共闘

「なんだ、秋かよ…今はお前に構っている暇は無いんだよ。本邸に行って先生に挨拶して来いよ」

「久しぶりだな鳥谷あ?相変わらずカレーばっか食ってんのかよ?つか早く出て行けよ。可愛い後輩がみんな迷惑してんだよ。牢名主かお前は?」

「いいだろうが別に。つーかお前、帰って来たんならお土産の一つでも持って来いよ。ヒットマンルックスの色気が無い女の分際でよぉ」

 私達の剣呑な気配を察知して、速やかに避難する別館の男子達。

 あの中にちょっと可愛い子いるんだよな。貰ってくれないかなぁ…養ってあげるから婚姻届に判してくれないかなぁ?私はこう見えても子供好きだから三人は欲しいかな?小さいながらも白い家を建てて家族五人で仲良く暮らして、犬を飼って猫も飼って幸せな老後を一緒に…って違う!!そうじゃ無くて、いや、婚姻届に判は押して貰いたいけども!!

「おい秋、ウチの野郎共を物欲しそうに舐めるように見るな。性的な目で見るな」

「うるせえ!!そんな目で見てねえよ!!」

 見ちゃっていたけども此処はそう言うしかない。

 改めて襟を正して鳥谷を直視する。

 ……こいつマジぶっさいくだな…こんな野郎に風呂覗かれていたんだよな、若い頃に。ガチ泣きしたっけなぁ、あの時は。思い出しただけでもムカムカするぜ。

「秋、俺に好意的な目を向けるのはやめろ。俺は若い女が好きなんだ」

「殺すか。殺した方がいいよなお前は。人類の為に、私の為に死ね」

 腰に下げている刀を抜く。と言っても模造刀だが。

 刀を使う退魔士は別に珍しくはない。古来より妖怪退治は武士の仕事。その流れでできた流派もあるくらいだ。水谷は術がメインの戦闘だから、門下生にしては私の戦闘スタイルは珍しいけども。

「だからお前に構っている暇は無いって言ってんだろ。俺は今とっても忙しんだよ」

 鬱陶しそうに手を払う。そうだった。この馬鹿を殺す事なんかいつでもできる。今は北嶋…つったか?師匠より上と暴言を吐いたクソに恥を掻かせることが先決。

「お前除霊勝負やるんだってな?その準備か?」

 一応刀を収めて話を切り出す。

「…おう…ちょっとヤベえかも…」

 弱気になって俯く。こいつ、強い奴には媚びて弱い奴には威張るっつークズの見本市みたいな奴だから、北嶋の実力が想定以上かもと思って、勝負仕掛けた事を後悔しているんだな。愉快ではあるが。

「お前よ、相手はド素人だろ。素手で悪霊を抜いた事は驚嘆するけどよ、ぶっちゃければそれ以外出来ないだろうが?」

「…どう言う意味だ?」

「聞いた話じゃ狐を抜いたまでは良かったけど、とどめは門下生にやらせたらしいじゃねえか。つまり地獄落としは出来ないって事だろ?」

 除霊は抜いただけじゃ終わらない。彷徨える魂を在るべき所に帰す。善霊なら昇天、悪霊なら地獄落とし。霊魂自ら自分で向かう場合もあるが、いずれにせよ『手助けは』必要だ。

 北嶋はその手助けができない。所詮ド素人って事だ。

「な、成程そうか…そうだな!!秋、お前ずる賢いだけはあるな!!」

 感心する鳥谷だが…褒め言葉じゃない事だけは確かだ。

「おかしな感心すんじゃねえよ。そもそも依頼者は30人だろ?全員除霊なんてできねえよ。時間が掛かるから泊まり掛けって事だ。つまり悪霊が憑いている、地獄落としが必要って訳だ」

 肩を竦めながら話す。余裕だろ?と言う具合に。

「お前の話は解った。抜いてはいオシマイじゃ話にならないと突っ撥ねりゃいいって事だ!!」

「そう言う事だ。北嶋は事務所を構えるんだろ?尚美を連れて行こうとしているのも、とどめ要因が欲しいからに過ぎない。天下の水谷がド素人にいいように利用されちゃ堪らん。弟子達の前でそう騒いだらみんな気付くだろうさ。確かに凄い奴だが使えない、ってな」

 おお、と別館の男共がざわめく。そこに誰も気付かなかったって事だ。ホント男共は馬鹿しかいねえな。

「だけどよ、北嶋を呼んだのは先生なんだぜ?やっぱ北嶋にはなんかあるんだよ…」

 ついさっきまで希望に満ち溢れたようなツラだったが、元に戻って項垂れた。もう一度発破を掛けてやろうとしたが、鳥谷の言葉で固まる。

「自分より上って言ったのは他ならぬ先生だしなあ…」

 頭に血が上って深く考えていなかったが、師匠よりも上の出所をすっかり失念していた。

 師匠自らがそう言ったのか!?

「お、おい鳥谷、それはなんつーか冗談で言ったんだよな?師匠も結構お茶目だし…」

「真偽の程は定かじゃないが、俺に向ってハッキリそう言ったよ…」

 た、多分師匠は冗談で言ったんだ。この世界の最高峰と謳われている水谷 君代よりも上なんてあり得ない!!

 これはアレだ。素質はあるからこれから修行をすれば自分より強くなれますよ。と…御世辞?やる気を出させる?まあ…そんなところなんだ!!

「やっぱ有耶無耶にするしかねえな…」

 ボソッと呟く鳥谷。

「う、有耶無耶って?」

「ああ…ド素人に負けちゃ流石に恥ずかしいだろ?」

「お前は存在そのものが恥ずかしいから今更だろ」

「お前本当にムカツクな?そう言えばお前、俺に風呂覗かれたとき、恥ずかしくてわんわん泣いたよな?その時の純情無垢な自分を思い出せよ」

「ああ、思い出した。いつか殺すと心に誓った時だったな。それが今日になるとは流石に思わなかったが」

 刀に手を掛ける。その間も鳥谷の追撃は止まらない。 

「俺も思い出したぜ。あの時からだ。お前を性的な目で見るようになったのは」

「見るんじゃねえよ!!気持ち悪いよ!!吐きそうだよ!!もう刀の錆になっちまえよ!!」

「お前の刀は模造刀だろうが。斬り付けたら折れちまうだろうが。安心しろ。今のお前はただのババアだ。そんな奴を性的な目で見れねえよ。憐みの目で見てはいるが」

「見るんじゃねえよ!!ババアじゃねえよ!!まだ手遅れじゃねえよ!!」

 もういいや。奴の言った通り私の刀では斬り殺す事は出来ない。だけど突けば目ん玉くらいは抉れるだろう。

「まあ落ち着け。今は北嶋の事だ。だから目ん玉に切っ先を向けるのはやめろ」

「ド素人よりもお前の方がムカつくが、そりゃその通りだ。で、なんだっけ?有耶無耶にする、だっけ?」

 再び刀を収めながら思った。真剣は師匠に止められているけど今度買おう。大丈夫、こいつは人じゃ無いから殺人罪は適用されない筈だ。 

 鳥谷はどっかとその場に座る。物凄く悪そうに口角を上げながら。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 北嶋に何があるのか。先生が北嶋に何を見たのかは関係ない。要するに俺が恥を掻かなきゃいい話だ。

 先生が此処に呼んだと言う事は、それなりの力があるんだろう。そして俺は除霊勝負じゃ負けるんだろう。先述の突っ撥ねるを駆使しても不利なんだとも思う。先生が奴を贔屓しているように見えるからだ。

「そこを覆すには奴をフルボッコにしてやりゃいい」

 未だに突っ立ったままの秋を見上げながら不敵に笑う。

「フルボッコって…全員でフクロにするって事か?暴力に訴えて有耶無耶にしようって事か?そんなの師匠が許すかよ?最悪破門になっちまうだろ」

 呆れながら肩で息をするように脱力しやがった。

 そんなのは秋に言われるまでも無い、俺だってそう思うさ。だけどな。

「霊能者ってのは霊力が強いだけじゃなれないだろ?お前の刀も剣術修行しただろ?霊力に依存しているだけじゃ素早い敵に対応できない」

「そりゃそうだが…ウチは術がメインだから素早い敵にはその種の結界を張って対抗したりするじゃねえか?お前の密教ベースの戦い方もそんな感じだろ?」

「話の腰を折るんじゃねえよ。要するに、それにこじつけて一斉に襲い掛かる。だけど俺がそれを言っちゃ通らねえ。ただの負け惜しみになっちまうからな。そこでお前だ」

 指を向けると嫌そうな顔を拵えて全力で払いやかがった。痛えな!!突き指になったらどうすんだ!! 

「話は解った。お前は気に入らないが、寧ろ死ねと言いたいが、部外者の素人に調子こかれるよりはマシだ。タイミングは任せて貰うが、私がその役をやってやる。なんなら加勢したっていいぜ」

 凄く良い顔になって俺と握手を交わす秋。そういやこいつと握手するのも十年振りだとその時気付いた。全くときめかなかったけども。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 お昼を食べて客間に戻った北嶋さんはそのまま寝てしまった。

 もうちょっとお話ししたかったが、午後から除霊の仕事がある。えーっと、勝負になったんだっけ?鳥谷…先輩と。

 北嶋さんが負けるなんて微塵たりとも思わないけど、あの人は何をするか解らない。女子風呂を覗くし、下着を盗むし、セクハラするし。

 …何をするかと思ったら変態行為しかしていなかった。警戒に値しない…のかな?

 なんか問題なさそうに思えてきた。ううん、北嶋さんなら簡単に抜いちゃうから勝負にもならないけど。

 そんな事えを考えていると、客間の襖が開く。

「生乃?」

「あ、尚美。荷造りはこれから?」

 やって来たのは同期の尚美だった。その手にはたくさんの写真が持たれている。

「荷造りは勝負を見た後にするわ。鳥谷先輩の最後だから」

「あ、何でも言う事を一つ聞くってヤツ?出て行けとか言って貰うつもりなんだ」

 同感だった。あの人の迷惑行為は犯罪レベルだ。このままならいつか誰かがとんでもない目に遭うかもしれない。

「でも、北嶋さんが別の事を要求したらどうするの?例えばカレー食べさせろとか」

 尚美の顔がみるみるうちに青くなって行く。充分あり得ると思ったのだろう。

「い、いやいや。大丈夫。その時は下着盗まれた事を言うから」

「あ、そうだね。正義感の塊の北嶋さんなら許さないよね、そんな事」

 それならば出て行けと言いそうだ。私もセクハラされた事を言おうかな?

「ところで、この写真は?」

 ここで漸く尚美が持っていた写真に指を差す。

「これは今日の依頼者の写真」

 見せて貰うと、依頼者の身体に纏わり付いている霊が写っている。念写?

「ほら、北嶋さんは見えないじゃない?だから前もって、ね」

 悪戯っぽく笑う尚美だが、この念写は師匠が撮ったもの。御屋敷に居る弟子じゃ此処まで綺麗な念写は出来ない。つまり師匠も鳥谷先輩を追い出す算段をしているのだ。

「まだ悪霊じゃないよね。対話でも比較的簡単に離れてくれる霊魂ばかり…」 

「ああ、北嶋さんは地獄落としが出来ないから」

 そう言われてみれば、『首』のとどめも私が行った。昨日の狐憑きもそうだった。

「だけどそれがどうしたの?」

「鳥谷先輩だったら抜いただけじゃ除霊じゃないとか言いそうじゃない?」

「負け惜しみで言いそうだけど…」

 地獄落としが出来ないんじゃ、昇天も出来ないんじゃ?

「誰かが北嶋さんのサポートをするの?昇天させる人?」

 私の疑問に首を振って否定する。

「見ていれば解るわ。北嶋さんの凄さを」

 充分解っているんだけど、彼にはその先がまだあると言うの?

 気になったけど尚美の自信満々な笑顔を見て聞くのをやめた。

 それを見るのが楽しみになったから。


 ふと時計を見るとそろそろ除霊の時間だった。

 気持ち良さそうに寝ている北嶋さんを起こすのに躊躇いがあるけど…

「それにしても凄い人だなぁ…こんな近くでお喋りしているのに全然起きないとか」

 呆れる尚美だが、そう言われればそうだ。

 特に小声で話していた訳じゃないのに、全然起きない。

「き、昨日一人で戦ったようなものだから。疲れているのよ、きっと」

 フォローを入れてみるが、尚美のジト目で諦めた。

「……沢山寝たからそれは無いか…」

 北嶋さんは誰よりも戦ったが、誰よりもよく寝ている。更に言うなら、誰よりもよく食べていた。疲労なんて無いだろう。

「お腹いっぱいで起きたくないのかな…」

「確かにお夜食に出された御膳全部食べていたけど…私の分まで食べていたけど…お昼はどうだったの?」

「えっと、ご飯五杯「五杯いいいい!?」」

 最後まで言う前に尚美が被せて来た。そりゃ驚くよね。

「え!?この人ご飯五杯も食べたの!?オバQかっっっっっっ!!!!」

 全力で突っ込んできた尚美だが、ちょっと違うので訂正させて貰う。

「オバQは20杯だよ?」

「どうでもいいわよそんな事!!!」

 え、えーっと、これはご飯だけ食べておかずを食べていないかもしれないと思っているのかな?尚美は三角食べの達人だし。偏食ないし。ちょっと羨ましい。私はシイタケが苦手でどうしても食べられないから。

 …ちょっと逸れちゃったけど尚美を安心させなきゃ。

「大丈夫だよ。野菜炒めもお皿全部食べたし、カレイの煮つけも三つ食べたし、から揚げもあるだけ食べたし、ジャーマンポテトなんか私の分まで食べたんだから。ちゃんと栄養のバランスは取ってるよ?」

「食べ過ぎだって言ってんのよ!!」

 食べ過ぎかぁ…そうかも…六杯目食べようかどうか悩んだ時は流石に止めたからね。

「でも男の人ならご飯五人前くらい食べないかな?」

「生乃の好意フィルター越しからじゃ正論は通じないっ!!」

 頭を抱えて天を仰いだかと思ったら一気に項垂れて地を見る。

「はあ…まあいいわ…食費の心配は今後と言う事で…」

 そう言って徐に立ち上がり、北嶋さんを揺り動かす。

「北嶋さん、そろそろ起きないと…」

「…う~ん…あと39分53秒…」

「おかしな数字出して寝返り打ってお布団を抱き込むんじゃないわよ。起きろって言ってんの」

 激しく揺さぶる。

「…う~ん…うっせえなあ…ガーガー…グヷーグヷー…」

 抗議の後の高鼾たかいびき。尚美のこめかみがぴくぴく脈打った。

「起きろって言ってんのよ!!」

 お腹に膝を落とした。跳んでから。全体重を乗せて。

「ぐはあああああああああああああああああああああああああああああ!!!?」

「きゃっ!!」

 文字通り飛び起きた北嶋さんに押された形になってお尻を付く。

「と言うか酷いよ尚美!!いくらなんでもそれは無いでしょ!!」

「だって起きないし…」 

 流石に申し訳なさそうだった。

「なんだお前等?寝ていた俺に夜這いか?何時でもウェルカムだぞ」

「バカな事言ってないで起きる!!お昼から仕事だって言われたでしょ!!」

 ぐいぐい引っ張る尚美。だけど…

「ねえ、流石に依頼者の前じゃその寝癖は良くないかな?」

 北嶋さんの髪があっちこっちに跳ねていて、とてもじゃないがお客様の前に出てもいい状態じゃなかった。

「ああ!もう!!本当に世話が掛かる人ね!!」

 文句を言いながら櫛で北嶋さんの頭を『掻く』。

「いてぇ!!もうちょっと優しく…」

「時間が無いんだから文句言わない!!」

 ……なんだろう?尚美を見ていると…胸がざわざわする…なんだろう?あの二人の間には入って行けないような気がする…?

 頭を振ってその考えを振り払う。

 尚美は約束したから。勉強が終わったら代わるって。尚美は約束を破る子じゃ無いから大丈夫。

 だけど、なんで必死にそう思い込もうとしてるんだろう?

 自分の心に疑問が湧いた…


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