはしょっちゅうする。『あの子は、ちょっと変わってるし……普通の友達、いないでしょ?』と言われた。
要するに、お母さんは、わたしが十和ちゃんと仲良くするのが嫌なのだ。そう思うと、まるで石を飲み込んだみたいに胸がずんと重くなって、家に帰りたくなくなる。
しばらく黙りこんでいると、十和ちゃんが言った。
「あたし、もうすぐ誕生日だ。今、二十二」
「あ、そうだね」
「みっちーはまだ十八か。若いなー」
「若いってほどじゃ」
話の展開は見えないけれど、とりあえず合わせる。
「宇宙の年齢に比べれば、十八年とか二十二年とかあっという間の話なんだけど。生きてる当人にとっちゃ、いろいろと厄介で大変なんだよねぇ……」
はあ、と深く息を吐く十和ちゃんに、わたしも釣られてため息をつく。
「ホント、そうだよねぇ……」
そのまま二人で、自動販売機のほうを眺めてぼーっとする。一人、また一人と学生がやってきて、コーヒーやジュースを買っては立ち去っていく。
「さっき、あたしが声かけた時さ。みっちー、死にそうな顔してたよ」
「死にそう? 自殺とかしそうってこと?」
ぎょっとして訊き返す。さすがに、そこまで思い詰めてはいないので。
「んー、考え事しながら歩いていて、気づかずふらふらーっと道路に出ちゃいそうな感じ」
それは、自分でも何となく同意できる気がした。ただ、そんなに周囲に負のオーラを放っていたのかと思うと、ちょっと恥ずかしい。
「実を言うとね、最初にみっちーに気づいたの、あたしじゃなくて、センパイ」
「センパイって、さっきの……」
「もちろん、みっちーが誰かなんて知らなかったハズだけど。センパイが不思議そうな顔でベンチのほうを見てたから、『何だろう?』と思ってあたしも見たら、みっちーだったわけ。だからセンパイ、あたしが油売ってても、うまいこと研究室で説明してくれると思う」
そう言って、十和ちゃんは少しだけニヤッと笑って立ち上がる。
十和ちゃんが奢ってくれたので、わたしは二本目の缶ジュースを飲んだ。
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