七
重すぎて支えきれずに潰れてくブラックホールにどこか似てるわ
わたしが通う大学では八月、高校生対象のオープンキャンパスが開催される。
もう大学一年生であるわたしには本来関係ないイベントなのだけれど、十和ちゃんの研究室が受験生にアピールするための展示を出しているとかで、見に行ってみた。
学内は何となく文化祭みたいな雰囲気で、天文研究室のエリアには、星や銀河の綺麗な写真の入ったポスターがいっぱい飾られている。十和ちゃんは、熱心な高校生に何か説明しているみたいだ。忙しそうだから、また後で来ようかな、と考えていると、
「あれ」
横から声をかけられた。
「確か、町田さんのいとこ、やったっけ?」
振り向くと、見覚えのある男の人。自販機のときのセンパイだ。
「町田さんに用? ああ、でも今、解説中みたいやね」
「いえあの、ちょっと覗きに来ただけなので、いいんです」
わたしがわたわたしていると、センパイはくすっと笑って、
「暇だったら、町田さんの手が空くまで、何か説明しよっか?」
「え……えっと、その」
わたしの立っているすぐ横に、『星の一生とブラックホール』というタイトルのポスターが貼ってある。とっさに、それを指さした。
「ブラックホール。その、ブラックホールって、どうしてできるんですか」
「んとな。宇宙にある星って大体水素でできとって、水素からヘリウムを合成するときのエネルギーで、自分の身体を支えとるんよ」
わたしのとってつけたような質問に、センパイはどこかの訛りの入った柔らかいイントネーションで、丁寧に答えてくれた。
「水素からヘリウム、ヘリウムから炭素、って感じで次々変わってくんやけど、中身が全部鉄になったら、もう他の物質に変われんけん、身体を支えられんくなる」
「……支えられないと、どうなるんでしょう」
「中心に向かって星全体が自由落下していく途中で、お互いにぶつかって、超新星爆発を起こす。爆発で吹き飛ばんかった分は、中心に圧縮されて、中性子星やブラックホールになる」
「はあ」
わかったような、わからないような。知らない言葉が出てきたし。
「……チュウセイシセイ?」
「全部、中性子でできとる星のこと。……中性子、わかる?」
「高校の理科で習ったような……十和ちゃんに聞いたことがあるような……」
おぼろげな記憶を、何とかたどる。「プラスの陽子と、マイナスの電子と、中性の中性子があるんでしたっけ?」
「そうそう。物質は普通、陽子と中性子でできた核の回りを電子が回っとるけど、すごい力で圧縮されるから、陽子と電子が全部くっついて、中性子だけの星になる」
「それで、チュウセイシセイ」
何となくわかったような気になって、さらに訊いてみた。
「その、チュウセイシセイになるのと、ブラックホールになるのは、何が違うんです?」
「超新星爆発の後に残る、物質の量やね。中性子の状態で支えられる重さにも、限界があるんや。物質の量が、その限界をちょっとでも超えとったら、潰れる」
「潰れる?」
「中心に向かって、どこまでも際限なく落ちていく。すごい狭い範囲に大量の物質が圧縮されてな、そこに近づいたら光ですら出てこられんくらいに重力が強くなる。それで、宇宙に真っ黒い穴が開いたみたいに見えるけん、ブラックホールって言うんよ」
「はあ……」
どこまでも落ちていく、というのはイメージしづらくて難しかったけれど、思いついたことをぽろっと呟いた。
「ラクダの背中のわら、みたいですね」
きょとん、とするセンパイ。慌ててわたしは言葉を続ける。
「『最後のわら一本がラクダの背を折る』、っていう外国のことわざがあるんです。ラクダの背中にはたくさん荷物を積めるけど、それが限界ギリギリだったら、最後にものすごく軽いわら一本を追加しただけでも、背骨が折れてしまうんですって」
わたわたと言い募るわたしを見て、センパイはまたくすっと笑った。
「ああ、やっぱ町田さんのいとこやね。似とうなぁ」
「……似てます?」
「うん。似とる」
何を以て「似てる」と思われたのかはわからないけれど、十和ちゃんに似てる、と言ってもらえるのは、ちょっと嬉しかった。
「あれ、みっちー。と、センパイ」
高校生への説明が終わったらしい十和ちゃんが、わたしとセンパイが喋っているのに気がついて、不思議そうな顔をしている。
それがおかしくて、わたしはセンパイと顔を見合わせて、ふふっと笑った。
その日の夜。
「休みなのに、大学行ったの? 一人で?」
という些細な言葉がきっかけで、わたしは、お母さんと大喧嘩した。
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