戦い終わり…
生乃の『誘いの手』が、『首』を地獄へと引き摺り終わると同時に、地獄の門が閉じて消えた。
「生乃、やったわね。お疲れ様……!!」
「ありがとう…尚美のおかげよ…」
生乃が涙ぐんでいる。私も目頭が熱くなった。
「終わったのか?」
全く見えていない北嶋さんは、空気を入れて膨らませたアレをボーッと見ている。
「終わったの!もうソレどっかやってよ!!」
「これか?解った。せっかく『落武者』にあげたのに、持って行かなかったんだなぁ」
北嶋さんはアレを持ち、蔵の外へと出て行った。
「…全くあの人は…」
私は頭を抱えた。
生乃の感動的な場面が、北嶋さんにより微妙になってしまったのだ。
「き、北嶋さんが殆んどやっつけたような感じなんだから、わ、私は感謝しているよ?」
生乃が北嶋さんをフォローしている。
ひょっとして…いけるか?
「生乃、私と代わる?」
北嶋さんに好意を持っている生乃なら、より北嶋さんのフォローをしてくれるのでは無いか?
乗り気では無い私よりも、ずっと、ずぅうっと!!
「わ、私なら……うん!!北嶋さんが良ければ……!!」
本当に飛び跳ねて喜びたかった。キャッホー的な感じで。
北嶋さんから解放される。
貞操の危機を感じる事も無くなるのだ。
「あ、でも…」
握り拳を固めてガッツポーズを作っていると、生乃が何か不安な様子だった。
「え?どうしたの?まさかやっぱり嫌とか…?」
不安を感じる私。
押しつけようとしている事は大概だが、やはり今更断られたら折角の喜びが…
「私…念写も出来ないし、似顔絵も描けないし………」
そうだった!北嶋さんは見えないのだ!!
だから念写か似顔絵で敵の姿を見せる必要があるのだった!!
生乃が何故か泣きそうになっている。
「やっぱり…私は北嶋さんの役に立てないのかなぁ……」
うわあ!健気だ!!北嶋さんには勿体ないくらい健気だ!!
どうにかして、生乃を北嶋さんと組ませてあげたい。
それが生乃の為であり、私の為でもある。
考えよう!私の未来のために!!
生乃と北嶋さんを組ませるよう、何か手は無いか…
悪霊と対峙する時よりも、私はとにかく考えた。
『プルルルル…プルルルル…』
私の携帯に着信が入る。誰だ?こんな大事な時に…
「!師匠お!!?」
勿論視ている筈の師匠…終わったならさっさと戻れと言う電話かしら?
私は恐る恐る電話に出る。
「し、師匠、お疲れ様です。神崎です……」
『小僧の一人勝ちのようじゃな。生乃の心まで浄化しよったか。いや、天晴れじゃ!ガハハハハ!!』
師匠がご機嫌だ!!
もしかしたら、北嶋さんのパートナーを代わる件も、今なら了承してくれるかも…
『その件な。いいぞい』
やはりダメか…って!?
「えええ?師匠?今何と???」
私の驚きに意外そうな師匠の声。
『何じゃ?今更小僧が惜しくなったのか?』
「いやいやいやいやいや!!そんな事は100パーセント無いです!!」
私はキッパリとハッキリと言った。
『ガハハハハ!!そんな嫌う事もあるまい。お前さんも満更では無いのじゃろう?じゃが、今は駄目じゃな』
今は駄目?って?
師匠は続けた。
『生乃は念写が出来ん。更に言うのなら念写の才能が無い。出来たとしてもピンボケすぎて使い物にならん。ならば似顔絵で頑張って貰うしかないが、絵も描けぬ故、小僧のパートナーには無理じゃ。今から絵の勉強するのならば後々なら良いと言う意味じゃよ』
「ちょ、ちょっと待って下さい!!」
私は生乃に話した。絵の勉強をして、敵の姿を描けるようになったら、北嶋さんのパートナーを代わっても良いと仰っていた、と。
「やります!!私頑張ります!!師匠、ありがとうございます!!」
生乃は私の携帯に向かって、深々と頭を下げた。
『そうか。詳しい話は戻って来てからじゃな。明日一番に、蔵や家の浄化の為に、そちらに弟子を数名送ろう。お前さん達は戻って来なさい。これから発てば、朝には戻ってこれるじゃろう』
そう言って通話を切る。
「今から戻って来いって?」
何処かの温泉宿で一泊して疲れを取りたい所なのに?
へたり込む私。疲労が一気に襲って来たように。
「じゃあ尚美、帰りましょうか」
生乃はテンションが上がり、早速帰りたい様子…
「……そうね…帰りは北嶋さんに運転して貰えばいいか…」
生乃が私を咎める。
「駄目よ!北嶋さんは戦って疲れているのよ!!長時間運転させたら可哀想でしょ!?」
……私の提案は、思いっきり却下された。
まあ兎も角と外に出た北嶋さんを捜す。
直ぐに見つけた。北嶋さんは焚き火をしていた。
「北嶋さん?何故焚き火をしているの?」
「おう。さっき服乾かす為に火を点けていたんだ」
焚き火に目をやると、先程のビニールのアレが燃やされていた。
「…ダイオキシンとか騒がれそうね…」
「じ、じゃあ良く燃やして証拠隠滅しましょう!!」
生乃は積極的に枝木を集めて、焚き火の火力をアップする。つか真面目な生乃が証拠隠滅って…
「おお。良く燃えるなぁ。生乾きの服がすっかり乾きそうだぜ」
北嶋さんは焚き火の前で身体をくるくると回していた。
「消火の為にバケツに水を汲んでくるわ」
生乃がバケツを持とうとしたが、それを止めて北嶋さんに言った。
「北嶋さん。お願いね」
突然振られた北嶋さんが、私を驚きの眼で見た。
「お願いね!!」
「……はい…」
北嶋さんはバケツを取り、川へ水を汲みに行く。
「ちょっと、尚美!」
「力仕事は男の人にお任せしなきゃ」
私は生乃に微笑んだ。生乃も釣られて微笑む。
その時川に何か落ちたような音がした。バシャン、と。
その数分後、北嶋さんが、びしょ濡れで戻って来た。
「…川に落ちたの?」
「…滑った…」
私達は消す筈の焚き火を再び燃やした。
生乃が懸命に枝木を集めていたのが尽くしてる感がいっぱいあって、好感が持てた。
私も集めたが、終始ブツブツ言っていた為に、北嶋さんは目を合わせようとしなかった。
程々に乾いた北嶋さんを助手席に乗せる。
「この真夏にヒーターかけてあげるから少しは感謝しなさいよ!!」
「…はい…」
北嶋さんが申し訳なさそうに項垂れる。
「まぁ、失敗は誰にでもあるし」
生乃がフォローした。
「だよなぁ?誰にでも失敗あるよなぁ?」
「何ですって!?」
私は北嶋さんを睨む。
「…いえ…何でも無いです…」
北嶋さんは再び項垂れた。
「車に酔ったら絶対言ってね!今度は叩き落とすわよ!!」
これ以上ゲロを喰らうのは勘弁だ。
「…はい…」
北嶋さんは、さっきより小さくなり、項垂れる。
長時間運転した…師匠の家に到着した頃には、空がすっかりと明るくなっていた。
「う!う~ん…やはり疲れるわぁ…」
両腕を上に広げて思いっきり伸びをする。
「ごめんね…私免許無いから…」
生乃が大変申し訳なさそうに言う。
「あ、いいのいいの。運転好きだから気にしないで」
本心とは言え、やはり長時間運転はキツかった。そして助手席の北嶋さんを見る。
「………はぁ………」
北嶋さんは、あの後直ぐに寝てしまい、今も助手席でガーガー
「……まぁ、いいか。北嶋さん、お疲れ様」
北嶋さんが『首』を追い詰め、生乃の悲願に力添えしたのは事実。
思えば『あれ』を倒した後、直ぐに出発して此処に来て狐を抜いて『首』を追い詰めたのだ。
精神力が切れて、ヘトヘトになっていてもおかしくは無い。見た感じ全然へっちゃらみたいだけど。
この人は本当に凄い人なんだ。
すこぉし、すこぉしだけマトモな会話が出来るなら、生乃だけじゃ無い、ひょっとしたら私も……
「尚美、お疲れ様。生乃良かったわね」
私達を労う言葉をかけてくれた人に気が付いた。
「梓、ただいま」
「ありがとう梓…」
梓の後ろには、師匠が立っていた。
「戻ったか。少し仮眠を取ると良い。生乃、お前さんの実家に浄化の人手を向かわせた。あとは奴等に任せて、お前さんもゆっくりと休むが良い。」
「あ、ありがとうございます」
「水谷師匠…あ、あの、北嶋さんの心霊探偵事務所のスタッフの件ですが…」
労いの言葉に礼をしている最中の私だが、生乃はもう一つの要望の方に気が向いそれどころじゃない。確認して安心したい。そんな様子だ。
「解っておる。明日から勉強するがええ。小僧の力になりたいのじゃろ?」
生乃の頬が赤みを増す。
「ありがとうございます!頑張ります!!」
生乃は私よりも、深く深く辞儀をする。そんな生乃を優しく見ながら師匠は微笑んでいた。
そして師匠は車に歩いて行く。
「小僧!寝るなら着替えて布団で寝んか!二度も川に落ちおってからに!!」
ゲラゲラ笑いながら、北嶋さんの頭を小突く。
「………あ?ああ……婆さん、おはよう。そしてお休み……」
北嶋さんは薄目を開けたが、再び目蓋を閉じる。
「じゃから布団で寝ろ言っとるんじゃ」
師匠が北嶋さんの頭をスパーンと叩いた。いい感じの音がする。頭が空っぽだからなのか?
「………そうしよう。布団に案内してくれ……」
北嶋さんはフラフラと起き上がり、梓に案内されて屋敷に向かって行った。
まだお昼には遠いとはいえ、屋敷でいつまでも寝ている訳にはいかない。
何とか三時間程仮眠が取れたみたいだった。生乃は既に起きていた。北嶋さんは…
「小僧はまだ爆睡しとるよ」
あの人は生乃の実家からこっちまでず~っと助手席で眠っていたのにまだ寝ているの?
「まぁ、小僧が寝ているのは好都合じゃ」
呆れ顔の私に師匠はそう言って、通帳を渡した。
「?北嶋心霊探偵事務所の預金通帳?」
師匠が作ったのかしら?
ページを捲ると、水谷師匠からお金が振り込まれていた。
十万か…北嶋さんにしちゃ、高評価かもね。
私がそんな事を思っていると、師匠が呆れて言い放つ。
「0をよう見てみぃ」
言われた通り、再び通帳に目を向ける。
「!!?し!師匠!!本気ですか!?」
「声が大きいわ馬鹿者!!小僧が目を覚ましたら面倒になるじゃろが!!」
生乃がクスクスと笑った。
「水谷師匠、師匠も随分声が大きいですよ」
「声が大きいのは元々じゃ!」
一つ咳払いをし、師匠が改めて説明し直す。
「その入金は紛れも無く、本気じゃ」
本気って!!北嶋さんは確かに凄いけど…
しかしまだ信じられない。
振り込まれた金額は一千万円だったのだから。
「依頼者はワシじゃが、金は生乃が仕事料として支払った形になったのじゃ」
驚いて生乃を見た。
「お父さん達の生命保険とかあったから…北嶋さんが居なかったら、私はまだ『首』に縛られていただろうし………」
真っ赤になって俯く生乃。好意でそこまでの金額を出したのか…
「で、でも一千万なんて大金…!!」
生乃のお金は、家族の、先祖のお金。その中には勿論生命保険も入っている。
師匠に全て預け、管理をして貰っていたが、それは生乃がまだ子供だったからであって、今は成人したのだから生乃の自由にして良かった筈だ。
それを今回の依頼料に回した…生乃の好意がどれ程か、想像に難しくない。
「全額支払うと言ったのじゃが、さすがにワシが止めたのじゃ」
全額!?
前言撤回。生乃の好意がどれ程か、全く想像できない!!これじゃまるで人生まで捧げようと言っているようなものじゃないのか!?
「この金は尚美、お前さんが管理するがよい。いきなりの、しかも、たった一度の仕事が、この金額だと勘違いされても困るでな」
「え?私が探偵事務所の経理もするんですか!?」
「当たり前じゃろ?」
師匠が事も無さげに言い放つ。
軽く目眩がした。
「私の絵の勉強が終わったら、私が引き継ぐから、ね?」
生乃が切実な目で訴えて来る。
「…解ったわ…どのみち逃げられそうに無いわ…」
項垂れている私に師匠が愉快そうに笑う。
「ようやく観念したか。良い良い!ガハハハハ!!」
「ゴメンね。お願いします」
生乃が頭を下げる。
「仕方ないわ。その代わり、早く勉強終わらせて交代しなさいよ?」
結構本気で言った私に生乃は笑いながら返した
「その時にやはり交代無しとか言わないでよ?」
笑いながらだったが、声に凄みがあったのは気のせいにしておこう。
「暫くゆっくりしていきなさい。どうせ荷造りもしなきゃならんのじゃから。小僧を起こして来てくれんか?そろそろ昼飯じゃてな」
師匠がカラカラと笑う。
私が立ち上がる前に生乃が素早く立ち上がり、師匠に素早く一礼し、北嶋さんの寝ている部屋へとパタパタと歩いて行った。
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