水没した空で鳴いたクジラ【六二〇文字】

 立ち並ぶ摩天楼から光が消えることはない。

 どれだけ闇が深まろうとそれは変わらない。


 人は眠らなくなった。夜はその姿を変えた。

 けれど世界は眠る。


 街ゆく人の誰もが気づかないまま、世界は眠りにつく。


 ねえ、耳を澄ましてみて。あの音が聞こえる?

 ラジオから聞こえるノイズみたいな音よ。遠く遠く、どこからするかもわからない。


 それは水の溢れる音。透明な水が湧き出す音。


 誰にも気づかないまま、水は都市に溢れかえる。

 あっという間に水位をあげて世界を揺らめかせる。


 消えることのない灯たちは、ぐにゃりと歪んで曲がってしまうけれど、それは水の外から見た話。

 水に浸かった私たちにはわからない。昼間と変わらない輝きで、灯りはそこにある。

 だから気づかないまま人々は水没する。

 息苦しさも、景色の変化もないから、誰も、わからない。


 だけど……空を見て。


 ほら月が、歪んで笑ってる。

 そして、それへ手を伸ばすように、大きな影が空を横切るの。


 影。

 あまりにも大きなもの。

 昼間なら、みんな騒ぐに決まってるほどの。


 クジラ。


 大きなクジラ。真っ黒で、きらきらと光る肌を持っている。

 きっと、シロナガスクジラだって敵わない。もしかしたら数キロメートルあるかもしれない。

 とても、とても大きくて。とっても優雅に泳いでいる。

 ゆっくり、ゆっくりと。それが当たり前のように。

 空を泳いで歌ってる。

 そして時折ばしゃん、と、月に向かって潮を吹く。


 これが私の見る夜。あなたの知らない夜の街。

 ねえ、あなたの夜はどんなもの?

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