もう一つの依頼

 生乃が北嶋さんを起こしに行ったのとすれ違うように、一人の男が部屋に入って来て、いきなり平伏する。

 その男を見た私のこめかみに血管が浮き出た。師匠も嫌そうな顔を拵える。

「戻ったか鳥谷」

 鳥谷 羽煌…私のブラとパンツを盗んだ男…別館の変態…抗議しようとした私を師匠が視線で制した。

 一先ず堪えろと言う事か…何か考えがあるのか?

 ならばそれに従うしかないと姿勢を正して正座する。

 そして鳥谷先輩だが、面を上げる事をせずに独り言のように話し始めた。私と顔を合わせる事なく。

「水谷先生、承った御命令、遂行致しました。後は施設の浄化だけです」

「下村の山荘かえ?意外と早かったのう?」

 下村さんは師匠の顧客の一人で沢山のホテルを経営している。海辺のリゾートホテルだったり、安価で宿泊できるビジネスホテルだったり、コテージだったり。海外にも数多くの不動産を持っていた筈だ。

「下賤な浮遊霊が障っていた程度でしたので。まあ、数が少々厄介ではありましたが」

 相も変わらず平伏した儘の報告。そんなに私と顔を合わせるのが都合悪いのか?

「そうか。ところで鳥谷よ」

「では私はこれで失礼いたします」

 師匠が言い掛けたのを無視して話を終えようとしている!!なんて卑怯な奴なんだ!!

「お主も疲れているだろうが、これは目出度い事じゃ。だから少し聞いて行きなさい。此処に居る尚美が先日悪霊となった色情霊を倒しに行ったのは知っとるな?」

 ここで漸く、ゆっくりと私の方を向く。しかし視線は微妙に外した儘だ。

「…神崎か。気付かなかった。そうか。帰って来たと言う事は無事仇を討てたと言う事だな。それは確かに目出度い。おめでとう神崎」

 ムカッとして思わずぶん殴りそうになり拳を振り上げたが、師匠が首を横に振ってそれを止める。

「そして生乃じゃが…つい先程侍を討ち取った」

「ほう、桐生もですか?それは目出度い事です。ご褒美と言うか御祝いと言うか、後でお小遣いでもあげましょうか」

 それなんで私にも言わないの?パンツ盗んだのバレバレだからなるべく話さないようにしているの?

「小遣いなどいらんわ。何故なら生乃の力だけじゃないからのう」

「それはそうでしょう。複数で掛かれば物の数ではない相手」

 師匠が首を振って否定する。

「複数じゃないのう。今回の助っ人は一人じゃ。それも生乃にはとどめだけ刺させたのじゃ。要するに、そやつ一人でそこまで追い込んだ、と言う事じゃ」

 ポーカーフェイスを装っていた表情が崩れた。

『首』の事は鳥谷も勿論知っている。『視』れば解るだろうが、アレを一人で、短時間で葬れるのは、屋敷では今の所師匠だけだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 桐生の敵を一人で追い込んだ…だと?

 あれは悪霊としては手の施しようがない程のくらいに居た筈だ。いや、それでも祓う事は充分可能だろうが。 

 俺レベルの霊能者10人程で囲んでフルボッコにすれば楽勝…とまでは言わないが勝てるだろう。

 それを一人で?

 俺は戦慄を覚えながら神崎に嘘か真か訊ねようとした。

 だが、出来なかった。俺は神崎のパンツとブラを盗んだから。バレてるだろうな。うん。絶対バレている。

 隙をついて横目で見て確信した。あれ怒っているな。俺が一人になったらぶん殴られるんだろうな。今は先生がいるから堪えているだけなんだろうな。あーマジやべえ。

 大体仇の色情霊を倒しに行った筈だろうが?倒しても家の浄化までやる筈だったよな?ひと月は掛かる筈じゃなかったのかよ?なんで此処に居る?ひと月も留守にすりゃブラもパンツも忘れているだろうと踏んでの窃盗だったのに!!

 つーか先生にもチクっているのか?先生何も言わねえところを見るとまだチクってねえのか?

 色々思考を巡らせているその時、先生の部屋の襖が静かに開く。俺と神崎は同時にそっちを見た。

「師匠、北嶋さんを起こして参りま…!と、鳥谷…先輩…」

 入って来たのは桐生か。相変わらず可愛いなおい。俺を見るなり引きって後退あとずさったのはこいつの下着も窃盗した事があるからか?アレは捨てた物を拾って保管しただけだからセーフじゃねえのか? 

 まあいいや。頼れる先輩として可愛い可愛い超可愛い後輩を労おうか。

 そう思いハグをしようと立ち上がる。やっぱ祝いと労いはハグしか無いよな。親密度アップと好感度アップは確実だ。

 桐生は男嫌い、つーか誰にも心を開かないからハグなんてさせてくれないだろうが。

 ハグをしようと近付けば、桐生は身体を捻って逃れようとする隙をついておっぱいを触ろうって算段だから親密度も好感度もないが。

「おう婆さん。今日の昼飯はカレーか?微かにカレーの匂いがするな」

 立ち上がったと同時に一人の男が先生の部屋に気安く入ってきた。誰だこいつ?今まで寝ていたのか?寝癖が酷いつーか酷過ぎる。あっちこっちに髪が跳ねているぞ。先生の前に来るんだったら、それなりに身なりを気にしろっつうんだ。

「き、北嶋さん…」

 桐生が脅えながらそいつに抱き付く。 

 ん?抱き付く!?

「ちょっと待て!なんで桐生がそいつに抱き付く!?」

 驚愕して思わず突っ込んだ。声も裏返っている。

 さっきも言った通り、桐生は誰にも心を開かない。辛うじて同期の三人とだけ普通に話せる状態だ。それでも遠ざけようと意識しているようだが。

 それをこんなどこの馬の骨とも解らん小僧に!?小僧っつっても俺より三つ四つ下くらいだが。

「なんでっで言われてもなぁ…俺がカッコよくて素敵で無敵でナイスガイで非の打ちどころが無いくらいカッコよくてハンサムでハードボイルドで超優しくて慈悲深くてぐうの音も出ないくらいカッコいいって程度しか思いつかないが」

 すげえニヘラニヘラといやらしく笑って恐ろしい程の自画自賛!!しかもカッコいいを三度も言いやがるとは!!

「漸く起きたか小僧。鳥谷、この小僧が『首』を追い込んだ者じゃ」

「はあ!?この小僧がっすか!?」

 二度目の驚愕。こんな冴えない小僧が『首』を!?俺もこの業界は長いが、こんな小僧は知らない。北嶋なんて霊能者は聞いた事も無い。それはこの小僧のキャリアが浅いって事に繋がる訳だが、そんな小僧が『首』を追い込んだ!?

「落武者の事か?あんな糞雑魚ぶっ倒しても自慢にもなりゃしない。そんな事より婆さん、カレーは?」

 そんな事だあ!?いや、その前に糞雑魚だあ!?あれは昔から多数の人間の首を刈ってきた悪霊だぞ!?

「昼飯はカレーじゃないわ。カレーの匂いがするのはそこに居る鳥谷からじゃ。其奴そやつはほぼ毎日カレーを食っておるからのぅ」

「なんだ。加齢臭ならぬカレー臭を持つ男だったのか。紛らわしい奴だな」

 初対面でこの暴言かよ!!多少霊力が強いからって調子に乗るんじゃ…あ、あれ?

 自分で思って気が付いた。こいつ…霊力が無い?つーか感知できない?

 茫然とする俺に先生が追い打ちをかける言葉を放った。

「今後其奴に仕事を回す事になってのう。初仕事の褒美と言う訳じゃないが、厳しい相手を任せるつもりじゃ。それはつまり沢山稼げる訳じゃ」

 初仕事!?『首』を追い込んだのが初めての仕事だってのか!?そりゃ聞いた事が無い筈だ!!ノンキャリアだっつー事になるんだから!!

 いやいやいやいやいやいやいや!!ちょっと待てよ!!

「え!?つまりお前除霊とかした事ないの!?した事ないのに『首』を倒したってーの!?」

「いや?そりゃあるよ。一件」

 一件!?だ、だがまあ…それならギリギリ頷けるか…つまりは今までどこかで修行して、過去一度除霊した事があるからその経験を活かして…

「その一件が尚美の相手じゃ」

「色情霊をぶっ倒したのがお前だってーの!?」

 驚愕三度目!!だが、さっきより余裕がある。どこかで修行したからだと気付いたからだ。

「因みに小僧は修行した事は無い。更に言うのならば霊も見えない。その言葉も聞えない。気配すら感じない」

「そりゃ霊能者じゃねえよ!!ただの一般人じゃねえか!!」

 此処まで来れば驚愕は無い。こりゃ冗談なんだ。パンツ泥棒の俺を嵌めて喜んでいるんだ。俺に用意された罰ゲームなんだ。

「そしてこれは言わねばならん。小僧はワシよりも上じゃ。遙かに上じゃ」

「ぜっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっったいに信じねえ!!」

 冗談確定だ。誰が信じるってんだ?修行もしていない小僧が、この道の最高峰、水谷先生よりも遙か上だって事を。

「信じようが信じまいがお前の勝手だが、お前のせいで俺の腹はカレー一色になっちまった。責任とって俺にカレーを寄越よこせ」

 冗談小僧がアホヅラをこしらえて俺の手を伸ばしてくる。桐生が未だ引っ付いているのが気に食わないが、俺は水谷の霊能者。優しく諭してやる事にした。

「君が何者かは関係ないが、私はたった今帰ってきたばかりなんだ。カレーを作っている訳が無いだろう?どうしても食べたいと言うのなら木村さんにお願いするか、外に食べに行く事だな」

 フッと鼻で笑ってやる事も仕草に加えて、蔑みの目で見てやった。

「さっきとキャラが違うなカレー臭。お前から君、か?取り乱した感じの方が本体だろうに、なにカッコ付けてんだ」

 ビシッと俺の額を叩きやがった!!しかも結構痛い!!

 俺は涙目になって額を押さえながらガキを睨んだ。

「そこまでにせい小僧。弱い者虐めになってしまうじゃろ」

「弱い者!?」

「そうだな。カレー臭を虐めたとあっては北嶋 勇の名折れ」

「また言ったな!?またカレー臭と言ったな!?」

 訴える俺を余所に先生は続けた。少しくらい気にしてくれても良さそうなもんだが…

「昼食を終えたら祭殿に来い。尚美の荷造りが終わるまでお前さんは此処で働いて貰う。」

「神崎の荷造り?どう言う事です?」

 やはり神崎に目を向けずに訊ねる。未だに俺を睨んでいるのが解るからだ。全く、早い所忘れてくれてもいいだろうに、先輩を敬わないから胸が小っちゃいままなんだ。

「神崎は俺の事務所の所員になったから、引っ越すのは当然だろカレー臭」

「お前マジいい加減にしろよ!!カレー臭じゃねえよ!!鳥谷だよ!!ん?いやいや、ちょっと待てよ!!神崎がお前の事務所に行くって!?」

 なんかおかしな事を言ったような?事務所に行くとか何とか?

「だから立ち上げたばかりの俺の事務所に神崎が来るんだよ。経理と秘書と恋人を兼ねてぐああああああああ!!!?」

 言い終える前にぶっ飛んだ小僧。呆気にとられてぶっ飛んだ原因を見た。

「恋人じゃないって言っているでしょ!!私はただの所員です!!」

 拳を突き出したまま言い切る。つーかあの小僧…神崎のパンチ程度でふすまをぶち破る程ぶっ飛んで鼻血までぶち撒けるのか?

 神崎は線が細い女だ。華奢だ。そのパンチであのダメージとは…あいつ、意外と防御力が無いな?

 俺は不敵に笑って師匠の方を向き、正座して礼をする。

「なんじゃ鳥谷?いきなりだのう?」

「先生…北嶋君と勝負させて貰えませんか?」

「勝負、じゃと?」

「はい。昼から除霊が入っているのでしょう?」

「うむ。30人程じゃな」

 30人!?ち、ちょっと多いかな…?ま、まあいいや。気を取り直して…

「どちらが多く除霊できるか。彼の力を見るのには至ってシンプルなほうがいい」

 あくまでも実力を見たいとの口実で攻める。貴重な門下生を余所にやるのならそれなりに回りを納得させなきゃいけないからな。先生は断れない筈だ。

「ふむ。いいじゃろ。その目で見ておく方がええしな」

 顎を擦りながら許可した先生。ここまでは読み通りだ。そしてここからが本番だ。

「彼が取るに足りぬと判断した場合、神崎を出向させるのを中止して貰いたい。実力が無い素人に、天下の水谷一門の門下生を送る事は、他の者に示しがつかないでしょう」

「鳥谷先輩!!あなたにそんな事が言え…」

 突っ掛かってきそうだった神崎を制した先生。神崎は不満顔だが、先生に止められちゃ逆らえない。渋々ながら従い、下がる。

「成程、お前さんの言う通りじゃ。しかしその実力が無い素人に負けた場合、お前さんはどうするんじゃ?」

 俺は鼻で笑う。あり得ないからだ。素人に負けるなんて事は。

「その時は…そうですね…彼の言う事をなんでも一つ聞きましょうか」

 先生が薄く笑う。その笑みに何故か背筋が冷たくなったが…

「よかろう。その勝負、受けるぞ。良いな小僧?」

 未だぶっ倒れている小僧が上体だけ起こして此方を見た。

「いいも悪いも、もう決めちゃっただろうが。仕方ないから受けてやるが」

「そう言う訳じゃ鳥谷。昼食を終えたらお前さんも祭殿に来るがええ」

 先生の薄笑いよりも遙かに解り易く笑った俺。この俺をカレー臭と小馬鹿にした借りと、桐生に引っ付かれて湧き出た嫉妬と、神崎を連れて行こうとして俺の目の保養を減らそうとした罰をその身で受けるがいいと思いながら!!

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 生乃は北嶋さんに昼食を取らせる為に食堂に向かった。北嶋さんを引っ張って。

 私は壊した襖を片付ける為にまだ師匠の自室にいる。

「本当に不思議な小僧じゃな。お前さんのパンチ程度軽々とかわせるだろうに」

 呆れながら、しかし楽しそうに師匠が言う。

「そうは言ってもですよ師匠、北嶋さんは確かに凄いですが、生身相手に戦った事は見ていないでしょう?」

 強いて言えば私に何度も殴られている程度だろう。しかも北嶋さんはいつもモロに喰らっている敗者側だ。その代償が今まさに私に降り掛かっているが。

 溜息を付きながらも片付ける。これは私が悪いから仕方ないけど。

「小僧は強いぞ。鳥谷程度は物の数ではないわ」

 まあ鳥谷先輩は弱きに強く、強きに弱い、どうしようもない人間だからそりゃそうだと思うけど…

「まあ、見ていればお前さんにも解るじゃろ。鳥谷が仕掛ける事になるからの」

「仕掛けるって、除霊勝負じゃないんですか?不謹慎な気もしますが」

 師匠は止めずにあおったような感じだったから何かお考えがあるんだろうけど、正直いい気はしない。

 困って此処を頼ってきた人達を勝負の材料にするなんて。

「どうせ一時間足らずで全部抜ける事になるんじゃから構わんじゃろ。それより負けたら言う事を聞くようじゃ。どうする尚美?」

 凄く意地悪そうに笑って私を見る。成程、そう言う事か。

「ですが簡単に退き下がりますかね?先輩には何度も独立を促しているんですよね?」

「負けたら強硬手段に出るじゃろ。例えば別館の連中全員で小僧に向かって行くとかの。仕掛ける、と言ったじゃろうが?」

 力付くで勝負を無かった事にする、もしくは力付くで言い分を通す、か?鳥谷先輩らしいクズっぷりだ。

「しかし、そうなったら北嶋さんの負けなんじゃないですか?単純な暴力なら数が多い方が有利ですし…」

 そうは言うが、北嶋さんが負ける所が全く想像できない。なんでだろ?

 片付けの手を止めて首を傾げる。

「じゃから、小僧は強いと言ったじゃろ」

 強いと言っても限度があるでしょ。別館の男共も20人はいるのよ?

 と、思いつつも、北嶋さんが苦戦する様子すら浮かばないな。なんでだろ?

 見ていれば解るそうだからそれまでの楽しみに取っとこうか。今は片付けが優先だ。

 止めた手を再び動かす。全くハデに壊してくれたわね…私のせいだけどさ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 腹が減りまくりの俺は桐生と仲良く昼飯を食う。木村っつーオバサンが昼食の準備をしてくれた事に感謝しながら。

 因みに献立はから揚げに野菜炒め、そしてカレイの煮つけ。奇しくもカレー繋がりとなった訳だ。

「本当によく食べるわね」

 感心しておかずを追加してくれるオバサン。なんだコレ?ジャーマンポテト?それにしては醤油の香りがするが。

「木村さんはお料理が上手なの。羨ましいな」

 桐生が和風ジャーマンポテトを突つきながら、ほう、と溜息を付く。

「確かにうまいな…モグモグ…これじゃもう一杯米を食わなきゃいけなくなるじゃないか」

 そう言って茶碗を伸ばす俺。木村のオバサンは目をまん丸くしながらも受け取り、装ってくれる。

「四杯目だけど本当に大丈夫なの?午後から除霊の仕事があるんじゃないの?」

「問題無い…モグモグ…腹減って動けなくなる方が問題だ」

「お腹いっぱいで動けなくなる方の心配をしているんだけど…」

「木村さん。北嶋さんがそう言うんだから大丈夫ですよ」

 桐生が自信満々で俺の代弁をしてくれる。うむ。阿吽の呼吸だな。多分使い方間違っていると思うけど。

「それにしても良かったわね生乃。悲願達成おめでとう」

「あ、ありがとうございます。と言っても北嶋さんが殆どやっつけたようなものですけど」

「それも聞いた。昨晩の事も聞いた。ねえ北嶋君。君何者なの?尚美の敵も簡単に退けたらしいし」

 興味津々で俺の顔を覗き込む。少し礼儀知らずだな。まあ、俺に興味を持つ事は人類にとって正常な事だから文句は言わないが。

「俺は心霊探偵、北嶋 勇。それ以外何者でもない」

「心霊探偵とか言われても…君、尚美に会うまではこう言う仕事に関わった事が無かったんじゃないの?」

 何故かジト目で見られるが、違うので訂正させていただく。

「俺は霊感があるんだぞ。ガキの頃空に輝くオレンジ色の円盤を見た事があるんだ」

「それUFOじゃないかな…いや、UFOだとしても見た事は凄いんだけど」

 UFOか。そういや神崎もそんな事を言っていたな。

 まあ、幽霊も未確認飛行物体も大して変わるまい。見た事実が重要だろう。

「じゃあ心霊探偵としての目標とかあるの?」

「目標はツチノコを捕えて繁殖に成功させて一儲けする事だな」

「ツチノコはUMAだけど…未確認動物なんだけど…」

 幽霊も未確認生物も大して変わらんだろ。捕える目標が大事なのだ。今適当に決めた目標だけど。

「UMAは兎も角、妖怪とか魔獣とか簡単に捕まえてペットにしそうだよね」

 桐生がクスクス笑いながらそう言う。

 ふむ、妖怪ね。だけどアレだろ?妖怪ってのは可愛くないだろ?ペットにするんなら小動物的なやつがいいな。

 まあ、UFOでもUMAでも妖怪でもペットでもどうでもいい。今は昼飯を堪能する事が優先だ。

 俺は空になった茶碗を伸ばす。木村のオバサンは面食らった顔を拵えて固まって動かなくなったが、桐生が装ってくれたので無事五杯目にあり付けた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 別館に帰った俺は早速除霊の為の道具を揃える。

 独鈷杵とっこしょに水晶数珠。俺の術のベースはチベット密教なので祭壇も欲しいところだが、此処は水谷、俺が出先用に持ち歩く簡易的祭壇なんぞとは比べ物にならない程の祭壇が既にあるから良しとする。ちっと宗派違いの祭壇だが。

「あれ、鳥谷さん帰ってたんすか?」

 別館の王たる俺がシコシコと準備をしている最中、能天気に部屋にやってきやがった後輩達を睨んだ。

 俺の眼力にビビる…事無く、全く普通に独鈷杵を手に取る後輩達。

金剛杵こんごうしょと数珠っすか。ガウとかは?」 

 ガウとは先述の簡易的祭壇の事だ。因みに金剛杵は三種類あり、独鈷杵は金剛杵の基本形。先の尖った棒みたいな形のアレだ。

「今回は屋敷で除霊だからこれでいいんだよ」

「屋敷!?なんで鳥谷さんなんかに来客の除霊を任せるんすか!?」

 マジビックリして仰け反りやがった。この大先輩に敬意も見せねえなこいつ等。

 まあ、驚くのも無理は無い。俺、と言うか別館の野郎共は、本邸に来た客の面倒は見せて貰えない。曰く、女性の細やかな気配りが必要だから、らしい。

 本邸に来たって事は、それなりにヤバい奴が憑いているって事だから、俺達みたいにガサツな野郎共を極力関わらせずに、穏便に済ます手法を取る為だそうだ。

 他にも独立した門下生が手に負えない案件を本邸に回したり、先生単独の大物の顧客なんかは本邸に直接お願いしてきたり。

 俺達別館の野郎共は、独立した連中の縄張り以外に出向いて祓う事が主な仕事だ。

 そんな訳で本邸の除霊に呼ばれた俺に驚いた、もっと言えば信じられない、って事だ。

「これには訳があるんだよ」

 俺はさっき取り決めた除霊勝負の事を後輩達に説明した。

「…鳥谷さん…それは…ヤバいんじゃねっすか?北嶋って昨晩来た男の事っしょ?」

「あん?素人に毛が生えた様な奴だろ?楽勝だろあんなの」

 余裕綽々で肩を竦めるポーズを取って見せる。ニヒルな笑みも忘れずに。

「俺達別館は寝ちまったから見ていなかったっすけど、狐憑きを簡単に抜いたらしいっすよ?」

「狐憑きだあ?そんなモン誰だって抜けるだろうが?」

 違うと首を横に振り、神妙な顔になって小声で囁くように言う。つか接近し過ぎだろ。小声で言う必要が何であるんだよ。普通に喋れよ。

「何でも見た女子が言うには、何の儀式も術も無く、掴んで抜いたそうっす…」

 掴んで抜いたあ?いやいやいやいや、ちょっと待てよ。

「あいつは霊力が無いんだぞ?さっきちらっと探ったが間違いない。それを踏まえると素手で抜いた事になるだろうが?」

 それに、そんな事が仮に出来たとしても、依頼人の魂に絡み付いた狐の霊をそんな強引な手で抜いたとなれば、依頼人にかなりの負担が掛かる筈。下手すりゃ一緒に魂が抜けて死んじまう。そんな危険な方法を先生が許す筈がない。

「俺達も又聞きですから詳しくは解んないっすけど…でも、素手で抜いた事は間違いなさそうっす。依頼人の方も全くの無傷。ちょっと休んだら回復したようでそのまま帰ったようっすよ」

 おいおいおいおい…そんな出鱈目があるかよ…それが本当ならこの世界じゃ殆ど無敵になっちまうじゃねえか…

「それだけじゃないっす。これも聞いた話っすけど、北嶋は霊感が全く無いらしく、霊の姿が見えないし、霊の声が聞えないし、霊の気配すら感じないらしいっすよ」

「そりゃ先生から聞いたよ。だけど、いよいよもって胡散臭い話になったな…そんな馬鹿な話があるか。霊感が無いってのは信憑性があるが」

 俺が探って出した結論、霊力が無いと一致する。要するに普通の人間。いや、話通りなら相当鈍い、普通以下だ。

「それに神崎さんの敵を追い込んだ話とか。色情霊をぶん殴って泣かせたらしいっす」

「桐生さんの宿敵もそうらしいす。首だけの霊魂の腹にパンチ当てて悶絶させたとか」

 神崎の相手の色情霊は並みの悪霊じゃないが、神崎一人で向かわせた事実がある。要するに神崎一人でも事足りる相手だって事だ。

 桐生の相手もぶっちゃければ数で押し切れる。門下生数名と一緒に討伐すれば楽に事が運ぶ。

 問題は霊感が全く無いのにぶん殴って泣かせたとか、無い腹にボディを入れて悶絶させたとかだ。

 普通なら、んなバカなと一蹴する所だが、先生がヤツを此処に呼んだって事は、それは本当だって事になる…?

「やべえ…やべえよ。あいつに負けたらなんでも言う事を一つ聞く約束なんだよ…」

 頭を抱えて蹲る俺。どうしよう、死ねとか言われたら。流石にそれは無いがろうが、神崎のパンツとブラを返せとか言われたら…

 いや、返せと言われれば返すが、神崎が普通に受け取るか?受け取る訳が無い。多額の賠償金を請求させるかもしれない。ヤツが神崎に賠償金払えとか言い出したらやべえよ。先日オリ〇ント工業のリアルラブドール買って金が無いってのに。

「ちくしょう…先生が自分より上っつった事は事実なのかよ…」

 こいつ等の話によれば世辞でもなんでもなくその通りなんだと思っちまう。流石に世界最高峰より上と言われても信じられないが。

「師匠より上?んな話信じられっか!!」

 この別館に女の金切り声。しかも俺の後ろから?

 何だと思い、振り返る。

 そこには真っ黒い男物のスーツを着た、ヒットマンみたいなルックスの女が壁に寄りかかりながら俺に険しい目を向けていた。

「なんだ、秋かよ…今はお前に構っている暇は無いんだよ。本邸に行って先生に挨拶して来いよ」

 別館に女が来たとなれば俺達のテンションも上がるが、生憎来た女は俺の同期、黒刀 秋。

 こんな色気が無い適齢期寸前(本人曰くだ。俺は過ぎていると思うが)で焦って男漁りしている女なんざに誰も興味が無い。

 シッシッと追い払う仕草をするも、秋は構わず俺に詰め寄り、襟を掴んで持ち上げる。

 こいつマジチンピラみたいじゃねえか。若い頃はそこそこ可愛かったけど、月日ってのは残酷だな。今はぜんっぜんときめかない。

「久しぶりだな鳥谷あ?相変わらずカレーばっか食ってんのかよ?つか早く出て行けよ。可愛い後輩がみんな迷惑してんだよ。牢名主かお前は?」

「いいだろうが別に。つーかお前、帰って来たんならお土産の一つでも持って来いよ。ヒットマンルックスの色気が無い女の分際でよぉ」

 煩そうに掴まれた手を払い、互いに睨み合う。

 後輩達は今からバチバチにやり合うんじゃないかと心配そうに、そして迅速に俺達の傍から離れて行った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 依頼で近くまで来たついでにと師匠に挨拶に行こうとした途端聞えて来た噂。

 尚美と生乃の悲願が達成されたと言う話。当然私も喜んだ。

 水谷の門下生になったと言う事は、過去に何らかの不幸があったと言う事だ。それ以外には支援している孤児院から素質がある奴を連れて来るか。

 私は後者だが、尚美も生乃も前者。友達を、身内を悪霊に殺されたから仇を討つが為に此処に来た。

 それが成就されたんだ。先輩としてこれ程嬉しい事は無い。

 早速誉めてやろうと思い、あいつ等を捜そうとした所、面白い話が聞えて来た。

 あの変人で私の、いや、女の敵、鳥谷と、尚美、生乃に力を貸した男が除霊勝負する事になったと。鳥谷が負けたら何でも言う事を一つ聞くと。

 それは喜ばしい事だった。鳥谷をぶっ殺してくれるのなら私にとっても救世主のようなもんだから。

 だが、それは簡単に覆った。

 それは、その男は尚美と生乃に力を貸したんじゃ無く、ほぼ一人で倒した事。

 天下の水谷の門下生が他人の力で敵を倒したってのが気に食わない。

 だが、それはまあ許容範囲。私も話が解らない女じゃない。こう見えても尽くすタイプだし。仕事仕事でお金使う暇がないから結構金持ちだし。だから誰か貰って…って違う!!そうじゃ無くて、いや、結構マジに思っちゃっているけども。

 まあ、兎も角話が逸れたが、そいつが素人だって事だ。更によく聞けば霊感すらない、この業界に関わることも無い程のド素人。

 色情霊と侍をぶっ倒したのが事実なら、霊感が無いってのはあり得ない話だが、それを差っ引いても素人だって事には変わらない。

 天下の水谷が素人の手を借りて敵を倒したとなれば、それは恥以外でもなんでもない。

 適齢期ギリギリで踏み留まっている私以上に恥だ。私は恥を掻きたくない。こう見えてもプライドは高い方なんだ。でもベッドの中じゃ従順だ。昼は淑女、夜は娼婦のように乱れる事もできる。絶対に男を喜ばせる事ができると自負しているから誰が貰って…じゃなくて!!いや、ガチ本心に近いけども!!

 まあ、また話が逸れたが、要するに気に入らないって事だ。鳥谷の味方に少しばかりなってやろうと思う程に。

 私の脚は別館に向いた。あのクズで馬鹿でどうしようもない変人に発破を掛ける為に。

 そしてカレー臭が漂う鳥谷の部屋に入ろうとしたが、既に先客が居て変人を囲んで話している最中じゃないか。

 別に鳥谷達の話なんざに興味はないけど、何と言うか、お約束的な感じで聞き耳を立てていた所、この世で一番聞き捨てならない話が聞えて来た。

 私の尊敬する世界最高峰、水谷師匠よりその男が上という戯言、いや、暴言。

 気が付いたら叫んでいた。

「師匠より上?んな話信じられっか!!」

 私の声に反応して振り向いた鳥谷は、相変わらずクソムカツク髭づらだった。

 密教の法衣を模したその衣装もムカつく。パチもんの分際で!つか髪切りやがれよ。バカ〇ンドの宮本武蔵みたいになっちまっているぞ。ベリーショートだが女の私より髪が長いって有り得ないだろ。

 

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