熱い想いを秘めた大人たちの等身大の生き様を、追体験してみませんか。

 全話読了後のレビューです。
 ★×3は未実装機能に等しい私が自信を持ってそう評価したくなった数少ない作品を、他の方々にも知っていただけたら。そんな想いに駆られたので筆をとります。

(投稿日時が最終話投稿日より早いのは、第1章拝読時点でのレビューを改稿したからです。またこの文章の執筆当時、本作のジャンルはSFでした。細かいことですがもし疑問に思われた方がいらっしゃった場合のために、一応記しておきます)


───────────────────以下、中長文による考察を望む方向けレビューです───────────────────


 SFよりも現代ミステリ色が濃い本作は、文体も相まってかどちらかといえば紙媒体での小説に近い印象を受けます。基本的には事実を淡々と述べていくスタイルで、主人公の心情や葛藤も少し引いた視点から事実の一つのように扱って書かれています。主人公と同じ瞬間に立ち会って共に泣き悩む、というよりは、泣いたり悩んだりした事実を追体験している感覚が近いでしょうか。しかし背景や生い立ちの描写が丁寧なので(幾分か説明口調が続き冗長な部分があることも否めませんが)、主人公が負う引け目や迷い、申し訳なさや自己不信感など、(主に負の側面についての心情ですが)理解と共感が容易です。そんな中だからこそ、たまに現れる喜びの感情がひときわ浮きたつのかもしれません。
(主人公の心情は基本的にやや消極的で批判的ですが、悲観的になって自己陶酔するような捻くれ者ではありません。客観的な視点から自己反省することが多い本作主人公は、むしろ根の純粋さに好意さえ覚えます。)

 そして何よりも強く推したいのが雰囲気と舞台設定です(これは各々の好みが大きく反映される評価基準だとは思うのですが)。SFより現代ミステリ風だと申しましたが、冒頭ではSFの要素は正直皆無です。一般的な親の抑圧を受けた少年がそこそこ地位のある中年医師になるまでの流れが(悪く言えば単調に)紡がれ、そしてとある事件が発生します。その流れが、私には非常に秀逸なものに感じられました。
 いうまでもないことですが、度の過ぎた非日常が日常を侵していく話が現代の創作シーンに溢れかえっています(私はそれを否定する気も非難する目的も毛頭ありませんがご不快に思われた方がいらっしゃればお詫びします)。その大概は非日常こそが本来あるべき世界で(まあそれを描きたいのだから当然でしょうが)、日常は一度脱したら簡単にゴミ箱に捨てされる存在のように捉えられているような気がしてなりません。しかし本作はそうではなく、日常から非日常、非現実的な事象への橋渡しが、あまりにもスムーズに完了します。私個人の意見ではありますが、見事の一言でした。その段階への流れは、あたかも現実に起こりえることのように錯覚するほどです。
 舞台背景、舞台設定、舞台間の移行、どれを取っても違和感なく、真に迫る描写が飛び込んできます。

 次に物語の雰囲気ですが、まず駄文での分析を大量生産する前に一言で雰囲気を表すなら(私の拙い読書経験から類似作品を示すのはいささか気が引けますが)、高野和明氏の「ジェノサイド」でしょうか。
本作はミステリ大賞含む四冠をほぼ同時期に達成したことで話題になった長編SFミステリですが、それにどことなく似通った雰囲気を感じます。もちろんそのような作品と対等なクオリティを随所に感じると豪語するわけではありませんが(作者様、失礼をお許しください)、行間から漂う世界観、そのやや無機質で淡々とした感じが、まず第一の共通項です。
 本作が主人公「深見」の一人称であるのに対し、ジェノサイドは複数主人公の視点を取り入れつつ描写された擬似三人称視点、あるいは神視点です。その複数主人公は(たった一人を除いて)設定からして私たちの日常からはかけ離れた世界に住んでいますが、それは世界のどこかにいるだろうという確信さえ与えてくれる現実味を持って描写されています。さらに目を見張るような事象の連続も、決して違和感を感じることなく、最後まで現実の連続性と現実的な一貫性を持って物語を閉じきっています。同じことが本作に言えます。どこかにいるだろうと確信さえ与えてくれる主人公「深見」とその取り巻き、そして現実性を失わないながら驚きと刺激をもたらすイベントの流れ。以上が第一の共通項です。

 第二の共通項は、これはあまり良い傾向ではありませんが、物語の本筋が開始されるまでが長いということです。現実性と無理のない事態進行を意識すると、かえって物語からテンポが失われがちです。それはある意味仕方のないことですし、よく紙の小説とネット小説の大きな差異として語られることの多い議題です。紙小説は日を改めて読むという行為が普通で、読むのに疲れてもまたいつか読み返します。しかしネット小説は新鮮味と瞬間瞬間の面白さが切れた瞬間に、たちどころに読者を失います。そして本作はそういう観点からも、非常に紙小説に似通った特徴を持っています。(何よりOld Boy が全然 Girl と出逢ってくれません)

 けれども逆に、Old Boy が Girl に出逢ってからは非常に読み応えがあります。ネタバレになるといけないので詳細は伏せますが、第1章は第2章以降を展開するための、いわば大掛かりな舞台装置です。本編とでもいうべき物語が始動してからは、(個人的には)寝食をないがしろにしてまで読み耽ってしまう大変魅力的な読書体験が待っていました。



 さらに、そのいわば負の特徴にも、正の側面と負の側面があります。長文がさらに肥大化して心苦しい限りですが、どなたかの何らかの参考程度には利用価値があることを祈って説明させていただきたいと思います。

 まずいきなり負の側面ですが、再びジェノサイドを引き合いに出します。ジェノサイドは冒頭が長く、話の大きな奔流に身を任せようにも、それがどこに流れているのかなかなか見えません。しかしそれは、決して冗長な冒頭ではないのです。いかに見えないテーマに向かって書を進めようと、必ずそこには後に効いてくる何かがあり、そして物語は間違いなく進行します。それに後から気づくことこそが、ミステリの醍醐味の一つと言っても過言ではないかもしれません。
 しかし本作は、(冒頭に限り、ですが)残念ながらそれとは少し毛色が違いました。というのは、純粋に読むのが辛くなることが発生するからです。その辛さは書籍における「あとで読もう、でも今は読み進める気力がない」ではなく、「できれば読み飛ばしたい」という辛さでした。それは特定の場面が悪いからではなく、(第1章が)全体的にメリハリがないことで不定期に発生する辛さです。
 これは序盤の話展開に大きく依拠する問題です。本作は過去から現在までのおさらいの後事件に遭遇し、時間をすっ飛ばして現在の話が来た後、また過去の話に戻ります。肝心の「現在」が進まないどころか、大事な部分がごっそり抜け落ちているのです。ですから『もしかすると話の構成的に「後に明かそう」という意図が働いているのかな』と感じつつも、この辺りで最初の「辛さ」を感じてしまったのだと思います。

 しかしながら、これは前述した通り舞台装置を安全に温めきるためには仕方のないことだったのだな、と読後に感じました。加えて、全体を通して見ればこれ以降そのような辛さは発生しませんでした。
 これを「序盤でそういう峠があるのは勿体ないことだ」と捉えることもできますが、深く気にせずに次話に進むことをお勧めします。
 おそらくどこかで引っかかったことなど忘れて、いつしか続きに夢中になっている貴方がいることでしょう(体験談)。

 さて、続いて正の側面です。これが皆さんにお勧めしたかったことの二つ目でもあります。長くなりましたがご容赦ください。私はできるだけ公正に物事を評価したい性分ゆえ、良い点ばかりを拡大解釈してほめそやすのが苦手なのです。
 正の側面、それはズバリ「物語の安心感」です。先ほど負の側面で「後に意味があるのかわからない描写が冒頭から入る」と申しましたが、それとは全く異なることです。
 物語の安心感というのは他でもなく、「この先この話が面白くなる確信めいた感覚」のことを指しています。本作は舞台設定が非常に堅固なため、「読み進めていけばどこかで新しい面白さが待っているだろう」という期待が胸から消えて無くなりません。その強弱はもちろん話によって変動しますが、「何か新鮮な未知に遭遇できるだろう」と思うことに不安を感じないのです。読み進めるのが辛く感じる時があっても読了放棄をしようとは思えないのは、ひとえにこの求心力の賜物だろうと思います。これもジェノサイドに通ずるところがあります。日常のヒトカケラが少しずつ形を変えていく中で、「これはどうなるんだろう?」という興味を読者にもたせ続ける手腕は称するに値すると思います。


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 以上、乱文長文、大変失礼いたしました。
 これを新たな読書体験の入り口にされる方がいらっしゃったなら、それほど嬉しいことはありません。

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