進まない時計と共に、同じ一年を生きている。百回も、二百回も。

クリストバル・コロンがインディアスに到達したこと、
つまり、コロンブスによる新大陸発見が世に知られ、
スペイン人たちがこぞって中南米に入植を始めたのが、
16世紀にならんとするころだった。

以後200年、海の強国であり続けたスペインが、
つい先ごろ、イギリスの艦隊によって撃破された。
新米船乗りの青年フアンが2度目の航海に出たのは、
そんな時勢の18世紀初頭のことだ。

嵐に見舞われ、船から投げ出されたフアンは、
導かれるように、カンティガという未知の島に流れ着く。
20年前に父が立ち寄り、母と出会い、
不思議なまでに精巧な、動かない懐中時計を手に入れた島だ。

きちんと動く懐中時計など、まだこの世に誕生していない。
正確な時刻を知ることは航海に欠かせない命綱だ。
完成目前とおぼしきこの懐中時計の創り手が島にいると知り、
フアンはその男、フェルナンドと対面する。

フェルナンドは奇妙な男だった。
いや、島のすべてが少しずつ、しかし決定的に奇妙だ。
フアンはまた次々と、奇妙なことに出くわす。
皆が持つ懐中時計、刺青のない子ども、少女の消失。

フアンの章、フェルナンドの章、
そしてフアンの父リカルドの章を経て、
次第に解き明かされていく謎。
惨劇の夜は、過去か現実か、幻か夢か。

かつて本当にそんな島があったかもしれない。
よく似た惨劇は、数え切れないほど起こっただろう。
鮮やかな彩りの南海の孤島を舞台に、
綴られる物語の行く末はあまりに儚く悲しい。

引き込まれる、力強い歴史ファンタジーだった。
綺麗事じゃないのに美しい、その作風がすごく好き。

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