過ちを犯した神様は失格ですか?
藍川紅介
第1章 終わりと始まり
プロローグ
――まず、懺悔から始めなければならないと思う。
それは、ごく一般的な善良市民であるはずのぼくが起こしてしまった出来事であり、つまりそれは僕と同じく一般善良市民である他の彼らや彼女らには罪がないことは最初に断言しておかなければならない。
たとえばの話をしよう。
明日、遥か彼方の遠い宇宙から巨大彗星が降り注ぎ、世界を終焉へと向かわせてしまうとすると果たしてこの地球上で何人の人間が信じるのだろうか。
定番のハリウッド的な展開ならば正義の味方であるスーパーマンが命を賭して彗星の軌道修正のために奔走するのかもしれないし、あるいはとてつもない威力のミサイルを天才たちが事前に迎撃することで地球の秩序が守られるのかもしれない。
だがそんな物語は所詮、画面の中で完結するのだ。実際、これまでの人類史で世界が破滅に向かったことなんてただの一度もなかったし、歴史の教科書に名前が残るような偉人だってせいぜい人類にとって役に立つ発見をした程度で、未曽有の危機から世界を救った話はないじゃないか。英雄が出てくるとすれば、それは神話の出来事ぐらいでまさしく神格化されるものであるし、またされるべきだとも思う。
普通で平凡でありきたりな生活をしているぼくたち一般市民は、無論世界を救うような機会は訪れない。それが当然だと痛感すると人一人の力なんて無力なものだなぁとさえ思う。生まれてこのかた一秒たりとも波乱万丈の人生から踏み外したことはありません! なんて人がいたら、それはそれでぼくとしては会ってみたい気もする。
――そんな人がいれば世界は救われるのだろう。報われるのだろう。
残念ながらぼくはそんな人になることは出来なかったし、特段意識してこれまでの人生を歩んでこなかった。人は後悔してからでは遅いと常々口をすっぱくするほど言われるけれども、異常なまでに普通で平凡でありきたりだったぼくにそれを要求するのはお門違いもはなはだしい、完全に的外れであるといったところだろう。
後悔してからでは遅い、とはよく言ったものだ。生きてきた中で決定的に後悔したことはこれまでなかったんじゃないかなとぼくは振り返ってみる。中高生のころ作ってしまった黒歴史だとかそういうものは、この際カウントしない。思い出したくなくなるほど恥ずかしくなるようなこともいくつかあるにはあるけれども、たいていはそれらを他人に知られまいとして隠して守り通すか、はたまた同窓会や結婚式の席で冗談半分で、そういえばあんなこともあったよなと友人に茶化されるぐらいで済むからだ。
そういう意味でもぼくはこれまで無難に生きてきたし、危険な冒険もそれほどしてこなかったと言える。それで結局のところオチはなんなの? と突っ込みが入るエピソードしかぼくには持ち合わせていないのだから仕方ない。
変に目立たない、浮かない、空気を読む、そういった現代の日本人に求められている要素を具現化し濃縮還元百倍ぐらいしたものがぼくという存在だったんだ。
思い返してみると、今まで無自覚だったということが一番タチが悪いよなぁと我ながら反省している。反省してもしきれないほどのことをしでかしてしまったのだから。あの晩、ぼくというグラスの中に潜む無自覚な狂気は、ほんの些細なきっかけでその器から溢れ出した。
ぼくという一個人が世界にもたらしたのは七十億分の一ほどのわずかなプラスではなく七十億分の七十億のマイナス――否、世界のすべてを台無しにしてしまったのだから。もっと言うならそれ以上のマイナスかもしれない。
あの日。
それはぼく以外のすべての人類にとってはなんの前ぶれもなく訪れた。いや、当の本人であるぼくにとっても自覚がなかったのだからそれを止める術を心得てはいなかったのだけれども、ともかくぼくを含めたすべての人類がその巻き添えになった。
ぼくが元凶で、それでいて加害者だ。そしてその他大勢のぼく以外の人たちが被害者だ。その事実は一ミリたりとも動くことはないだろう。
あの晩。
普通で平凡でありきたりである、そんな隠れ蓑を知らずに被っていたぼくは、おそらく疲弊しきっていたのだろう。
この世にうんざりしていたのだろう。
金曜日。
明日から休日だというのにぼくは心躍ってなどいなかった。
学校から帰宅途中、誘ってくれる友人との遊びをいつものように断り、空一面に広がる黄昏の下、魂をすり減らしながら通いなれた通学路を歩く。
こんな平凡でありきたりな日々にいったい何の意味があるのだろう。
そんなことを考えていたと思う。
やがて、ぼくは住み慣れた市街の一軒家、ごく普通の共働きサラリーマン夫婦の家がぼくの家だ。
その日、ただ一人きりの夕飯を終え、ぼんやりとテレビの映画を見ていた。
地球に危機がやってくる、その危機から地球を守るために主人公たちが必死に運命に抗う。という、そんな内容の、どこにでもあるようなありふれた映画をながめていた。
世の中、きっかけなんてそんなものだ。
ぼくは映画が終わると、億劫さゆえにシャワーも浴びずにそのまま寝床に向かって――。
目が覚めると世界が滅びていた。
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