第3節 五分咲き(1)
午前中の授業は三時間だった。正確に言うと五十分を三コマで、十分の休憩時間が設けられていたのだけども、波乱のホームルームの事後処理によってミチザネ先生が校長に連れ去られたせいもあって一時間目は自習扱いになってしまった。
二時間目と三時間目は通常通り行われた。科目名は『神界史』と『四界教養』。
机の引き出しにはありがたいことにキャンパスノートとペンケースが入っていて、黒板のメモを取る分には申し分がなかった。
『神界史』は神界における歴史とその変遷を追う内容だ。これについては人間界でいうところの日本史や世界史に該当するところだろう。神として復帰するために神を知ることは決して無駄にならないだろう。
『四界教養』はぼくの全然ついていけない授業だった。全く理解が進んでいないぼくがせいぜい五十分で把握できた内容は神界と人界(ぼくの住んでいた人間界の正式な名称らしい)この二つの世界とはまた別に闘界、獣界、鬼界、冥界という世界があるらしい。『四界教養』は、そこでの一般常識などの知識や教養を扱う授業ということらしい。
「はは……最初の授業でそれだけ分かれば十分じゃないか。それに大体、普通の神は神界と人界くらいしか用がないものだぞ。」
「まっさらな状態で勉強するってのがこんなにも苦痛だと思いませんでしたよ」
一つ前の席に座る彼女、ユスティアは笑いながらそう話す。ぼくはこの世界のことを何も知らない。昨日までは世界のことを生意気にも知ったような気になっていた。けど、それも一日にして崩れ去ってしまった。一からではない、ゼロからのスタートだった。
「おっとタダシ、敬語は禁止だぞ。わたしたちは同じクラスの友人だから対等な関係だ」
「ぼくは色々教えてもらわないといけない立場だし、実際クラスで過ごした時間はそっちの方が上でしょう? それにたかだか十何年しか生きていないぼくがずっと年上なはずの……うぐっ!?」
瞬間、ものすごい力で両頬を押さえつけられる。彼女の動作には一瞬の躊躇いも見られなかったし、手加減すらない。
「レディーに対して年齢の話をするとはきみもいい度胸だな?」
「す……すいあへんれひは……ゆるひへ」
「分かればよろしい。……というわけで敬語は禁止だぞ」
ユスティアの目は笑っていなかった。ここに来てからというもの怒らせると怖い人がほとんどな気がする。ただ、ユスティアはぼくに対して敵意をもっているようには見えなかった。それだけは心底良かったと思っている。
「ところで……いまお昼休みなんだよね? ユスティアはお昼どうするの?」
「そうだな。食堂に行って人混みの中食べるか、学園にやってくる弁当屋に頼むかの二択だな。タダシ、きみはどっちいい?」
正直最初はどちらでもいいと答えようかと思った。だが、食堂というものはいつも人で溢れるのが世の常だ。人の数だけ視線がある。お尋ね者のぼくは人目をできる限り避けたかった。
「じゃあお弁当を買うよ。あっ、でもぼくお金ないや」
「その点については心配しなくてもいいぞ。わたしも今日はお金を持っていない」
「えっそれじゃ尚更ダメなんじゃ……」
「タダシ、最後まで聞くんだ。ふふん……実はこの学園の資金は全て政府からの税金で賄われている。食堂で食べるにしても弁当を頼むにしてもわたしたちは一銭も払う必要はない!」
何だこの至れり尽くせりなシステムは。私立ってだけでお金がかさむ学園だと思っていた。今後の心配なことの筆頭として特に衣食住には困るだろうと思っていたけど食に関しては案外何とかなるかもしれない……?
「A組からE組までおよそ百五十人の生徒を抱えるこの学園だが、その生徒たちに金銭的な援助をするマイナスよりも生徒が神になって神界や人界にもたらす利益の方が何十倍も上だからな」
「そういうことか……」
「それでもこの学園を卒業できるのは年間でも片手の指で収まるほどだ。わたしが転入してきてからクラスで卒業した神を見たのも一人だけだな。実はわたしもまだ学園に来てから日が浅いほうだ。去年の秋からだから……ちょうど半年くらいか」
ユスティアがクラスでも日が浅いという事実が少し意外だった。彼女でまだ半年というなら、長い人では十年以上学園にいる生徒もいるのだろうか。
「席順というものがあるだろう?」
「と言いますと……?」
ユスティアは唐突に切り出す。
「わたしたちの座っているこの席はいわば年功序列なんだ。廊下側の一列目は最も古い生徒、窓際の六列目が最も新しく転入してきた生徒という風になっている」
「じゃああの席に座ってたスサノオは……」
「そうだな。クラスでいう最古参とでもいうべきか」
ぼくは、ぼくらの席から対角線側、教室の入り口へ目を向けるとそこには空っぽになった二つの机が並んでいた。
「じゃああのケモ耳少女もずっとこの学校にいるってことか」
「タダシ、一つ言っておくとだな。必ずしもその神が実力不足だから卒業できない、というわけでもないらしいぞ。学園が生徒に対して課す卒業のハードルはその生徒ごとに違う。簡単に卒業できる生徒もいれば、なんでこの優秀な生徒が卒業できないのか不思議に思うことも少なくない。フェンリルの場合は比較的に優秀な生徒だと思うぞ」
「フェンリルっていうのか。あのケモ耳がねぇ」
聞いたことくらいはぼくでもある。確か北欧神話関係の狼だったと思うがそれ以上の知識は浮かんでこなかった。
「あの二人を半年見てきたが、長い年月を共に過ごしてきただけではない何かがあるようにわたしは思うんだ」
「確かに変な組み合わせではあるよな……」
「プライベートなことをわざわざ詮索する趣味はわたしにはないとはいえ、少しばかり気にはなるな……まぁいい、タダシ。お昼休みも限られている。弁当を買いに行くとしよう!」
そう言ってユスティアはぼくの手を取り立ち上がる。そしてクラス中の視線を集めながらぼくらは教室を後にしたのだった。
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