第6節 学園生活の幕開け(2)


「タダシくんが例の事件の犯人だから……それが気にくわないとでも言うんでしょうかネェ?」


 ミチザネ先生の表情が険しくなり、牽制する形でリーゼント頭を睨み付ける。


「あぁ? そうに決まってるじゃねーか!」


 逆上してリーゼント頭が立ち上がり、自分の座っていた椅子を激しく蹴飛ばす。


「ちょっと、スサやめようよ~。転入生くんゴールド持ちなんでしょ? いくらスサでもまずいよ~」


 果敢にも止めに入ったのはリーゼント頭のすぐ後ろの席に座っていた犬の耳が生えている少女だった。耳が生えているとはいっても他は人間とほとんど変わらない。見た目は中学生にも達していないくらいだろうか。幼いながらも顔立ちは整っており、将来有望といったところで儚げで量が多い銀髪を肩のあたりまで伸ばしていた。


「うっせ! ワンコロは黙ってろ! だいたいアイツも剥奪されてるんだから条件は一緒じゃねえか」


 仲裁に入る少女の言葉を切って捨てるスサと呼ばれたヤンキー。彼が立ち上がると校長に勝るとも劣らないほどの高さだった。特攻服に埋もれてしまっているものの筋骨隆々なのは間違いなかった。


「オレが言うまで話をバラさなかったんだからあんたも信用ならねーな! けっ、これだからセンコーは」


 犬耳少女は泣きそうな顔でヤンキーの特攻服の端を引っ張りながら止めようとしていたがヤンキーの方は聞く耳を持とうとしない。


 犬耳少女の努力もむなしくヤンキーがズカズカとぼくの目の前に歩み寄る。


「はいはいそうですか。じゃあ仲良くしてくださいねって言われて仲良くできるか? こんな極悪人とよ! なぁみんなどうだ?」


 ヤンキーはクラス全員に立ち向き同意を促す。しかし、誰一人としてそれに応じない。一時の沈黙が流れた後、その問いかけに応える声があった。


「待て! 早まるなスサノオ。転入生から悪意や邪気といったものは感じ取られない。わたしの中の神性がそう言っている。今は軽率な判断をするべきではない!」


 立ち上がったのはスサノオと呼ばれたヤンキーが座っていた位置の対角線上の反対側。つまり校庭側の後方に佇んでいた女だった。青みを帯びた紫色の髪を腰のあたりまで伸ばし、それを見る者に凛とした印象を与え、言動からも大人びているように見える。ピッタリとしたパンツスーツ姿は彼女のスタイルの良さを浮き彫りにしていた。


「新参者に意見は求めてねぇよ! 他のみんなはどうだ。あぁ?」


 せっかく出た意見まで却下するヤンキー、スサノオ。意見を求めている割に同意しか求めていないようだった。この男、滅茶苦茶だ。助けを求めて横目で見ると、その顛末を担任は後ろからジッと見つめているのが見えた。先生はなぜ仲裁入らない!?


「埒があかねぇな! この腰抜けども。決めろ相棒、草薙――!」


 スサノオが右手を突き出すといままで何もなかった場所から靄が発生し、瞬く間に鉄パイプに変容する。それを頭上に高く掲げたかと思えばまっすぐそれをぼくに向かって振り下ろす――


 キィィィィィィィンンン。


 激しくぶつかる金属音が室内に響く。


 ぼくは咄嗟の眩暈に思わず膝から崩れ落ちた。またしても数千年、数万年の記憶がフラッシュバックして頭の中をかき乱す。


「軽率な判断をするべきでない……とわたしは警告したはずだが?」


 呻きながらぼくがなんとか正気を取り戻したとき、スサノオと桔梗色の髪の女は激しい鍔迫り合いの状態になっていた。女が手にしていた得物は通常サイズの何倍大きく、およそ長剣程度の長さを持ったペンだ。


「あんだけ大騒ぎになってる事件だ。てめぇらも知らねぇとは言わせねぇぞ! オレが思ってる事は神界の総意だ。オレにそいつをぶちのめさせろ! 邪魔すんじゃねぇ!」


「お前の言っていることは理論が全く以って通ってなどいない! これ以上わたしに言わせるな! 黙って退け!」


 二人のせめぎ合いをクラスの全員が固唾を飲んで見守っていた。


 ぼくの為を思って戦ってくれる見ず知らずの女、その気持ちは心底嬉しかった。しかし反面、スサノオの言い分も理屈はどうあれ根本的に間違っているとは言えないのだ。うつ伏せになってその場から動きたくとも動けない自分がひどく情けなかった。


――と、そのとき。


「静かにせんか何事じゃ! ここの真下は職員室じゃと知っておるじゃろうが!」


 教室の扉が勢いよく開き、忘れもしない、ぼくにとってまさに畏怖の対象である校長が飛び込んできたのだ。


 学園のトップである存在の唐突な来訪に、スサノオも桔梗色の髪の女も呆気に取られて手にしていた得物を下す。


「チッ、なんでこんなレアキャラが……」


「校長先生! なぜあなたのようなお方がこんなところにおられるのです!?」


 緊迫した場の雰囲気が一転、完全な平穏が訪れるのを感じた。


「こんな重要な日にわしは学園を留守にせん。さっきタダシを見舞ってやろうと保健室に行ったら既にもぬけの殻でな。だとしたらクラスに向かっとると睨んでこっちに来たんじゃが……案の定、一悶着あったようじゃな」


「恥ずかしい限りですネェ」


 後ろから俯瞰していた担任は自身がかけらも思ってもいないような言葉を口にしたので、ぼくはただ目線だけで食ってかかった。


「一言だけいいかの……」


 短い前置きをした後、老人は言葉を紡ぐ。


「今朝方、わし自らの手によって野中正は己が受けるべき罰を既に執行した。よって、おぬしら生徒が彼を迫害することはわしが許さん!」


 学園トップの迫力が室内の空気を圧倒して、蹂躙する。


「異存はあるかのう?」


 最後の最後に微笑んで見せたのは老人なりの優しさだったのかもしれない。


「チッ……やめだ、やめ。センコー、今日はわりぃがオレは帰るぜ。やってらんねー!」


「そうですネェ。今日くらいは好きにするといいのですヨ」


 不良の生徒の堂々たるサボタージュ宣言に応じるミチザネ先生。やはり、思いを巡らせたところでこの男の真意は見抜けなかった。


「だが……覚えとけよ。野中正。オレはお前を許したわけじゃねーからな」


 地面までつきそうな黒の特攻服を翻し、去り際に捨て台詞を吐き出すスサノオ。彼のその背中には大きく赤い刺繍で「嵐鬼龍」と刻まれていた。


「ぐすん。待ってよ~、スサァァ~~~~」


 一人教室を出た彼を、泣きじゃくりながら犬耳少女が後を追う。

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