一つの事象──戦争──を多角的に描いて思考を挑発する傑作。

戦争という古今東西変わらぬ重いテーマ、
それを鮮やかな視点の切り替えで描いた
素晴らしい作品です。

思考を起動する作品でした、
よい読書をお楽しみ下さい。

と、簡潔に評を終えるのもよいと
思いますが、以下に蛇足を少々。



発生事象について事実は一つしかない、
しかして真実は関与する人それぞれに
与えられる、と考えます。

何故なら、事実は外部的なものであり、
人との関わりを要しませんが、真実は
内部的であって人の内にしか発生しない
と考えるがゆえです。

自然界は真実を必要とはせず、
人だけが真実を必要とします。

つまり、真実は人により色が違う。

歴史的経緯から怨恨を抱く人、怨恨より
発する事象に当事者として苦しむ人、
利害から事象に関わろうとする人に
遠くから興味薄く眺める人、身を賭して
事情を変えようとする人、それぞれ自身
の立場から事象に触れて自分なりの真実
を抱えています。

それは必要によって物語、信仰、思想、
経済的または政治的動機に千変万化して
人を動かしていく、人はそれらにより
操られているとも換言できましょう。

その束縛から逃れるには事象を様々な
角度から眺めて対立矛盾する複数の
真実を探り当て、いずれからも距離を
とって俯瞰する視座が必要になります。

これは輪廻の輪から逃れるくらいにも
難しいことです。

安易に使われがちな、「自分を括弧に
入れて考える」とは、それほどまでに
難しいことだと思います。

本作は意図的にさまざまな視点から同じ
事象を描くことで、普段は意識されない
思考の限界を強く意識する機会となり、
様々な思考を惹き起こしてくれます。

脳が活性化するよい読書を本作でお楽しみ下さい。

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