第5節 学園生活の幕開け(1)
うふふ♡ それじゃあまったね~♡ とフローレンス先生に見送られた後、
ぼくとミチザネ先生は保健室を出て、長い廊下を歩いていた。
「あのー、ぼくが転入するクラスってどんなクラスなんでしょうか?」
先導してくれている烏帽子頭の担任にぼくは訊ねる。これから長い生活を送る上で、あらかじめクラスの実情を知っておくのは訊いておいて損はないだろう。
「一言で言い表せることはできないんですケド……そうですネェ。ここは神様更生のための学園ですカラ、それ相応に癖のある生徒が集まるのは当然なのですヨ」
なるほど、一筋縄でいくわけではなさそうだ。少なくともこれからは、ぼくがこれまで過ごしてきたように普通の人間と接するようにしているだけじゃ甘いのかもしれない。
「比較的まともな【挑戦者(チャレンジャー)】の子でも学園生活を送る上で他の【落第者(ドロップ)】、【訪問者(イレギュラー)】に影響されるコトも多いですしネェ」
人と人は互いに支え合って生きている。それは神界でも同様に言える話。ぼくもクラスの仲間から刺激を受けつつ更生していかなきゃいけないんだと思う。
「ぼくも変わっていかなきゃですかね」
そうぼくが呟いた途端、ミチザネ先生が歩みを止めた。
「確かにあなたは更生するべきデス。……ただし、それはなにも無理して変われってことじゃあないんですヨ。その意味が……分かりますカネ?」
どこか圧力が感じられた。けれど、ぼくはその言葉の真意を掴めない。
「ぼくに……なにか隠してることがあるなら言ってください。ローレン先生にしてもミチザネ先生にしてもぼくに言いたい事があるみたいですけど肝心なときにぼかしますよね?」
「隠し事をしている……? わたくしたちが……?」
振り向かずにミチザネ先生は答える。それは現実かそれとも幻覚か。校長室の一件を経験したぼくにはそれが現実のものだとはっきり分かる。同時に、ミチザネ先生の体からは青白い雷光が放出されていて、高い廊下の天井まで立ち上っていた。
「隠し事をしているというなら……あなたの方じゃないんデスカ? 一体、何を企んでいるのデス?」
「ちょ……まっ、待ってください! 何か怒らせることを言ったなら謝ります。ぼくはまだこの世界のことなんて全然知りません。だから……先生方の助けが必要なんです」
苦し紛れにそんなセリフを吐く。一日に二度までも神の怒りを買って保健室送りにされるなんてごめんだった。あの保険医にまたちょっかい出されるに違いない。それに学園生活の初日を今度こそ棒に振ってしまう。そんな気がしたからだ。
「……申し訳ない。少々大人げなかったデスネ。」
ミチザネ先生はそう漏らすと体から出ていた青い稲妻が徐々に消えていった。
「担任としてわたくしは本来あなたを守らなければならない立場なのデス。仕事を課せられた以上、わたくしは責任を持って任されましょうトモ。タダシ、あなたにはなんとしてでも卒業してもらいますヨ」
一時は修羅場になるとも思われたものの、なんとかミチザネ先生の怒りを静めることに成功し、再び廊下を歩きはじめた。
それからの二人はただ沈黙を保っていた。
やがて長い廊下がつきあたりに差し掛かると、人十人が横一列に並んでもすっぽりと収容できてしまう大きさの螺旋階段が見えた。
「……さて。この階段を上るとすぐあなたのクラスが見えマス。AからEまでのクラスがありますケド、わたくしが持っているクラスはA組。生徒の数はあなたを含めて三十人なのですヨ」
黙って頷き、階段を一段また一段と踏みしめるようにして上っていく。そして上りつくと先の説明の通りA組の表札が掲げられていた。
教室の中を察するに騒がしい雰囲気だ。話し声が行き交っているのが扉越しでも伝わってくる。
「ここがA組……」
「怖気づいているのデスカ? 安心していいのですヨ。わたくしはあなたの担任。何かあればあなたを守りマス。さっきのことは……忘れてくだサイ」
やはり、ミチザネ先生はさっきのことを後悔しているようだった。内心は世界を滅ぼしてしまったぼくのことを悪く思っているのだろう。
「怖気づいてなんか……いませんよ。ぼくは進む」
「よろしい。ならば扉を開けますノデ、わたくしの後ろからついてくるのデス」
ミチザネ先生がぼくの横をスッと追い越していき、勢いよく扉を開けた。先生の後を追い、ぼくも教室の中へ入っていく。
立ち話をしている者や静かに席に座り読書をしている者、瞑想のようなポーズをしている者まで多種多様な教室だったが、ミチザネ先生とぼくが入ってきた途端、全員の目という目がこちらに集中する。
「ハイ。朝のホームルームを始めますヨ、みなさん席につくように」
騒がしかった教室がピタリと静まり、各々が自分の席に戻っていく。その沈黙からは重苦しいものが感じ取れる。
「本日からまた新学期が始まるわけですケド、春休みはみなさんどうお過ごしだったでしょうかネェ? 有意義なものであったなら先生としては嬉しい限りですヨ。先生のほうはというとですネ、人間界の方で受験シーズンに呼び出されてまして。新年あたりから地獄のような出張ラッシュだったのデス。まぁようやく一段落しまして、気を新たに春からみなさんと一緒に頑張っていこうと思っているのですヨ。よろしくお願いしますネェ」
新学期初日ということらしかった。
ミチザネ先生も自分なりに場の雰囲気づくりをしてくれようとしている。が、それでも教室は緊張が張り詰めている。
ぼくは改めて全体を見渡す。
机が縦に五つ、それが横六列に並んでいて様々な者が座っている。半分ほどは普通の人間のような顔だちをしていた。しかし、もう半分ほどは例えば獣のような耳が生えていたり、天使のような翼が生えていたり、変な仮面を被っていたり……。ミチザネ先生はこのクラスのことを癖があるなんて言っていたけどその言葉の意味が少し分かった気がした。それに服装がばらばら、というより自由すぎた。ぼくは昨晩ベッドに向かったときの服装、つまり普段学校に行く際に学ランの下に着ていたワイシャツをそのままこっちでも着ていたわけだけども、学園生活で相応しいであろうその恰好をしているこっちの方が恥ずかしくなってきている。
「エー、それではさっそくですケド本日の連絡事項ですネ。本日はこのクラスに転入生が来ているのですヨ。自己紹介でもしてもらいましょうカネ。では……」
ミチザネ先生が身振りでぼくに自己紹介するように促す。ぼくは教卓の前に立ち、深呼吸をする。こういう経験は慣れていないし、したことがなかった。
「はじめまして。このたび転入してきました、野中正って言います。これからどうぞよろしくお願いします」
さすがに緊張はしたものの、噛まずにその無難なセリフを言い切る。
「ハイ。ではみなさんタダシくんと仲良くしてくれると嬉しいのですヨ。ではタダシくんの席は……例によってあの右奥の空いている席を使うように」
廊下とは反対側。校庭側の後方の席をミチザネ先生は指差す。
ぼくは野中なんて苗字のせいもあって、これまでクラスの真ん中以外の席に座ったことがなかった。名前順ではなく公正にくじ引きをして席を決めようとしたことも多々あったけど結果なぜか真ん中になってしまう。よって、生まれて初めて隅の席を割り当てられたことにただならぬ感動を覚えていた。
「おい。黙って聞いてたけどよ、てめぇどのツラ下げてきてんだよ? あぁ?」
割り当てられた席へぼくが向かおうとしたとき、静寂を破るようにドスの聞いた声が教室内に響く。
声のした方へ向くとその声の主は廊下側の最前列で、ただ静かに机の上で足を組んでいた。端的に言うと足癖がすこぶる悪い。
その男は赤のラインが入った黒い特攻服を身に纏って、その内側からは赤い柄物のシャツが出ていた。首から髑髏のシルバーアクセサリーを吊り下げて、耳に大きなピアスをしていた。極めつけは金髪の長く整えられたリーゼントヘアだ。目つきの悪さと相まって狂犬といった印象を受ける。正真正銘、紛うことなき完全なヤンキーがそこに居座っていた。
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