ジムノペディの雨音【四六〇文字】

 私たちの周りには、愛を語るものたちがたくさんあります。そして、それはとても尊いものであると、それらは歌います。

 けれど、けれども。本当にそうなのでしょうか。

 私たちは、愛を、わかっているのでしょうか。


 愛がわからない。

 そう告げることは、とても苦しいことです。

 それを表に出すことは、とても憚りのあることです。

 なぜなら、みんな、知っているという顔をしているのですから。


 けれど、けれども。

 わからないものは、わからないのです。


 だけど、口にすることはできないまま。

 求められるがまま、真似するまま、流されるまま生きて、生き続けて。

 そうして、いつかの日にとても綺麗なものに出会った。


 もしかすると、私の感じた美しさは、愛ではないかもしれません。

 愛を知る人々は、歌い上げる人々は、それは別のものだというかもしれません。


 ええ、たとえそうだとしても。

 私はそれを美しいと思った

 私はそれを尊いと思った。

 隣で、見て、生きていきたいと思った……。


 だから、彼女の手を取ったのです。

 彼女と一緒ならば、この世界を支配する陰鬱な雨音を、別の音色に感じられると信じて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る