あたしたちは灰色のボールなのよ【千三百文字】

「あたしたちは、灰色のボールなのよ」

「どういう意味よ、それ」

 またぞろ、こいつは変なことを思いついたな。そう顔に書きながら、友人は返事をしてくれる。

「ほら、悪い人を黒、良い人を白、とかっていうでしょ?」

「現実ではなかなか耳にしないけどね」

「ふふ、たしかにね。そういうお仕事の人なら、もしかしたら言ってるのかもだけど」

「はいはい。それで」

「うん、でね? でも、やっぱり真っ黒な人も、真っ白な人も世の中にはいないわけじゃない?」

 いないわけではないだろう。どうしようもない人たちというのは、あまり視界に入らないだけだ

「だから灰色って?」

「そう。ふふ、いつも勘が良くて助かるわ」

「何年も口下手なのに突拍子も無いことを言う子の友人をしてたらそりゃそうなるわよ」

 断片から、うまく答えを見つけ出すという作業に慣れさせられてしまったのだ。

「いつもありがと」

「それはいいんだけど。それで、なんでわざわざボール、なんて付け足したの」

「そう、そこなの。ほら、この前美術の授業で、ボールのデッサンをしたでしょう?」

 いわゆる静物スケッチというやつだ。

 机の上に置かれたボールを、ただ描き写すだけの課題。

「嫌な記憶しかないけどね……で、ボールを見つめてて思いついた、と」

「そう、そうなの! ほら、ボールだって、見え方で色味が変わってくるでしょう? これって、私たちみたいだなって」

「ごめん、さすがにわからないから補足して」

「あっ、うん。

 つまりね、いい人っていうのは、このボールの輝いてる部分の面積が広い人のことなんじゃないのかなって。そんな人でも、当然悪いことはしてるでしょう?」

「たとえば?」

「ちょっとした信号無視とか?」

「まあ……それくらいならみんなしてるよね」

「で、悪い人は……」

「ボールの黒っぽいところ。で、悪い人もいいことをすることもある、っていう話?」

「そう! だから、ほら、悪い人でも白い部分に私たちがぶつかるとか、そこしか見えないといい人に見えちゃったりするんじゃないかな~って」

 無事思いつきを説明し終えた彼女は、ニコニコ顔で友人を見つめている。まるで芸をして餌を待つ犬のようだった。

「まあ……そうかもね」

「でしょ! 思いついた時、うまい説明を思いついたな~って思ったの!」

「まあ、それで?っていう感じの話でもあるけどね…」

「え~~ひどい~~。もっと褒めてくれてもいいじゃない」

 むすぅと頬を膨らませた彼女は、むんむんと唇を突き出して怒ってる風な顔を作った

 どうにも褒め回してあげないとこれは終わりようがない

 はぁ、と友人はため息をついた

「見事、灰色のボールを見つけたあなたには、商品を差し上げましょう」

 むすぅと膨らんでいた頬に、優しく手を添えて、友人は彼女の広い額に口づけを落とした。

 ちゅ、という音が、部屋の中にやけに大きく響いた。

「えへへっ、ありがと!」

 嬉しそうに笑うその顔が好きだから、突拍子もない珍論を最後まで聞いて、いい話なら褒めてあげることにしているのだ。

 だって、好きな子の笑顔って、どんな高いものよりも価値があるでしょう?

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