無限とか永遠なんて欲しくない いっそ弾けて壊れてしまえ



 八月生まれの十和ちゃんの誕生日をお祝いするために、二人で食事に出かけたはずだったのに。わたしは、お母さんとの大喧嘩について盛大に愚痴ってしまった。

「本っ当に、不思議そうに言うんだよね、お母さん。友達と映画でも見に行けばいいのに、って。悪気はないんだろうけれど、お母さんの好みを押し付けないでほしい……」

「そりゃー無理だよ。『押し付けてる』と思ってないもん」

 あっけらかんと、十和ちゃんは言う。

「じゃ、どう思ってるの」

「叔母さんはね、ナチュラルに、叔母さんとみっちーが同じ人間だと思ってるよ。多分」

 わたしはぽかんとした。

「時々いるんだよね、〝AさんとBさんは違う人間だ〟ってことがわかってない人」

 うんうん、と一人でうなずく十和ちゃんを眺めているうちに、じわじわと、十和ちゃんの言葉の意味がわかってきた。

「あー、それは確かに『押し付けて』ない……同じなのが、当たり前なんだ……」

 だからお母さんは、わたしが一人で家で本を読んでいたりすると、〝よくわからないもの〟を見る表情で見るんだ。楽しくないのに、何でそんなことしているんだろうって。

「……でも、わたしとお母さんは、別人だよ?」

「うん。みっちーは、〝みっちーと叔母さんは別人だ〟ってことがわかってる。でも叔母さんはみっちーじゃないから、〝みっちーにはわかること〟がわからない」

「わからないの?」

「『わからない』と思って接してたほうが、こっちの気が楽だよ。わかってくれたらラッキー、程度で」

 そう言うと、十和ちゃんは苦笑いした。「顔が多少似てたって、別人なのにねぇ」

 わたしは、どちらかと言うとお母さん似だと、みんなから言われる。自分では、そうは思っていないのだけれど。

 十和ちゃんとわたしの会話が途切れると、急に、お店でかかっている曲が聞こえるようになった。フォーエバー・ラブとか何とか歌っている。それまでも耳に入ってはいたのだろうけれど、聞き流していたのだ。誰の歌だったっけ、とつらつら考えていると、

「宇宙って、閉じてたほうがいいと思うんだよね」

 ……十和ちゃんの話が飛ぶのは、いつものことである。いつものことだけど、今日はいったいどういうつながりなんだろう。

「その、〝閉じてる〟って何?」

「宇宙って三種類あるんだよ。閉じた宇宙と、開いた宇宙と、平坦な宇宙。まー、平坦な宇宙も開いた宇宙の一種なんだけど」

 サッパリ意味がわからない。

「アインシュタインが、重力を時空のゆがみで説明したんだ。どれくらい曲がってるかを示す曲率って数字があって、これはゼロか、ゼロより大きいか小さいかの三種類なわけ」

 何が曲がっているのかわからないけれど、数字としては確かにその三種類だと思う。

「二次元でイメージすると、曲率がプラスの宇宙は球。閉じてる。曲率がゼロだと、平面。マイナスだと、乗馬のくらみたいな形。この二つには果てがなくて、開いてる」

「……鞍の形はピンとこないけど、球が〝閉じた宇宙〟で、平面が〝平坦な宇宙〟?」

「そーそー。宇宙は一三七億年前に大爆発、ビッグバンで一点から始まって、今までずっと膨張してる。これからも広がり続けるのが、開いた宇宙。途中で膨張するのをやめて、縮み始めるのが閉じた宇宙。膨張率がどんどんゼロに近づいていくのが平坦な宇宙、らしい。宇宙論はあたしも自信ない」

 十和ちゃんも自信がないものがわたしにわかるわけがないので、黙って先を聞く。

「宇宙の中にある物質は重力でお互いに引き合うんだけど、物質の量が多いと、膨張速度にブレーキがかかって縮み始めるんだ。で、閉じた宇宙は最終的に、一点に戻って消えてしまう。ビッグクランチ。ビッグバンの逆だね。でも、開いた宇宙と平坦な宇宙は物質が少なくて、広がるにせよ何にせよ一点には戻らない。宇宙はずっと、存在し続ける」

「存在して、どうなるの?」

「星とか銀河とか、今光っている物を光らせているエネルギーがいつかは尽きるから、全部消えるはず。宇宙全体が真っ暗になって、それでも存在し続ける。文字通り、永遠に」

「永遠に……」

 オウム返しにつぶやいて、はたと気がついた。

「……フォーエバー?」

 さっき、店内に流れていた曲の歌詞だ。きっと、それを聞いて連想したのだろう。

「永遠、って怖いと思うよ、あたしは」

 そう言えば、前にヨースタイン・ゴルデルの話をしていたときも、永遠は嫌だと言ってたなぁ。太陽の燃料が尽きて、消えてしまうんだっけ。

「そんな状態で存在し続けるくらいなら、ぱーんと派手に大爆発でもしたほうがいい」

 しみじみと言う十和ちゃんの顔を、改めてじっと見つめる。

 わたしと十和ちゃんはいとこだけれど、わたしのお父さんと十和ちゃんのお母さんが姉弟で、わたしはどちらかと言うとお母さん似なので、十和ちゃんとは似ていない。

 十和ちゃんは、大人になって、あの写真立ての中の伯母さんに、そっくりになってきた。

 写真の伯母さんは、十和ちゃんの幼稚園の入園式なのでお洒落している。いっぽう十和ちゃんは、スカートは滅多にはかないし、お化粧もあんまりしないし、髪は長いけれど無造作に結んでいる感じで、お洒落とは無縁な格好なんだけれど。

 何だか急に、十和ちゃんって綺麗だなあ、と思った。

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