五
カムパネルラどこを探せば「ほんとうの
十和ちゃんが、オーストラリアから帰ってきた。
「はい、お土産」
と、わたしの家まで持ってきてくれたのは、いかにもオーストラリア土産らしく、カンガルーのぬいぐるみ。
「有難う。お腹の袋がないから、この子、男の子だね」
わたしが言うと、
「売り場には、雌もあったんだよ。お腹の袋から、子供が顔を出してるの」
「へぇ、可愛い」
十和ちゃんは、ニヤッと笑う。
「袋の中をのぞいたら、子供、首までしかなくてさ」
「…………」
それは、ちょっとシュールな絵かも。買ってきてくれた子が、雄で良かったと思う。
「ところでさ、十和ちゃん。オーストラリアの、いったいどこに行ったの?」
出発前にも聞いたのだけれど、そのときは「さあ?」という、何とも頼りない答えが返ってきたのである。どうやら、十和ちゃん自身もあまり把握していなかったらしい。
今回は、非常に簡潔に答えてくれた。
「モプラ」
「……ごめん。それ、どこ」
「オーストラリアの地図で言うと、右下らへん。シドニーと同じ州」
ものすごく大雑把な説明だが、詳しく説明されたところで、わたしもオーストラリアの地理はわからない。ある意味、正しい選択ではある。
「山奥に、観測所があってね。まあ、観測所なんてどこも、辺鄙なところにあるんだけど。モプラも、観測所のフェンスのすぐ外で、野生のカンガルーだかワラビーだかが跳ねてた」
「すごーい! 写真、撮った?」
「撮るには遠すぎたんだよ。あいつら、保護色だし!」
デジカメで写真を見せてもらったけれど、確かに、どこにいるのか、そもそも何を撮ったのかわからない残念な写真になっていた。十和ちゃんもつねづね、「あたしに写真の腕はない」と公言している。
ついでに、他の写真も見せてもらう。
「あ、それ『魔女宅』みたいだろ? そりゃまー、アニメほど立派じゃないけどさ」
と十和ちゃんが言ったのは、道路の真ん中に時計塔が建っている写真。言われて、『魔女の宅急便』の映画の中で、主人公が住んでいた町に大きな時計塔があったことを思い出す。
「観測所の近くに、と言っても車で移動だけどさ。クーナバラブランって町があって、そこで撮ったんだ。ここ、夜になると、すごいんだよ」
珍しく、力説する十和ちゃん。
「通りを歩いてて、周りは普通に街灯とか点いてるのに、空を見上げたら満天の星空なんだ。天の川がくっきり見える」
「町の中なのに?」
「もちろん、山奥のモプラのほうが綺麗だったけどね。オーストラリアに着いて初めて星を見たのがクーナバラブランだったから、あれは衝撃的だったなー」
十和ちゃんは一人で、うんうんとうなずいている。
「あたしは天文をやってても、星座とか全然わからないんだけど。一緒に観測に行ったセンパイが詳しい人で、天の川を指さしながら教えてくれたんだ。あれが白鳥座の北十字。あれが蠍座。あれが南十字星。あれがコール・サック」
「コール・サック?」
「石炭袋、っていう名前の暗黒星雲。自分より後ろにある星とかの光を遮るもんだから、そこだけ星空に穴が開いたみたいに真っ黒く見える。『銀河鉄道の夜』にも出てくるよ」
「……あったっけ」
わたしも、十和ちゃんから文庫本を借りて読んでいるが、細かいことは覚えていない。
「ジョバンニが銀河鉄道に乗ってすぐ、北十字を通過する。車内で、女の子から蠍の火の話を聞く。女の子たちは南十字で降りて、カムパネルラと二人きりになる。石炭袋を見た直後に、カムパネルラもいなくなってしまって、ジョバンニは目を覚ます」
さすがは十和ちゃん、何も見ずにすらすらと物語の筋を話す。
「クーナバラブランで夜空を見上げながら、ああ、今あたしは、ジョバンニとカムパネルラが旅した道を見てるんだ、って思った。最初から最後までいっぺんに。そう思ったら、何か、すごく感動した」
十和ちゃんの脳裏には、きっと、そのとき見た天の川が甦っているんだろう。わたしも、その星空を見たいと思った。
「列車からいなくなったカムパネルラは、どこへ行ったんだろう。あの天の川の、どこにいるんだろう。カムパネルラが探していた、ほんとうの
言って、突然わたしの存在に気づいたみたいに、十和ちゃんは照れ笑いを浮かべた。
「そんなことを考えちゃったよ。柄にもなく」
しばらくしてから、大学の図書館で宮澤賢治『銀河鉄道の夜』を借りて、もう一度読んでみた。
カムパネルラは、言っていた。
「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸になるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」
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